うぶ毛と別れと未練の話。

 耳たぶって、白いうぶ毛が生えている。触ってみても殆ど毛の感触などないほど、柔らかく細い、うぶ毛が。


 ソファーに横たわって、こちらに背を向けているみちるを見詰めていたら、ふと、そんな些細なことに気を取られた。


 試しにそっと口づけてみた。指先と同じくらい敏感な唇でも、その感触はわからなかった。


「そっちも、開けてくれるの」


 目覚めたのか、はたまたずっと起きていたのか。泣き疲れて眠っていたはずのみちるが、か細い声で問い掛けてきた。


「右だけ、こっちは開けないよ」


 そういう約束でしょ、と頭を撫でると、もっとと言うように自分の掌に頭をすり寄らせる。


「うぶ毛がさ、耳たぶには生えてんだなって見てただけ」

「やだ、恥ずかしい。そんなの見ないでよ」


 両耳を手で隠して、膨れっ面のみちるがこちらを向いた。こんな仕草や表情を見ると、この子はやっぱり、まだまだ子どもなんだと思い知らされる。かわいい、みちる。


 君が大人になった時、まだ耳にはうぶ毛が生えているのかな。僕が開けたピアスの穴は塞がっていないかな。君の右耳に、僕のピアスが付けられていることはあるのかな。


 意味のないたらればを並べ立てても、今の僕は君の隣には立てない。無垢な子どもの君に、手を出してしまいそうになる大人の僕は。


「ファーストピアスは一ヶ月間、ちゃんと消毒しながらつけるんだよ。三日間は動かしたら痛いし、傷がいくからだめだからね」

「……わかった」 


 悲しそうなみちるの表情は、いとも簡単に僕の決意を打ち砕く。もう二度と、今日を最後に会わないと決めていたのに。


「ファーストピアスが終わったら、次は、セカンドピアスを買ってね。自分で、買える?」 

「……ひとりじゃ、わかんない」


 青さん、一緒に選んで、お願い。


 そう、みちるが言うことを見越しての問いは、思惑通りの役割を果たした。

 ごめんね、みちる。かわいい、みちる。


 僕は、君を手離さないといけないと、わかっているのにできない、駄目な大人だね。


「じゃあ、セカンドピアスを買ったら、今度こそ、会うのはおしまいだ」

「……いや、やっぱりいやだよ」


 すんすん鼻を鳴らす彼女の、小さく丸い頭を優しく撫でる。


 ねえ、みちる。駄目で、弱虫な僕は、君に未来を約束することはできないけれど。もし、君が大人になって、可愛い女の子から素敵な女性になった時、ピアスホールが塞がっていなかったら。 


 今度は、機械ピアッサーじゃなくて、僕自身が君の身体に傷をつけてもいいだろうか。

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ピアスと未練と別れ話。 石衣くもん @sekikumon

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