二 結団式(前編)


「あっ、間違まちがってる」


 午前ごぜん授業じゅぎょうも、給食きゅうしょく時間じかんも、昼休ひるやす返上へんじょう教室きょうしつ掃除そうじも、ませた。

 あとは、かえりの学級がっきゅう活動かつどうと、竹狩たけがり遠足えんそく結団けつだんしきだけ。

 こう学年がくねん教室きょうしつとうは、地上ちじょうかい

(一階・二階はスイッチバックのエスカレーター。高床たかゆかの三階に、児童じどう玄関げんかんがある。)

 六年生ねんせいは、最上さいじょう階の五階。

 給食でおなかがいっぱいの

 明日あしたの遠足がたのしみで、興奮こうふん気味ぎみの子。

 大半たいはん感情かんじょうころすことにもれて、どうじずに反応はんのうの子。

 いつもの学校がっこう生活せいかつなにか違う今日きょういま、この瞬間しゅんかん

 六年五十九くみの教室で、担任たんにん世野せの かえで先生せんせいけたこえをあげた。

 あーあ、今ので、緊張きんちょうかんが一気にくずれた。


「先生の人生じんせい設計せっけいが間違ってるのは、つねごろからだって。

 あきらめがわるいなー」

「タンサ、おだまり。

 もう、帰りのチャイムったのよ」

「トイレくらい自分じぶん勝手かってけるってー」

「タンサ、おすわり」

「『タンサ、お黙りー。タンサ、お座りー』って、おれは先生のペットかよー」

あしらない!」

つぎは、『お』もしろって?注文ちゅうもんおおいなー」

「そんな注文するか、馬鹿ばかたれ!

 どうして、アンタはいつもいつもお馬鹿なことばっかりってるの。

 ふざけていたら、明日の遠足ちゅうんじゃうわよ!

 むかし本当ほんとうにいたのよ!」

大丈夫だいじょうぶ、大丈夫。『にくまれっ子はばかる』理論りろんだよ」


 楓先生とタンサくん漫才まんざいきこまれないように、すかさず、淡島あわしま みどり君が楓先生に質問しつもんするため挙手きょしゅをする。

「はい、淡島君。なに?」

「先生、このおしららせのどこが間違ってるんですか?」

「このお知らせのプリント。一年生から五年生に配布はいふされた内容ないようおなじなのよ。

 ほら、ここ。遠足の約束やくそく

 集団しゅうだん行動こうどうなんて、六年生はしないのに。

 何故なぜか、いてあるでしょ」

「「「あー、たしかに」」」

 クラスメイト全員ぜんいんが楓先生の間違いてき納得なっとくする。

 れい年の竹狩遠足では、一年生から五年生まで、まずは五人から六人ではんつくる。班ごとに集団行動しながら、竹をるためだ。

 でも、六年生は違う。

 小学校しょうがっこう最終さいしゅう学年がくねん児童として、単独たんどくの竹狩りに挑戦ちょうせんする。黙々もくもくと。


訂正ていせい説明せつめい口頭こうとうおこないます。

 はい、筆箱ふでばこから」

 筆って、平安へいあん時代じだい

 みんな不思議ふしぎそうにかお見合みあわせていると。

「先生が小学生のころは、筆箱ってまだってたの」

「でも、メヌちゃん先生は『ペンケース』って言ってたよね?」

 一斉いっせいに、教室じゅうがメヌちゃん先生こと、いし メヌエット先生にかんするヒソヒソばなしになる。


 六年六十組担任で、新任しんにんの先生。

 そりゃあ、ぞく世界せかいれき三二年はじまりの四月には、しん六年男子全員がクラスまえおこなわれた始業しぎょうしき着任ちゃくにん式にて。

「メヌちゃん先生のクラスになれますように」っていのりをささげていたことか。

 あの健気けなげで、可愛かわいくて、いつも「アンタねー、シャキッとしなさいよ」と楓先生にしかられてペコペコしているメヌちゃん先生にメロメロだ。


「おやおや、ペンケースではなく、『筆箱』ですか。

 時代がれますねー」

「タンサの言ってることは気にせず、くろペンって。

 竹狩遠足のお知らせカッコ六年生ルビを入力…カッコトジのプリントの、最後さいごのほう。『~遠足での約束~』の二ばん

 はい、じゅうせんいて」

 たりまえのように印刷いんさつされてある「学年・学級がっきゅうはんべつ団体だんたい行動をすること」を、うえから横二重線を引いて、おしまい。

 そこから、楓先生は教室の黒板こくばんよこおおきなかべ時計どけい見上みあげながら、まだ時間じかん余裕よゆうがあると判断はんだんしたようだ。

 きゅうに、雑談ざつだんを始めた。

「もう、お菓子かしったひとはどれくらいいるかな?」

 チラホラ手をげる。なかには、黒ペンをにぎったまま手を挙げた子もいた。

「このあいだも言ったけど、あめはお菓子だいふくまれません。

 かならず、事前じぜん購入こうにゅうすること。

 いですね?

