第13話:僕の小説はルールが守れない!

「失格」……それが僕のラノベに対する評価だ。


「先輩……」


 助手がいつものラノベ研究会の部室で心配してくれている。


 数か月前に出した公募の結果……それが失格だった。


 失格は内容云々の話じゃない。文字数が足りなかったり、超えていたり、提出の方法が違ったり……とにかく、内容を見る前にダメだったってことだ。


 公募には「応募方法」の記述があり、それに適合していなければ100%失格になる。


 それでも内容が良ければ、編集の人が拾い上げて……みたいな中二病的な話はない。


 執筆は「趣味」かもしれないし、「特技」かもしれない。人によっては「仕事ビジネス」かもしれない。


 だけど、「出版」は100%ビジネスだから。


 相手は、「出版会社」と言うビジネス集団の中の「編集」と言う戦士だ。約束が守れないと一緒に仕事できないのだ。


 僕だって本気でちゃんと規定に適合するように書いた。だけど、失格だった。その理由までは書いてくれない。


「自分で考えなさい」ってことだろう。


「はー……」


 無意識にため息が出た。


 椅子にどっしりを体重をかけてできる限り仰け反ってみた。


「先輩のお豆腐メンタルだと1回失格になったら、もう再起不能ですか? いや、豆乳ですか?」


 それだとそもそも形を成してない。せめてゲル状のもので留めておいてほしい。


 助手がいつも以上に口が悪いのは僕を奮起させようとしてくれているのだろう。無表情で半眼ジト目の彼女の目が優しく見えるから不思議だ。


「僕だって、公募は初めてじゃない。落ちたのもこれが初めてじゃない。でも、何回経験しても落ちるのはやっぱり落ち込むよ。僕の作品が否定されたみたいで。しかも、よりによって『失格』だからね」


「先輩も人並みに落ち込むんですね。初めての発見です」


「……助手の目には僕はどんな風に映ってるの?」


 景気づけに買って来ていた炭酸のペットボトルをプシュっと開けていた時だった。


「亜みちゃ……姉嵜さんいるかな?」


 教室のドアが開けられて、そこから覗き込む顔は西村綾香先生だった。彼女はこのラノベ研究会の顧問……顧問的な人なのでここに来るのはおかしなことじゃない。


 あえて「顧問的」と言ったのは、ラノベ研究会が学校に正式に認められた部ではないからだ。西村綾香先生の計らいで細々と部活っぽいことをやっているだけなのだ。


 そして、その恩人の様な先生が姉嵜先輩を探している様子。


「姉嵜先輩ですか? 今日はまだ来ていませんよ?」


 姉嵜先輩は文芸部の部長なのだから、このラノベ研究会に入り浸っている方がおかしいのだけど……。


「そうですか」


 西村綾香先生は教室にふらりと入ってきた。初めて……とまでは言わないけど、1年以上活動していて、先生がこの教室に来るのは2度目くらいだ。とても珍しいことだ。


「ちょっと行方が分からないのよねぇ。昨日とか変わった様子はなかったかな?」


「……」


 僕はちょっと斜め上を見て昨日の様子を思い出してみる。そして、普段の様子も合わせて思い出してみる。


「……変わった事しかないですね」


「あの子、普段ここで何してるの⁉」


 なんか話の具合から西村綾香先生と姉嵜先輩は仲がいいみたいだ。そう言えば、姉嵜先輩は生徒会長でもあった。まったく活かされない設定だからちょっと忘れてた。


(ぽふ)助手に頭を軽く叩かれた。いよいよ助手が僕の頭の中で考えたことにツッコミを入れてくる段階まで来たのか。


「先輩、変な顔をしています。絶対ツッコミが必要ですよね?」


 冷静に助手が言った。どうやら、原因は僕の顔だった。僕は一体どんな顔をしているんだ。


「あら? これは?」


 西村綾香先生に僕の「失格」の評価シートを見られてしまった。


「それは先輩の恥ずかしい部分なので、あまり触れないであげてください」


「助手! すごく誤解を生みそうだから言い方に気を付けて!」


「先輩の……恥部?」


「ひどくなった!」


「あなた達、面白いわね。いつもそんな漫才みたいなやり取りなの?」


「そ、そんなっ。いつもは……もっと……ひどいです」


 僕は恥ずかしくなって無意識に否定(?)してしまった。


 先生が僕の座っている席の隣の机にちょいとお尻をひっかけて座った。寄りかかったみたいな状態だ。


「私もあまり詳しくないけど、出版社の受付なんてアルバイトだから、ちょっとでも不手際を見つけたらすぐに『失格』にするわよ? だって、その分 仕事が減るんだもの」


「先生は、出版業界についてご存じなんですか?」


「まあ、知り合いがちょっと……ね」


「すごいですね」


「そう? そうかしら?」


 先生が少し自慢げだ。意外とかわいい人なのかもしれない。


「コンテストなんかやると出版社にはたくさんの作品が持ち込まれるの。だから、読む方も大変なの。大手の出版社のコンテストなんて1000とか2000とかが持ち込まれるのよ?」


 それだと編集者が何人いるか分からないけど、全部を読むのは難しいのでは?


