第27話:僕は自分の心が分からない!

 ――― 僕は、助手のことが好きだ。



 彼女は日ごろから僕のことを色々と支えてくれていた。ラノベ研究会だってそうだ。僕だけの時は部活という感じじゃなかった。


 彼女が来てくれてからは、部活は部活らしくなったんだ。


 普段の半眼ジト目も、もう僕には魅力にしか感じない。言葉の刃もその向こうに「好意」が見える様な気がして、僕はいつの間にか助手が好きになっていた。


 1年の間でも話題になるような美少女だ。本来、僕如きが好きになってもどうこうしてもらえるわけじゃない。でも、僕と助手には「ラノベ研究会」というつながりがある。


 他の人よりアドバンテージを持っているはずなんだ。


 そこに来て、あの授賞式だ。あの「AMI」の世界観を再現した衣装は最高だった。あのミニスカゴスロリメイド服、キラキラの笑顔、そしてアニメ声。


 何より、僕のためにあんな扮装までして授賞式に参加してくれて……。僕の「好き好きゲージ」が一気にカンストして思わず告白まがいのことを言ってしまった程だ。


 ……「好き好きゲージ」って何?


 とにかく、あのホテルで愛衣は銀髪のウィッグを取らなかった。それどころか、黒髪ポニーテールのウィッグを取り出し、被ったのだ。


 そこで気づいた。



 ――― 彼女は助手じゃない!



 彼女は……


「やっぱり、九十九くんはこっちの方が好きなんだろう?」


 背筋がまっすぐ伸びて仁王立ちの上に腰に手を当てた、黒髪ポニーテール……。姉嵜先輩だった。


 でも、いつもより明らかに背が低かった。


 設定詐欺なのか⁉ それとも誰かが身長差の設定を忘れていたのか⁉


 ……違った。彼女は日ごろからかなり厚底の靴を履いていたのだ。もう、何話目か忘れてしまったけれど、そういえばそんな描写があった。賢明な人は1話目から読み直すのがいいだろう……。僕は、誰に何を言っているんだ。ふと、我に返った。


もちろん、それだけじゃない。姉嵜先輩と言えば、文芸部の部長、あと生徒会長でもある。そのため、オーラ的な何かで実際よりも大きく見えていたところもあるだろう。



 ここで整理しよう。僕は助手が好きだ。助手が好きになった。それは間違いない。


 そして、告白ともいえる言葉を発するきっかけとなったのは「愛衣」だ。色々解決できてないことをほったらかしなのだけど、目の前で愛衣が姉嵜先輩に変わった事実を僕はまだ受け入れ切れていなかった。



 ――― 僕が好きなのは実際は誰なんだ⁉


 たしかに、助手は好きだ。日ごろから少しずつ惹かれ始めていたのは間違いない。でも、僕が実際に告白したのは、助手だと思っていた姉嵜先輩だった。


 じゃあ、僕の本当の心は誰に向けられているのか。絶賛大混乱中だ。


 そんな訳で、後日、僕は姉嵜先輩をラノベ研究会に呼んだ。もちろん、助手もいる。実際の彼女達を見て、自分の心をはっきりさせようという狙いだ。


「そんな訳で、この教室に来ていただいた次第です」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! じゃあ、私はこの姿でいたらダメかもしれない」


 黒髪ポニーテールの姉嵜先輩が少し焦って答えた。


「10分! いや、15分だけ時間をくれ!」


 そう言うと有無を言わせず姉嵜先輩が教室を出て行った。


「……で、実際何なんですか? これ」


 助手は相変わらずの半眼ジト目で僕を軽く睨んでいる。これだこれ! 助手の目はこうでないと!