 もしも持って来るのをわすれたら、先生が一くらいめぐんであげます。

 忘れたからと言って、自宅じたくもどってりに行かないように。

 集合しゅうごう時刻じこくおくれちゃ駄目だめよ」

 お知らせプリントには明記めいきされていなかったけれど。

 明日の遠足は、安全あんぜん一般いっぱん市民しみん居住きょじゅう区画くかくからゲートをとおって、青銀せいぎんちく群生ぐんせいにバス移動いどうする。

 でも、くるまいのぐすり用意よういしておくのでは無い。

 青銀竹そのものに酔ってしまう。

「俺、楓先生のババくさあじ勘弁かんべんだわ。

 絶対ぜったいいえに取りに戻るー」

「タンサ!

 だれがババ臭いですって!失礼しつれいな!」

生姜ショウガあじ、生姜味、生姜味、生姜味、生姜味。

 五年間ねんかんも同じ味持参じさんだったろ。

 変化へんかが無いよー。

 面倒めんどうくさがり路線ろせんのババアだよー」


 今日の午後ごご絶好調ぜっこうちょうのタンサこと、雲上くもがみ 初陣ういじん探査たんさ君。

「タンサって、あんまりおこられないよね。

 普通ふつう、担任の先生にあんなくちかたした時点じてんで、おやしだよ。

 ネッサはタンサと六年間、同じクラスだったんでしょ?」

「まあね。

 ウチはガキ二人のおまもりをしつけられたかんじ。

 楓先生も言いかえすけどさ~。

 タンサって、お調子ちょうしものなのよ。

 でも、ああいうのがいるから、まあまあクラスもまとまるのよね~」

 八年はちねん あんちゃんが、黄堂おうどう 灼熱しゃくねつ熱砂ねっさちゃんのかたんでねぎらっている。

 それにしても、ガキ二人って……。つまりは、タンサ君と楓先生のお守りってことね。

 なるほど。

「それよりも、ノアンは何味にするかめた~?」

人気にんきの味はオススメして来るわりに、れでしょ?

 無難ぶなんな味にするかな。わたしはスッキリ柑橘カンキツけいにする。

 でも、柑橘系って竹取たけとり週間しゅうかん限定げんてい味がおおぎて、結局けっきょく一時間ちかなやんでこまるよ。

 キュウはどうするの?」

「キュウはおにいさんがいるから、だい容量ようりょうパックうの~?」

「ううん。お兄ちゃんとはこのみが違うから、別々べつべつ

「何言ってんの!

 キュウは偉大いだいなるセイレーン原典げんてんさまなのよ。

 酔い止め飴なんて、お子様必須ひっすアイテムいらないでしょ」

「ネッサ、いて。

 キュウ。それが、いるのよね?」

「うん。

 このプリントで六年のさきがエウロパに確定かくていしたから、大目おおめに買っておく。

 エウロパでの駆除くじょ活動は、きゅう団地だんち区域くいき奪還だっかん計画けいかく事業じぎょうのオープン地質ちしつ調査ちょうさねているから。

 かなり酔うとおもう」

「キュウが酔うならウチなんかゲロゲロいておしまいね」

「キュウのまえだからって、謙遜けんそんしない。

 ネッサだって、昨年さくねん度の五年生で最多さいた竹狩りすうじゃん」

「あれね~、最初さいしょうれしかったの。何も知らずにねてよろこんだ。

 でも、三位が二十一人もいたのよ。うれしくないわ。

 同じペースにならないように、ペース配分はいぶん頑張がんばらなくちゃ。

 ノアンだって、てい学年の子をたのまれてもいないのに救護きゅうごして、献身けんしんしょう受賞じゅしょうしてたでしょ~?」


「一年生二十人、最初さいしょ一歩いっぽで竹につまづいて、おおきよ。

 なぐさめて、救護しょれて行ったのが献身になるのかどうか微妙びみょうよ。

 でも、もらえるものは貰う主義しゅぎ

 ちなみに。今回こんかいのエウロパって、どんなところだろうね?

 キュウはそこで駆除活動したことある?」

「ううん。

 ネッサは調しらべられた?」

全然ぜんぜん事前じぜん調査のやまはずれた。

 ウチだって、ほかの学年と同じイオがかったと思ってる。

 それにしても。

 実際じっさい、どうなの?