「あ、九十九くん、全部読むのは難しいって顔をしたわね!」


 Oh……僕の表情は先生にも簡単に読み取られてしまう程、分かりやすいらしい。そりゃあ、さっき考えただけで助手がツッコんでくるわけだ。


「その通りよ。10万字のものを早くて3時間で読んだとしても、いいとこ1人3作品しか読めないわ。それも付きっきりで。編集の人が10人いたとしても1カ月は丸々他の仕事ができなくなっちゃう。だからアルバイトさんなんかが仕分けしていくの」


「へー、そうなんですか」


「だから機械的ね」


「そっかぁ……分かり易くルールを守っているアピールとか必要なのかな……」


「ふふ、そうかもね。まあ、要するに物事には最低限のルールがあるってことよ」


「僕はその最低限のルールが守れなかったのか……」


 一段と落ち込む僕。


「そうねぇ。例えば、二人の女の子から告白されてどちらかと付き合うとするじゃない?」


「え? はい、そんな羨ましい状況はあんまり想像できないですけど……」


 西村綾香先生が少し違う話をした。たとえ話で理解しやすくするっている流れかな?


「そして選んだのが想像上のイマジナリー彼女だとしたら……」


「何したいんですかその人……」


 ついついツッコミを入れてしまうほど訳が分からない行動だ。僕がやってるのはそんなにひどいことってこと?


「ほらね。そうなるのよ。一人はいじけるし、もう一人はきっと屋上で遠くを見てるわね」


 先生の話の中のヒロインは具体的だ。もう先生がラノベを書けばいい。


「僕だって失格は嫌だからちゃんとチェックしたんだけどなぁ……」


「じゃあ、失格にならない方法があるわよ。それも2つも」


 西村綾香先生が頼もしいことを言った。僕はそこに光明を見出した。


「1つは、評価シートをもらわないことね」


 それだと失格になってもその連絡がこないだけでは……。全然ダメな方法だった……。もう一つもとんち問答みたいな回答が来るに違いない。


「もうひとつは、WEB小説のコンテストに応募することね」


「え? カクヨムとか小説家になろうとかですか?」


「そうです。縦×横で1ページ何文字みたいな制限はありません。全部の文字数はサイト内で確認できるから、違反になっているかは一目瞭然ですよね?」


「なるほど……」


「あ、一応、注意点としてはカクヨムの方はあとがき機能がありません」


「はい……」


 あとがきに注意点なんてあっただろうか。


「各話のあとにコメント的にあとがきを入れていると、それはストーリーなのかあとがきなのか、誰にも分からないからカウントが難しくなります」


 なるほど。たしかに、小説家になろうでは本文と他にあとがきの欄がある。そこは本文にカウントされない。


 でも、カクヨムの方はそれがないんだ。人によっては本文の最後にコメントを入れている人がいる。そこまで字数にカウントされるなら思ったより多かったり、少なかったりする可能性が出てくるってことか。


 でも、WEB投稿は先日始めている。そっちに軸足を移せば「失格」は避けられる!


「あと、応募に際してテンプレートを準備してくれている出版社があるから、それを積極的に使ったらいいんじゃないかしら」


 3つ目が出てきた! 2つあるって言ってのまさかの3つ目! 西村綾香先生はボケの才能もお持ちだった。きっと先生なら4コマ漫画を描いても奇跡の5コマ目を描くに違いない。


「じゃあ、九十九くんはいつまでも落ち込んでないで、屋上に行ってみてね」


 そう言い残すと、西村綾香先生は教室を去って行ってしまった。


「なんだったんだ……」


「……」


 僕のつぶやきに助手は反応してくれず、スルーされてしまった。


 その後、僕は屋上に行ってみたら、姉嵜先輩が遠くを眺めていたのだった。


「西村綾香先生が探していましたよ」


「……そう。ありがとう」


 あれ? いつもなら「そうか! 九十九くん! ありがとう!」みたいにめちゃくちゃ勢いがあると思ったのに、全然口調が違ったのが気になった。


 それでも、姉嵜先輩は屋上から降りて職員室の方に行ってしまったので、それを確かめることは出来なかったのだった。



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