第12話:僕の小説のヒロインは主人公を好きな理由がない!

「九十九くん、あれはなんだ?」


 今日はすごい早い段階で姉嵜先輩がラノベ研究会に来ていた。そして、教室の隅で体操座りで床をいじっている助手を指さして僕に聞いた。


 そうなのだ。今日、部活に来た時から助手がこの調子なのだ。


「それが、僕にも分からなくて……」


「あー……、あれかぁ……」


 姉嵜先輩には、なにか思い当たることがあるらしい。


 やっぱり、姉嵜先輩と助手はなにか関係があるのか。


「九十九くんは、妹崎くんがこの部で助手をしている理由をかんがえたことがあるかい?」


「……いえ、そう言えば考えたことがありませんでした」


 新学期になって僕が2年になったタイミングで、助手がラノベ研究会にふらりとやってきたのだ。


 そして、なんとなく手伝ってくれるようになって今に至る。彼女も僕もパンもアップルパイも咥えていなかったし、交差点で走ってもいなかった。当然、ぶつかってもいないし、ラッキースケベも起きなかった。


 現実の出会いとはこんなものなのかもしれない。


「妹崎くんがこの部に来た時、なにか言わなかったのかい?」


「助手が、ですか? いえ、なにも……」


 そう言えば、この部室に来てしばらく口をきいてくれなかったんだ。最初からあの鋭い目で僕を睨んでいた。いや、彼女は半眼ジト目がデフォルトだと分かったから、普通に無表情でいただけかもしれないけど。


 数日ろくな会話もないまま、突然助手が大きなため息をついて、その後 僕と話をしてくれるようになったんだ。


 そして、その時「私は先輩の助手です」って宣言したんだ。だから、僕もその時以来、「妹崎さん」とは名前を呼ばずに、「助手」って呼んでるんだ。名前で呼ぶのが恥ずかしかったのもあるし。


「はーーーーーっ。そういうことか。妹崎くんは何も言わなかったのか。……で、私のことはともかく、九十九くんは妹崎くんを見てなにも思い出せないのかい?」


「なにも……と言うと?」


 助手とは今年の春からの付き合いなので、そんなに長い期間の付き合いではない。思い出すもなにも忘れるほどの付き合いの期間ではないのだ。


 ちなみに、この場合の「付き合い」とは同じ部と言う意味であって、交際と言う意味ではない。交際期間は例の30秒だけなのだから……。


「うーん、ちょっと話の方向を変えるけど、九十九くんはラノベを書いているんだよな?」


「はい」


「今 書いている新しいやつはヒロインが幼馴染なんだけど、10年くらい会っていなかった設定になっているな?」


「え?」


 なぜ、先輩がそれを知っている⁉ 最新のラノベは助手くらいしか読んでないと思っていたのに。助手だって僕とクラウドサーバーを共有しているから勝手に読んでいるだけなのに……。


「そのヒロインは、なぜ主人公のことが好きなのか、考えたことがあるかい?」


「……」


 そう言えば、少し前に助手にも同じようなことを言われた。


 僕が書いたラノベについて思い出してみた。むやみに主人公のことが好きなヒロインは、主人公のことが好きな理由がなかった。


「kindleもいいけど、ヒロインの気持ちも考えてあげてみることだ」


 姉嵜先輩が僕の肩にポンと手を置いて、その後 ラノベ研究会の部室を去って行ってしまった。


 僕に考えろって言ってるんだ。


 ***


「助手……」


 僕は教室の隅で暗い雰囲気を醸し出す助手に声をかけた。


 助手は体操座りのまま、こちらをチラリと見た。


「助手、なにがあったかは分からないけど元気出してよ」


 僕が言うと、助手は不機嫌にすっくと立ちあがった。


「さっきの姉嵜先輩の話。ヒロインが主人公のことを好きな理由って考えたことありますか?」


 こっちもかよ。なぜそんなに僕のラノベのヒロインにこだわる?


 でも、それを考えることで助手が元気になるなら……。


「一目ぼれ?」


 僕はその場で思いついたことを口にした。


「一目ぼれでこんなに積極的な行動をとっている女の子がいたら、それはもう病気です。主人公と別れようものならストーカー化して、最後はきっと刺しますよ?」


 怖い怖い怖い!


 僕のラノベのヒロインは品行方正、成績優秀で控えめ、非の打ち所のない女の子に設定したのに、助手にいきなりストーカーにされてしまった。


「10年も会ってない主人公のことを好きでい続けるヒロインなんてものがいたら、10年前の別れの頃にはショックで髪の色が抜けるくらいのことが起きているかもしれません」


 それは主人公のことを好きすぎだろ。


「ストーカー化して主人公のことを追い続けているかもしれません」


「ラブコメのはずがサスペンスに!」


「ヒロインの10年間にも色々あったはずです。成長の過程でコンプレックスを抱えて周囲が怖くなって遠ざけていたり……」


 それは実に人間臭いヒロインだ。僕の小説にはそこまで人物を掘り下げたキャラは出てこない。そもそも、僕がそこまで考えてないし。


「先輩は10年前なにをしてましたか?」


「10年前……」


 自分のことに置き換えて考えてみよう、ってことか。


「特にないなぁ。僕は昔から友達も少なかったし……」


「先輩の頭は鳥かなにかですか?」


 ああ……、後輩の吐く毒の濃度が濃い!


