第25話:僕の本の授賞式には神絵師がいない!

 どうしてこうなった……。


 僕は、猫猫出版主催の表彰式に呼ばれていた。表彰式は東京都内の高級そうなホテルのパーティー会場で行われているのだ。一応、僕だけじゃなくて、何人か呼ばれているらしいけど、メインは僕だったらしい。


 大和さんがこっそり教えてくれた。まあ、正確に言えば、僕と愛衣だけど。


 結局、僕の本は10万部発行に届いた。以前ならば10万部行く作家も割といたらしいけど、最近ではそこまでの数字は中々いかないらしい。要は、1種類の本の売れる数が減っているらしいのだ。だから、出版社としてはたくさんの種類を出しているという具合。僕もその本の1冊に引っかかったという訳。


 そんな事はどうでもよくて、僕はホテルの広い会場にいつもの制服姿で来た。控室などないので、家からこの格好だ。


 会場に入ると、大和さんがすぐに近づいてきてくれた。


「あ、お疲れ様です、九十九先生」


「あ、お疲れ様です。『先生』はやめてくださいよぉ」


 正直、悪い気はしないけど、やっぱり照れくさい。


「いや、九十九先生は十分『先生』ですよ! 声をかけさせてもらってよかったです! ぜひ、今日は2冊目の出版枠をおさえましょう!」


「は、はい……」


「あれ? 愛衣さんとは別々に来られたんですか?」


 大和さんが会場内をきょろきょろ見渡しながら訊いた。


「ええ、まあ……」


 なんと歯切れの悪い僕の返事か。それはそうだろう。大和さんから何度も言われてしぶしぶここまで来てしまったけど、愛衣は実在の人物じゃない。どれだけ待っても来るわけがないのだから。


 しばらくすると、授賞式が始まった。編集長らしき人が挨拶をしている。僕はあの人を初めて見た。貫禄のあるおじさんという感じだ。あの人が首を縦に振らないと僕の本の2冊目は発売にならないってことか。


 そして、そのためには僕自身と愛衣がこの場で挨拶をする必要がある……と。


 そんな事を考えていると、いつの間にか僕以外の人が表彰されて賞状を受け取っているようだった。


「いいなぁ、僕は賞状なんて生まれて一度ももらったことがないよ……」


 僕は小学生の時マンガをたくさん描いて、賞に応募しても応募しても箸にも棒にも引っかからなかった過去を思い出す。


「九十九先生のももちろんありますよ」


 僕の無意識のつぶやきを大和さんが拾って律儀に答えてくれた。


「それどころか、10万部超えですから、盾も準備されてます」


 なんか分らないけど、すごい。ただ、僕の心はここにあらずだった。全ては「愛衣」だ。そんな人物は存在しないのだから、暗い未来しか思い浮かばない。


 僕は会場内を見渡した。この後、この和やかで活気のある会場が水を打ったように静かになり、最悪の雰囲気になるかと思ったら胃が痛くなっていた。


 そしたら、人の集まりの陰に思い当たる人影を見つけた。気のせいだろうか? やたら派手というか、この会場に似つかわしくないカラフルな衣装の人影を見かけたのだ。


「あれ?」


「ん? どうかしましたか?」


「あ、いえ」


 知らない場所でうろうろ歩き回ることはできず、僕は大人しくその時を待つことになった。会場の比較的上座の方でその時を大和さんと一緒に待っていた。


 すると数人の男性がこちらに歩いてきた。


「犬からあげ先生、お疲れ様です。きみの作品は人物の心理描写も良くできているし、ヒロインのかわいさもよく表現できている。読んでいると引き込まれるよ」


「あ、ありがとうございます」


「舞台が高校のことが多くて、ターゲット層の共感も得られそうなのもよく考えられていると思うよ」


「はい」


「珍しい部活なんかが出てきて、他とも差別化ができているし時々小物が出てきたりしてタイアップも取りやすい」


「ありがとうございます」


 目の前にいる大人は編集長たったか、主幹だったか、とにかく出版社の偉い人だ。褒めてくれているのは分かるのだけど、今の僕はそれどころではない。


『次は、犬からあげ先生。ご登壇ください』 


 ついに呼ばれて僕は会場正面の一段高いところに上がった。


『こちらが10万部の大ヒットを成し遂げた「飛び降りお姉さん」を書かれた「犬からあげ先生」です!』


 会場中に紹介され、拍手で迎えられている。僕は首元がヒヤッとした。緊張しているのだろう、鳥肌も凄い。そして、汗が止まらない。幸いスポットライトも凄いので、ライとの熱による汗と言うことで誤魔化せると思う。


 でも、ここまでだ。まさに絶対絶命!