 一般市民が竹を狩るだけで、地質調査になる?」

VIRGOヴィルゴ研究所けんきゅうじょがメガデータをあつめて、地下ちかけい状態じょうたい把握はあくしたいんだと思う。

 それ以外いがいは、原典二人が小六だから、VIRGO広報こうほう活動かな。

 あっ、ごめんね、キュウ」

「良いの、良いの。

 多分たぶん日本にほん国民こくみんたいする移住いじゅう計画けいかく事業じぎょう必要ひつようなパンフレット写真しゃしんやプロパガンダ映画えいが撮影さつえい~」

「キュウじゃなくて、ネッサが『良いの、良いの』はおかしいでしょう」

 ノアンちゃんがあきれながら、ペシッとネッサちゃんの後頭こうとうにチョップをかました。


「じゃあ。帰りの学級活動、おしまい」

 集中しゅうちゅうりょくも切れて、良い感じで各々おのおのしゃべりをたのしんだ後。楓先生は今日きょう日直にっちょく三石みついしさんに号令ごうれいうながす。

「これでっ、帰りのっ、学級活動をっ、わります」

「「「終わりますっ」」」

 今日の帰りの学活がっかつは「さようなら」で終わらない。結団式があるから、あさの学級活動の終わりの号令と一緒いっしょ

「じゃあ、モニターがかりさーん。電源でんげんれて、準備じゅんびしてくださーい」

 モニター係の鹿山しかやまさんがテキパキと黒板まえって、黒板じょう部の装置そうちかって、リモコンを操作そうさし始める。もう一人の係の岸塩きししお君が、まどがわのカーテンを引いて、ピッタリひかりはいってないように、める。


 あかれんが小学校しょうがっこうぐん本校ほんこうかく学年十学級の小規模しょうきぼ校なのにたいして。どう硝子がらすばちサテライト校は、各学年六十学級。

 体育館たいいくかんだい一から第六体育館まであるけれど、全校ぜんこう児童を各体育館に収容しゅうようしたとしても、はいり切らない。だから、学校行事ぎょうじ基本きほんてきに、グラウンドか、校外こうがい活動。

 竹狩遠足結団式は、各学級教室でそれぞれ着席ちゃくせきした状態で、リモート出席しゅせき

「六学年あるから、三十かける六十かける六で……えーっと~、ねえねえ」

 ネッサちゃんはとなりせきで、必死ひっしじゅく宿題しゅくだいをしているごう君にこえをかける。

「『ねえねえ』って名前なまえじゃ無いんだけど、何か用?」

「ゴーゴー、計算けいさんして」

「一万八百名。

 実際じっさい転校てんこう傷病しょうびょう欠席けっせきき、留学生りゅうがくせいわせると、五十名くらい前後ぜんごするけどね。

 ちなみに、ゴーゴーではなく、ゴゴウだ」

「ちゃんと計算しなくても、だいたいで良いのよ。『ウチのところは、群一番のマンモス校だ』って言えればね、それで良し」

「ふんっ。

 硝子鉢小は、学力がくりょく平均へいきんひくいよ。

 VIRGO職員しょくいんの子どもがかよぞく国立こくりつVブイ小学校にてない」

「ゴーゴー。

 V小がガリべんだろうが、竹狩遠足では役立やくたたたずの連中れんちゅうでしょ~?

 パパ・ママがデスクワークしかしてないから、あたま以外プルンプルンだって」

「五郷君、黄堂さん。しーずーかーにー」

「「……」」

 モニターには、「放送ほうそう準備中」の白字しろじくろ背景はいけいうつし出される。

「タンサ、名誉めいよ校長こうちょう先生せんせいには何もちょっかい出さないよね」

「ノアンとキュウは知らなくて当然とうぜん

 あのおお馬鹿、名誉校長先生にちょっかい出して、ひどい目にあったのよ~。

 なんだったかな。

 ……そうそう、『合法ごうほうロリ貧乳ひんにゅうババアレンジャーパープル免許めんきょ校長』」

「そんなこと、言っちゃったの?何で、ネッサ、めなかったのよ?」

 わたしが「あー、それで、春休はるやすみ中、VIRGO監察官かんさつかんけん名誉校長のアンネームが不機嫌ふきげんだったのか」と言いそうになって、グッとこらえてくちじる。

「アイツ、春休みにばつ登校とうこうになってさ~。

地獄じごくた』って言ってた」

 ケラケラ面白おもしろそうに思い出しわらいするネッサちゃんがわるかおをしている。

「まあ、無免許なのはたしかよね」

ちょう法規ほうきてき措置そちってやつよ~」

 いつのにか、ガヤガヤとクラス中がまたお喋りに夢中むちゅうになっていた。

 でも、つぎの瞬間、しずまりかえった。


 パンパカパーン。

 パンパカパーン。

 パンパカパーン。

 ファンファーレのつぎに、「「「「「ブイ、アイ、アール、ゴー、オーッ」」」」」というだい歓声かんせいと、大拍手はくしゅ

 三十二年前の、VIRGO創設そうぜつ宣言せんげん音声おんせいながれる。

 学校行事、とく式典しきてんの始まりにはこの音声が毎回まいかいながされて来た。

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