「授賞式に愛衣が来たんだよ!」


「そりゃあ、呼んだんだから来るでしょう。先輩の海馬は記憶をつかさどらないんですか? それとも記憶をためておく大脳皮質がオーバーフローしているんですか?」


 うーん、辛辣。流石助手。僕は通常運転の助手を確認した。


「おまたせーーー!」


 姉嵜先輩が「きゃはっ」とでも言いそうなくらいのキャラチェンジで教室に戻ってきた。


「ああ……やっぱり……」


 助手が急に頭を抱えた。


「やっぱりって何?」


 僕が助手に訊いた。彼女は何かを知っている。


「いくら何でも、あのキャラがずっと続くとは思ってなかったんです」


「あのキャラって……」


「先輩は、忘れてるでしょうけど、あれが姉嵜先輩の素です……」


「え? なんでキャラ作ってるの⁉」


 日常生活において、そんな全くの別人を装うことってある⁉


「姉嵜先輩は、ずっと間違えていましたからね」


「間違いって……?」


 僕は助手の方を向いて訊いた。どうして助手が姉嵜先輩のことをそんなに詳しく知っているのかも含めて謎が多すぎるのだ。


「そりゃあ……先輩が、『生徒会長キャラが好き』って言ったからでしょうねぇ」


「え? 僕が……そんな話を? 姉嵜先輩に?」


 そんなのする訳がない。僕が女子に自分の好きなタイプを話す……そんなことする訳がないのだ。その女の子が理想に近い場合は、疑似告白になってしまうし、逆の場合は絶縁状を叩きつけるようなものだ。


「こっちの方が好きだって言ってくれたから」


 いつの間にか、姉嵜先輩が目の前に立っていた。


 現実の世界で銀髪ロングの女子高生が目の前に立っている。目はキラキラしていて、アニメ声。背は低めでちょっと気を許したら、ついつい頭を撫でたくなるほどかわいい。


「先輩が『生徒会長キャラが好き』って友達に言ったんですよね? その情報を元に姉嵜先輩はキャラ付けして行って、あのステレオタイプの『生徒会長キャラ』として振舞っていたってことですよ」


 助手が説明してくれているけど、色々おかしい。僕が好きな女の子のタイプを話すような相手はいないのだから。


「そんな人を騙してるみたいに……」


 姉嵜先輩は少し罪悪感を抱いている様に言った。


「みたいも何も昔と全然違いますよ? 『コスプレ』がお得意なんですね、姉嵜先輩」


 助手は明らかに嫌味を言っている様に姉嵜先輩に当てつける。


「うっ、コスプレって……。ちょっと好かれるように身につける物をそっちに寄せただけじゃない」


 助手が姉嵜先輩を圧倒している。まただ、二人が学校での先輩、後輩以上の関係だと思えた。


「その……、今更だけど二人は学校以外でも仲が良かったり……」


「「……はーーーーーっ」」


 僕の質問に、二人仲良く大きなため息をついた。


「これはちゃんと言わないと絶対あと100万年はかかりますよ?」


「そ、そうね……」


 一転、二人は仲よし?


「じゃあ、何から話しましょうか……」


 綺麗なロングの銀髪を少しかき上げるみたいな仕草と共に姉嵜先輩が言った。


 □


「渉くんは、小さい時にどこに住んでいたか覚えている?」


 姉嵜先輩が訊いた。普段なら「九十九くん!」と勢いよく呼ばれるところだけど、今日は「渉くん」と優しく呼ばれた。その表情や声色などにもどきどきしてしまう。どこか「AMI」のイラストから飛び出してきた感は今もするのだ。それでもすごく自然で、もしかしたら、本当にこれが素なのかもしれないと思った。


「あんまり……。たしか小学生の頃までは熊本に住んでいて、その後、大分、長崎、鹿児島と……。九州内ばかりですけど引っ越しました」


「それは、お父さんの仕事の事情じゃないですか?」


「あ、はい。もちろんそうです」


「渉くんのお父さんは公務員で、国土交通省に勤めてますね?」


「え? なんでそれを……?」


 僕は友達と親の職業についてなんて話したことがない。……はずだ。


「私の家も、そして、この妹崎さんの家も同じだから。官舎があったりして、大体同じ場所に住むから、その子供が再び10年の時を経て同じ学校で出会うというのは偶然よりももう少し確率が高い事象かな」