『お次は、その本の扉絵と挿絵を担当された神絵師『愛衣』先生の登場ですーっ!』


 会場は静かになった。みんな「愛衣」なる人物の登場を期待している。


 僕は無意識に手を握りしめて下を向いていた。「ごめんなさい」と僕の罪を白状しなければならないタイミングなのだから。最悪の時なのだ。


 ところが次の瞬間、あり得ないことが起きた!


『ちすちすー! ボクが巷を騒がす謎の神絵師「愛衣」だよー♪』


 目が点になっていた。あり得ない! 目の前に「愛衣」を名乗る女の子が現れたのだ。僕がでっち上げた「愛衣」は特別製だ。単なるAIじゃない。


 普通のAIに加え、人気絵師の「AMI」の画像データを食わせてカスタマイズしているのだ。「AMI」の様なイラストを描くけれど、「AMI」とは違う。そんな微妙な絵を描くのが僕の使っているAIだ。


 スピーカーから聞こえてくるアニメ声。僕には全く聞き覚えが無い。無意識に顔を上げると、そこにはゴスロリのメイド服を着た銀髪ロングの女の子が右手にマイクを持って立っていた。


 一言で言えば「美少女」で間違いない。顔立ちは整い過ぎているほどに整っている。


 その女の子は背は低めで片目には眼帯。右腕には包帯がグルグル巻きにされていて、左手はこれまた包帯でぐるぐる巻きにされたクマのぬいぐるみが握られていた。


 クマのぬいぐるみは雑に握られていて、上下さかさまになっていて彼女が握っているのはクマの足だった。


 ……キャラが渋滞している。盛り過ぎだ。ぼくの小説だったら、ここで挿絵を入れるところだろう。そうじゃないと彼女がどんな姿なのか読者には伝わらない。それくらい色々な要素が詰め込まれたインパクト満点な見た目だった。


 中でも彼女の銀髪はすごく自然で、ウィッグとは思えないほど。でも、顔は完全に日本人だ。自毛で染めないで銀髪の日本人なんて見たことが無い。


 現実離れしてるというか、異世界感があるというか。僕の頭はとにかく混乱していた。


 彼女に心当たりなんてない。完全に初めて見た。いや、謎の銀髪美少女自体は学校内で何度か見かけた。結局、話すことは叶わなかったけれど。でも、ここは東京だ。学校のある福岡とは約1000キロ離れている。幽霊じゃないんだから、1000キロも離れたところにふいっとあの銀髪少女が現れるとも考えにくい。別口だろう。


 謎の美少女が短いスカートを翻しながらちょっとしたダンスをしている頃には会場中が彼女に注目していた。


『おーっと、会場の話題を掻っ攫って行ったのは神絵師「愛衣」先生だぁ!』


 司会者の人が調子よく愛衣(?)を紹介した。授賞式の威厳もへったくれもない。彼女の見た目と登場が全ての雰囲気をぶっ壊していた。良い意味で。会場の雰囲気は僕の告白で暗くなるどころか、彼女の登場で最高潮という感じ。


 ここで、愛衣(?)はふいに僕の方を見たと思ったら、僕がいる会場前方のひな壇の方にスキップして駆け寄ってきた。


 多分、僕の口は開いていただろうし、擬音を付けるとしたら「ポカーン」だっただろう。


 そんなポカーンの僕の横に彼女はふいっと来て、軽く僕と腕を組み僕の横で会場の皆さんの方を向いた。


『みんな、犬からあげ先生とボクの本を誉めてくれてアリガト。これからも良い本作るねーーー!』


 愛衣(?)が会場の皆さんに右手を上げてお礼を言った。ちなみに、さっき持っていた包帯まみれのクマは床にポーンと放り出されている。


「……」


 一瞬、会場が沈黙したと思ったけど、次の瞬間「わー!」っと割れんばかりに歓声が上がった。大盛り上がりだよ!


 組まれた右腕に彼女の凄くつつましやかな胸が当たっている。


 でっち上げたAI絵師が授賞式に来るはずもないので絶体絶命。


 その神絵師「愛衣」が突然目の前に現れた。


 その出で立ちがイラスト界のお決まりアイテムを全部載せしたような姿ということ。


 そして、その彼女が僕の腕に胸を押し当てて腕を組んでいる。


 理解不能な事情が目の前に一気に現れて僕の脳みそはフリーズしていた。


 僕は眩暈がしながらも、一番の危機はなぜか回避できたことを少し後になって理解する。


 そして、長い回想を経て僕の意識は冒頭の目の前の現実に戻ってきた。


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