第19話:僕の小説はランキング上位に行かない!

「先輩、そのお顔は一般には受け入れられないお顔ですよ?」


 いつもの様に放課後のラノベ研究会で半眼ジト目の助手が言った。


「だって……。僕の小説はランキングで上位に行かないんだ」


「はーーーーーっ、またあの小説の話ですか」


「kindle本を出版してからその売れ行きが気になって……。もっと売れるためにはなにをしたらいいんだろう? 世の中の作家はどんなことをしていると思う?」


 助手は少し呆れる様な表情をした。もっとも、いつも無表情なのでそれは僕の思い込みなのか、それとも助手との付き合いが長くなって、彼女の真の感情を読み取れるようになっているのか。


「私は、作家でもありませんし、kindleも出したことがありませんから、そんな相談をされてもなにも分かりません」


「そうだよねぇ……、ごめん」


「そんなダメダメな先輩に贖罪のチャンスをあげます」


 贖罪……。僕の発言はそこまで酷いものだったのだろうか。


「駅近くのお店に野菜ケーキのお店ができました」


「……」


「……」


「まさか、それを今から買って来い、と?」


「私もそこまで鬼ではありません。どうせ二人とも帰りがけに駅に寄るのですから、私にご馳走してもいいですよ、と提案しています」


 そう言って、助手がスマホを取り出し、僕にそのお店の画像を見せてきた。


 たかられている……と一瞬思ったけど、助手は暗に「一緒に行こう」と言ってくれているのでは⁉


 野菜ケーキがいくらくらいのものかは知らないけれど、所詮はケーキだ。1個1万円も2万円もするもんじゃない。


 こんなかわいい助手と放課後デートができるのならば、ケーキ代くらいは安いものでは……!?


「そのケーキ屋さんって新しいお店なんだよね?」


「そうですね」


「なんで助手はもうそのお店のことを知っているの?」


 そうなのだ。僕も毎日駅は使っている。朝と夕方に通るのだ。それなのに、助手はケーキ店のことを知っていて、僕はそんなお店が新しくできたことすら気づいていなかった。


「クラスの子の間で話題になっていました」


「へー……」


 さすが、クラスで男女共に人気の助手だ。情報網があるらしい。


「存在はクラスの子から聞いたんですけど、行ってみたいと思ったのはこれです」


 助手がさっきのスマホの画面をスクロールして見せてくれた。



「★4.9」



「この世の中で、星が4.9ですよ? どれくらい良いお店なのか気になるじゃないですか」


 評価! 僕は頭の上に空想の電球が光ったのが思い浮かんだ。


「その評価の文章は読んだの?」


「そりゃあ、読みましたよ? ニンジンのケーキが人気らしいです。1個480円」


 ニンジンのケーキ……。1個480円⁉ 意外と高いな!


「フランスで修業したパティシエが日本でお店を出すにあたって、この近所を選んだらしいです。この辺りは、糸島の野菜も手に入りやすいですし新鮮で甘みもあります」


「うん」


「その野菜を使ってケーキを作るらしいです。砂糖とかは極力減らして、野菜のおいしさと甘みを最大限に活かしたケーキらしいです」


「ふーん、ケーキに野菜……。どのくらい甘いか気になるな」


「でしょ? ニンジンのケーキは人気らしいです。次はパンプキンのケーキ」


「なるほど。でも、パンプキンのケーキは味が想像つくかな。まあ、おいしいとは思うけど」


「そうですね」


 僕はここで気になっていたのは、ニンジンケーキじゃない。もちろん、助手とケーキ屋さんに行くのは興味がある。だけど、そのケーキ屋さんに行ったことがない助手がそのニンジンケーキについて詳しいし、その話を聞いて僕も食べてみたいと思っている。


 僕は忘れていた。



 ――― 人は、他人の評価によって良いように感じることがある。



 そのいい例が、グルメサイトの評価システムだ。食べログとか、ホットペッパーとか。まぁ、そういったグルメサイトだ。


 ここでの星の評価が高いと良いお店だと思って期待が高まる。逆に評価が極端に低いと、行こうと思って調べていたお店でも考えを改めることだってある。


 つまり、「お店の評価が高い=人気」という構図ができている。


 お店に行って、食べた人が高い評価を付けた。そんな人が多いのだから、星の総合評価が良くなっている、と。


 僕は、ここである可能性について気が付いた。それを確かめるために、助手とその「ニンジンケーキの店」に行くのだった。


 □□□


 ニンジンケーキが人気で売り切れることもある。


 そんなネット情報を踏まえて、僕達はその日の部活を早々に切り上げて駅に向かった。


 西村綾香先生への報告も「人気の秘密を調べるので駅前のケーキ店に行くことにした」と報告したら「まあまあ」とニマニマされてしまった。絶対何か誤解していると思うけれど、何も言われない分、何も言い返せないでいた。


 そして、僕達は駅前に新しくできたケーキ店の前に立っていた。


「外観は普通だね」


「そうですね。でも、かわいい外観です」


 僕は、「野菜のケーキ専門店」だと聞いていたので、お店の外観も野菜が描かれていたりするのではないかと勝手に考えていた。


 実際は白い壁でこじんまりとしたお店だった。少しアメリカの田舎を思わせる様な外観のお店は、日本の、福岡の、なんでもない駅前にあるとオシャレで、カッコよく見えた。


 店に入ると、大きなショーケースが2つ並べられていて、そこに色とりどりのケーキたちが並んでいた。店内はカウンター10席ほどと、テーブルが6卓。僕たちの他に同じ高校の生徒が3組、7人ほどいたけど、店内の席はまだ十分に空いていた。