「だって、僕は小さいとき転校転校であんまりいい思い出がないんだよ」


「じゃあ、その一番最初のころを思い出してみてください」


「そんなことを言っても、もう10年も前のことだよ? あんまり覚えてないよ……」


 転校転校で別れが辛いから友達を作らないようにしていたというのもある。最初の別れが辛すぎたから……。


 はぁーーーーーっと、後輩が深くため息をつくと別の質問をしてきた。


「じゃあ、先輩はどうしてラノベ作家になりたいんですか?」


 質問をして来た助手の目は相変わらず半眼ジト目。睨まれている様な気すらする。ただ、僕はこの助手のことが段々好きになってきている。この目も可愛く見えるのだから、もはや病気だ。そして、その目に魅入られて僕は段々集中していった。


「それは……」


「ラノベが好きだから……?」


「じゃあ、いつラノベ作家になろうって決めたんですか?」


「え?」


 いつだっただろうか。まだ僕が小さいときだ。僕は泣きながらラノベ作家になりたいって言って紙にお話を書き続けた記憶が蘇ってきた。


 そこまで強く思うってことは、なにか事件があったはす。それくらい強く思うほどの何か……。


「転校だ! 僕は昔から転校転校で友達ができにくかったんだ」


 いや、待てよ? 友達ができないからってラノベ作家になりたいと思うか? しかもそんなに強く。


「そうか、僕には好きな女の子がいた……。まだ小学生の低学年の頃」


 助手がピクリと反応した。


「それで?」


「え?」


「その女の子はどっちだったんですか!?」


「ど、どっちとは?」


 助手は前のめりだけど、僕には質問の意図が分からない。


「えっと……」


 僕が追加の質問をしようとして、それでも躊躇していると、助手の方が口を開いた。


「その女の子のことを教えてください。ゴミムシ……いえ、間違えました。先輩」


 いま、僕のことを「ゴミムシ」っていった!?


 益々助手の毒がひどい。


「たしか、仲のいい女の子がいたんだ。僕の家の右隣に……いや、左隣りだったかな? いや、やっぱり、右隣?」


「どっちでもいいです!女の子!」


「ああ、そうか。親達も仲が良かったから僕達は家族ぐるみで仲が良かったんだ。妹……いや、姉? いや、やっぱり妹? ……ああ、そこはどうでもいいよね!」


 助手は僕が思い出すのを邪魔しないようにしたのか、黙ってくれていた。


「僕達は外で走りまわるっていうより、絵本とか好きでさ、三人で絵本を読み合ってたんだ。あれ? 三人?」


 しゃべりながら芋づる式に記憶が蘇ってきていた。


「そ、それで、どうしたんですか?」


「あ、ああ。絵とお話が好きだったし、僕達はマンガ家を目指したけど、僕は絵が下手くそで……」


「だから、ラノベ作家へ?」


「いや、小説は苦手だった。読みはじめの設定に入るまでの部分で気持ちが離れちゃって……」


「あー、そんなこと言ってましたねぇ」


「映画でも本題に入るまでの静かな、何もない部分を描いてる段階で気持ちが離れるんだ」


 僕はそれがどうしてラノベの方向に進んだのか思い出していた。


「妹が……妹ちゃんが、ラノベを持ってきたんだ」


 僕は全身に汗を大量にかいていた。


「はあっ、はあっ、はあっ」


「大丈夫ですか? 先輩、少し休みましょう。すごい汗です」


「ああ…」


 僕は無意識に近くの椅子に腰かけていた。


「……なにか思い出したんですか?」


「うん、僕が初めてラノベを読んだのは、妹ちゃんがマンガと間違えて持ってきたラノベだった……」


「はい」


「妹ちゃんのお父さんが好きだったんだ」


「はい」


 助手は静かな目で僕が話すのを聞いてくれていた。


「可愛い絵と読みやすいお話……。今まで僕が読んだ小説とは全然違った……。僕達はラノベの虜になったんだ」


「そうでしたね……いえ、そうだったんですか」


 でもおかしい。僕には姉も妹もいない。「妹ちゃん」って誰だ!?


「そうだ! あの子のことを『お姉ちゃん』って呼んだら、ずるいって言ったから、あの子のことは『妹ちゃん』って呼ぶようにしたんだ!」


「……」


「はあっ、はあっ、はあっ」


 益々汗が吹き出していた。頭皮からも汗が出ている感じ。


「先輩、一回休んでください」


 助手に声をかけられて我に返った気がした。少し頭がチカチカしている。もし立ったままだったら僕は倒れていたかもしれないと思った。


「大丈夫ですか?」


「あ、うん。ありがとう」


 僕は少しの間呼吸を整えた。


「僕はなにかまだ忘れてることがありそうだ」


「もう分かりましたから、ちょっとおとなしくしておいてください。私、水買ってきます」


 助手は、部室を出て水を買いにいってくれた。僕は集中が切れたのか、それ以上なにかを思い出すことはなかった。


 □ 今日の活動報告


「今日はヒロインが主人公のことを好きになる理由を考えていたんですよね?」


「はい……」


 今日も西村綾香先生に活動報告をしていた。


「じゃあ、なんで九十九くんは、そんなにぐったりしているんですか⁉」


「あ……なにか忘れていることがあるみたいで……」


「そんな土砂降りの中を走って来たみたいに汗びっしょりで⁉ 先生、外が雨なのかと思って、思わず窓の外を見ちゃいましたよ?」


「はは……。そっすね。すいません……」


 もう、段々なんでも良くなってきていた。僕はそれくらい疲れていた。


「あ! 先輩! 見つけました! そんなにぐったりなんですから、報告は私が行くって言ったじゃないですか!」


 職員室に助手が飛び込んできて、僕の腕を掴み支えてくれた。


「助手……ありがとう」


 そのぬくもりを僕は以前どこかで知っていたような……そんな気がしたのだった。

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