「偶然よりも……って、じゃあ、姉嵜先輩と助手は……いわゆる幼馴染ってことですか⁉」


「まあ、そうね。そして……渉くん、あなたも含めて三人が幼馴染って事ね」


「え⁉ 僕も……!?」


 そんな記憶はない。いくら小さい頃の話だといっても、小学生低学年か中学年の頃の話だろう。完全に覚えていないなんてことがあり得るのか⁉


「三人の家は親同士も仲がよかった。もしかしたら、職場の部署も近かったのかもしれないな」


「……」


 僕にとっては他人の話を聞かされている様な感じ。まったく実感がなかった。


「私達は三人の誰かの家で集まって遊ぶことが多かった。小さい時は絵本を読み合ったりしていたし、その後はマンガを描いたり、絵を描いたり、ゲームをしたりラノベを読んだり……。私達はそんな遊び方が多かった」


「三人は本当に仲が良かった」


 姉嵜先輩がしみじみと昔を懐かしむみたいに言った。これが嘘だったらこの人女優になった方がいいってレベルに自然な感じだった。


「そんなことはありません。仲が良かったのはお姉ちゃんとお兄ちゃんで、私は横にくっついていただけ……」


 ここで助手が話に入ってきた。話の流れ的に「お姉ちゃん」は姉嵜先輩だろう。じゃあ、「お兄ちゃん」は……僕のこと⁉


「まあ、私達の方が年が1歳、2歳とは言え上だったから、そう見えていたのかもしれないな」


 おかしい。まったく覚えがない。人違いじゃないだろうか。昔とはいえ、こんな可愛いふたりとそんな兄妹みたいに仲が良かったのなら、そのことを僕が忘れるはずがないんだ。しかも、姉嵜先輩は銀髪。この強烈なインパクトを忘れる訳がない。


「そんな仲良し三人組はある時突然終わりを迎えます。……ある年の3月に突如渉くんが引っ越して行ったんです」


「え⁉」


 この時、ズキリを側頭部が痛くなった。


「お父さんたちの仕事は大体3年おきに転勤があります。転勤がない時もあるので、必ず離れ離れになるという訳じゃなかったけど、毎年 年度末には転勤の話題がのぼる程恒例になっていたみたい」


「……」


 僕の頭痛が益々酷くなっていく。


「当時は私も小さかったから分からなかったけど、ゼネコンなんかとの付き合いも多いから、癒着なんかを防止する意味でも定期的な転勤が慣例化していたみたいね」


「うぅ……」


「実際、『もしかしたら転校になるかも』って何度か言われたことがあるし、何度か転校したこともあるわ。でも、あの時は突然すぎて……」


「違うんだ! 言えなかったんだ!」


 僕は無意識に立ち上がって机に両手をついて、大きな声で言っていた。


「僕は、お姉ちゃんも妹ちゃんも大好きだった! 子どもながらに恥ずかしくて言えなかったけど、ずっと一緒にいたいと思ってたんだ! でも、父さんから引っ越しのことを聞いて……何度も言おうと思ったんだ。でも、自分でも認めたくなくて、言えなくて……最後まで言えなくて……」


「「……」」


 姉嵜先輩と助手が僕の両脇に立った。その表情は穏やかなもので、僕を攻めるものではなかった。


「僕は、親の都合で転校するのが辛かった。お姉ちゃんと妹ちゃんと別れるのは嫌だった。自分だけで生きていける力があれば……って何度も何度も何度も思って、マンガ家とか、ラノベ作家になりたかったんだ」