 僕はこういったお店は初めてだったし、女の子と二人で入るのなんていよいよ初めてだったので、緊張していた。


 お店の人は「お好きな席にどうぞ」と言ってくれたので、他のお客さんとできるだけ遠いテーブルの席についた。


 助手は僕に付いてきてくれて、僕が座った席のテーブルの向かいの椅子に腰かけた。


 若いアルバイトとも割れる店員さんが注文を取ってくれた。メニューにはケーキの写真もあって選びやすかった。


 助手は気になっていたニンジンのケーキを迷わず選び、僕は赤、オレンジ、黄色、青、緑、紫の虹色ケーキを選んだ。6色なのに虹色というのもちょっと違うと思たけれど、ケーキの断面が層になっていて、1層ごとに色が違うのだ。


 このどぎつい色が気になったけど、このケーキは砂糖も、着色料も一切使っていないのだという。断面はツイッターなどでもバズりそうだし、味も気になる。僕は迷わずこれにした。


 飲み物は、助手が紅茶を選び、僕はカフェオレを選んだ。


 雰囲気は最高のお店。僕たちは店内のお客さんで同じ学校の女子の集まりからチラチラ見られている。放課後デートだと思われているのかもしれない。


 実際は、助手にたかられているだけなのだけど。僕としては取材のつもりだし。


 そうじゃないと、助手と二人だけで放課後にケーキ屋になんて……。ちょっと待て。これってデートそのものじゃないか⁉ 僕は取材に行くなんて助手に一言も行っていないのだ。


 僕が急に汗をかき始めた頃、僕達が注文したケーキと飲みのもがテーブルに届いた。二人はそれぞれケーキの写真を撮ったのだけど、その後、助手が僕のケーキの味が気になるというので、少しだけあげた。


 助手のニンジンのケーキも味が気になっていたので、一口もらった。


 このなんともむず痒い時間を表す言葉として、「幸せ」という言葉が発明されていたことに僕が気づいたのはしばらくした後だった。ケーキ店の中の僕は全てがいっぱいいっぱいだったのだ。


 正直、この頃はもう味なんて分からなかった。心の余裕がなかったのだ。少し離れたところにいる女子ばっかりのテーブルの視線も気になるし、目の前の助手が僕の皿のケーキを少し食べているのもなんだかドキドキした。


 十分にケーキを堪能した僕たちは、僕が会計を済ませて店を出る時に「開店祝い」と言ってクッキーの包みをもらったのだ。


 小さな透明フィルムに入れられた、ほんの数個のクッキー。それでも、お店からの気持ちは十分に伝わる。ものの値段じゃないのだ。気持ちなのだ。


 お店の印象は元々悪くなかったけど、最後のこれでめちゃくちゃ印象が良くなった。僕は助手がいつもの無表情ながら喜んでいる様に見えてなんだか嬉しかった。


 僕達は、お店を出たらなんだか気恥ずかしくて、駅までまったく口をきかずに歩いた。それでも、気まずさは全くなくて、何も言わなくても助手はあのお店に行った事を喜んでいたのが伝わってきていたし、僕も何も言ってないけれど、助手にそれが伝わっていると感じていたのだった。


 □ 帰宅後


 ケーキ屋での一件で僕はあることを確信していた。


「売れている本がamazonランキングで1位を取る」


 これは間違いないだろう。


 飲食店でも「繁盛しているお店がランキングで1位を取る」というのは間違いない。


 でも、逆のことも言えるのではないだろうか。


「amazonのランキングで1位を取ったら本が売れる」


 人は、他人の評価を気にするのだ。


 なんとかして、僕のkindle本をどこかのジャンルでいいので、amazonランキングで1位取れないだろうか。そしたら、この本は売れていくんじゃないだろうか。


 後日、僕はある方法で実験を試みてみた。


 □□□


「ランキング 3位」


 僕の努力では、1位までは取れなかった。でも、なんとか3位は取れた。ジャンルはすごくマイナーなジャンルだった。それでも、3位は3位。僕はすごく嬉しかった。


 ただ、今回の実験は嬉しいだけじゃ終われない。


 この後、売れ行きはどうなるのか。そこが注目点だ。


 僕はツイッターで呼びかけたのだ。販売価格をamazonでの設定可能最低価格99円にしたことと、kindle Unlimitedに参加していて、amazonのサブスクを利用しているとは無料で読めることをアピールした。


 たまたま良いと思ってくれた人が拡散してくれたみたいで、1週間で60冊も売れたのだ。


 もちろん、助手や姉嵜先輩にもツイッターなどで宣伝してもらった。


 するとどうだろう、一度ランキングに上がった後は1か月以上ランキング上位にい続けて本がぼちぼち売れているのだ。平均を出すほど安定していないけど、火によって1冊から10冊ほど売れていた。


 価格は99円なので利益はないけど、「本が売れている」という事実だけが僕のモチベーションになっていた。


 そして、全然儲からないかと言えば、kindle Unlimitedからの報酬の方で収益が上がり始めていたのだ。


 ここで僕はもう一つ気付いた。本は売れなくてもいい。amazonならそれでも収益が上がるんだ。そんな戦略もアリなのだ、と。


 kindle Umlimitedで収益を上げて生計を立てている人もいるだろう。でも、僕としては僕が思い描く作家として、純粋に本が売れて収益が上がったらいいな、と思っていた。


 そして、この考えは、後々思いもよらない形で実現することになる。

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