第24話:僕は出版社の担当さんの押しに弱い!

「先輩、最近では一番いいお話じゃないんですか?」


「う、うん……」


 助手は珍しく手放しに誉めてくれていた。


「よ、良かったんじゃないか? 要するに2冊目も出版が確約されて、2冊目の方がプロモーションが本格的ってことだろう? 新人作家としてはかなりの好条件じゃないか!」


 今日はもう姉嵜先輩がいる。出現の描写すら省かれて、最初からこのラノベ研究会の部室にいることにされてしまっている。


「そういう意味では、実績として学校にも報告しやすいから、私としても部員を育てたということで鼻が高いかな。『ラノベ研究会』を正式に部として認めさせるには十分な結果じゃないかしら」


 西村綾香先生までいた!


 部室には数えるくらいしか来たことがない……ってナレーションした僕が少し罪悪感を感じ始めるくらいには最近ちょくちょく部室で見かけるぞ。


 助手も姉嵜先輩も西村綾香先生も喜んでくれているし、褒めてくれている。


 たしかに、まだ高校生の僕が本を出版しただけでも大きな成果なのに、2冊目まで決まったような状態なのだ。


 ラノベ研究会のみんな……そこからはみ出ている人も若干いるが、ここではあえて入れておこう。


 ラノベ研究会のみんなが僕の成功を喜んでくれている。僕の未来を祝福してくれている。これまで手が届かなかった新しい世界、光の世界に手が届きそうな僕を肯定してくれている。


 そういった意味では、僕は犯してはならない罪を既に犯している。そして、僕はそれをもう誰にも言うことはできないのだ。


 既に本は出てしまっているので、過去にさかのぼってそれを正すことはできない。見知らぬイラストレーターさんの絵をパクって世に出している訳だから。


 この部室の中の誰も愛衣が実在しないことを知らない。だからこそ、僕の成功を喜んでくれている。仮初の成功。嘘の成功を。


「先輩、なんかあんまり嬉しそうじゃないですね」


 助手が僕の心の中を見透かすように訊いた。


「い、いや、そんなことある訳ないじゃないか。で、でも、イラストレーターの『愛衣』さんがOKしてくれたら、って条件が付くから!」


 イラストレーターの「愛衣」がOKもNGも判断することはない。それは、僕が勝手に作り上げた架空の人物なのだから。


 いつかのドラゴンや鵺と同じ存在。現実には存在しない人物なのだ。


「そのイラストレーターさんは、次の本に乗り気じゃないんですか?」


 今日ばかりは助手の半眼ジト目が僕を責めている様に見える。


「いや、そんなことは……ないけど……。助手なら、もし、助手だったらそんな会に呼ばれたら行く?」


「んーーー、そうですね。注目されるのは苦手なので行かないかもです。でも、先輩の次の本の話がかかっているという事情が分かっていたら、行くかもです……あ、いや、あくまで可能性ですよ? 先輩みたいなゴミムシは二度と、今後、未来永劫こんなチャンスに恵まれないでしょうから、情けで付き合うと申しますか……」


 途中から急に早口になった助手は微笑ましかったけど、それくらいでは僕の心の中の黒が薄まることはなかった。


「九十九くん、悩みごとか? それなら私が聞いてやろうじゃないか!」


 姉嵜先輩が自分の胸をドンと叩くようにしていった。

 彼女みたいな全てが垂直定規で描けてしまうみたいな実直な、正義の人だったら、僕みたいな罪は背負うことがないんだろうなぁ。いつから僕はこんなにズルくなったのか。


 僕は先輩の生き方が羨ましく感じた。


「私に言いにくければ、友だちにでも相談するといい。そんな友達くらいいるんだろう?」


 先輩の口ぶりでは、そういった何でも話せる友達が1人はいるのが当たり前みたいな感じだった。


 学校のクラスメイトになんてそんな話はできるはずがない。あえて言うなら、会った事もないし、ほとんどゲームの話しかしたことがない「AAA」くらいだろうか。


 ただ、彼にこの話をしてもどうなるもんでもない。


 僕は部室での祝福ムードが後ろめたくなり、早々に切り上げて帰宅した。


 □ 帰宅後


 僕がこの件で唯一相談できる相手、それは「AAA」だ。


 ―――

 WATARU:もう僕はどうしたらいいんだーーー!

 AAA:あの件?

 WATARU:そう! 僕に逃げ道はもうなさそう!

 AAA:あれから考えたんだけど、1冊目の売り上げがいまいちなら次の本の話も暗礁に乗り上げるのでは?

 WATARU:た、たしかに!

 AAA:それくらいしか……ごめん

 WATARU:いや、考えてくれてありがと

 ―――


 今日のチャットも終わった。


 結論としては、神に祈る……そんなものしかなかった。


 つまり、唯一ある可能性として、「今の本が売れなければ」というものがあった。しかし、猫猫出版の大和さんが予告したとおり、僕の本は売れて行った。


 amazonのジャンルのランキングはずっと1位だったし、他との売り上げに差が出る時に付くのかもしれないけど「ベストセラー」の称号まで付いていた。


 たしかに、手元にあるペーパーバックで自分が読んでもお話が面白い。これは気合を入れて作り込んだ話になっている。自分で面白いなんて言うと手前味噌なんだけど、練り込まれたストーリーはやっぱり面白い。


 そして、キャラが生きている。主な登場人物は主人公とお姉さんと後輩の三人。それぞれのキャラの掛け合いも面白いし、三人が仲がいいのも好印象だ。


 大和さんからはその後、重版されるたびに連絡が来た。重版特典なども準備され、売り上げは更に伸びて行った。


 世界中の作家の中で「自分の本が売れなければいい」と思う人間はきっと僕だけだろう。そう思っていた。僕の思いとは裏腹に僕の本の売り上げはどんどん伸びていき、約束の5万部なんてとっくに過ぎて既に10万部に到達しそうな勢いだった。

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