「そうね。私はイラストも文章も書き続けたし、妹崎さんはイラストの道を進んだみたいね。渉くんと再会した時、まだ文章を書いていてくれて嬉しかった」


 姉嵜先輩が僕の手の甲に手をそっと添えて言った。


「僕にとっては心の傷だった。さよならが言えなかったこと……。だから、完全に覚えてなかったみたい。たしかに、小さい時『おねえちゃん』と『妹ちゃん』とよく遊んだ気がする……」


 そこまで言って、ふと思いついた。


「でも、記憶の『お姉ちゃん』の髪は普通に黒かった。やっぱりそれはウィッグで……」


「『弟くん』が突然いなくなって、私は落ち込んでしばらく部屋に引きこもったんだ。今でも覚えているけど、泣いて泣いて泣いて……。家族も手が付けられなかったって言っていた」


「……それは、すいません」


「ごめん、責めている訳じゃないんだ」


 姉嵜先輩がきれいな銀髪を少し触りながら続けた。


「数日後、泣きつかれた私は気を失って病院に運ばれた。ご飯も食べてなかったから衰弱したんだろうな。気が付いたら病院で、髪の毛はその時にはもうこの色だったんだ……」


「え?」


「『ショックで髪の毛が白くなる』……っていうのは本当だったよ。小説なんかでは何度か見たことがあったけど。普通は時間経過と共に元の色に戻るらしいね。私の場合、未だにこの色のままだ」


 これも僕がしたこと……。


「妹崎くんはしばらく人間不信みたいになっていて周囲の友だちを遠ざけているといっていたな」


「ちがっ! あれはたまたま……」


 姉嵜先輩が助手のその後について教えてくれたけど、助手は何か歯切れが悪いようだ。


「まあ、妹崎くんは比較的早い段階で発育が良かったみたいだから、男子に揶揄われていたのもあったようだけど……」


「それはその……あの頃は色々と助けてもらって……」


 どうも姉嵜先輩に助手は助けてもらっていたようだ。素直じゃないけど、感謝もしているみたいだし、僕が転校して行ったあと、しばらく二人は一緒だったことも分かる。


「まあ、そのせいか男子を見ると睨んで威嚇した上、口を開けば毒を吐いて徹底的に近づけない護身術を身につけてしまったんだけどね」


「それはっ」


 姉嵜先輩にバラされてバツが悪いのか、助手がチラチラと僕の方を見ている。


 そうか、僕は助手も……妹ちゃんも傷つけていたのか。


「ごめん。助手……あの時、言わなくてごめん」


「そっ、そんな。先輩如きが原因な訳ないじゃないですか!」


 とっさに出た「毒」は僕には照れ隠しにしか聞こえない。


「そうか、僕は姉嵜先輩のことを『お姉ちゃん』って呼んでたのか……」


 苗字に「姉」って入ってるし、姉弟みたいに育ったならそう呼んでいたかもしれない。


「そして、助手のことは『妹ちゃん』って……」


 いつか姉嵜先輩のことを「お姉ちゃん」って呼ぶようになって、それを聞いたあっちゃんが自分もって言うから「妹ちゃん」なんて変な呼び方をするようになったんだ……。


 それを揶揄って、お姉ちゃんは僕のことを時々「弟くん」なんて呼んでた。そんなことも僕は忘れてたみたいだ……。


 全てはつながっていた。


 この「ラノベ研究会」に三人が集まったのも、偶然みたいな必然。


 僕には勇気が無くて二人に別れを告げなかったばっかりに、僕も傷ついて、二人も傷つけて……。全ての原因は僕だった。全ては身から出た錆。


 いや、でも、まだおかしなことはたくさんある。


 なぜ、実在しないはずの愛衣が授賞式にいた!?


 あれは姉嵜先輩の変装だった。つまり、彼女は僕の嘘を知っている。AIを使ってイラストを描いて自分の本の表紙として使っていたことを。


「姉嵜先輩、教えてください。なぜ、あの授賞式に来てくれたのか。そして、あなたが愛衣の姿をしていたのかを」

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