第5話:僕の小説には起承転結がない!

「先輩は平坦なのがお好きなのですか?」


 今日の僕と助手は部室として使っている空き教室の掃除をしている。僕の担任の西村綾香先生に許可をもらっているとは言え、日々非公式に使わせてもらっているのだ。感謝の意味で掃除をしてもバチは当たらない。


 そう言った意味では、動きやすい体操服に着替えての掃除だ。僕はほうきを持って床を履き、助手は濡れ雑巾で教卓や机を拭いて行く。


 彼女はショートカットと体操服がとても似合っている。上のシャツは白い半そでシャツで袖とVネックの首周りだけ青いラインが入っている。下は青い短パン。学校指定の体操服だ。


 彼女は全体的に細身なのと、少し大きめの体操服を買ったからだろうけど、全体的にブカブカでどこか着せられている感がとてもかわいらしい。


「どうしたんですか? 先輩。私の身体をじっとり嘗め回すように見て。通報ですか? 110番した方がいいですか?」


 助手がポケットからスマホを取り出し、「110」とタップしていく。


「待て! 待ってくれ! 誤解だ! ある意味誤解ではない所もあるけれど、あえて誤解と言わせてください!」


 僕はストップのジェスチャーで助手に手のひらを向けて彼女の蛮行を制止させた。


 助手はフラットなお胸の持ち主なので、「平坦なのが好きなのか」と聞かれたらついつい彼女の胸に視線が行ってしまったのだ。


 僕がそれ以上の答えに詰まっていると彼女は胸の辺りで腕を交差させて胸を隠してしまった。益々僕が彼女の胸を直視していたみたいじゃないか。


「じょ、助手が平坦なのが好きか……なんて聞くから……」


 ここで助手が再びスマホを構えた。


「ごめん! ごめんなさい! そうじゃなくて!」


「……まあ、いいです」


 いつもの様に軽くため息をついて、彼女は持っていたスマホをポケットにしまってくれた。


「……私、脱いだらすっごいですからね(ぼそっ)」


 今日のつぶやきは僕にも聞こえてしまった。むしろ聞こえなかった方が良かったかもしれない。このフラットなお胸はどうやってもフラットだろう。脱いだところでそれほど変わるとは思えない。


「そ、それで、さっき言った『平坦』って何のこと?」


 僕は話を立て直す様に咳払いしながら訊いた。


「もちろん、先輩のラノベです」


「ん?」


 またもや思いもよらない回答が返ってきた。


「昨日、先輩のラノベを読ませてもらっていました。ヒロインは出てくるようになったのですが、山も無ければ谷もありません」


「……と、言うと?」


 僕はほうきを持った手を止めて聞き返した。


「『起承転結』って聞いたことがありませんか? 先輩のラブコメはヒロインに告白したらうまくいって、そしたら今度は、他の女の子から告白されて、モテてモテて困ってしまうーってお話だったじゃないですか」


「そう! 男子の夢、ハーレムを描いてみたんだ」


 助手は女子だから、イマイチ理解してもらえなかっただろうか。


「クッソつまんないです」


「ぐっ!」


 相変わらず助手の言葉のやいばは僕のハートをめった刺しにしてくる。今の一言で僕は瀕死状態だ。


「物語には『起承転結』というものがあって、物語の始まりを知らせる部分の『起』、主にキャラクターに感情移入できるように紹介する『承』、そしてお話がガラリと変わる『転』、エンディングの『結』からなるのが基本です」


「まあ、聞いたことあるよ? 僕のはそうなってないかな?」


「『起承結』とか、酷い時は『起結』の時もあります。もっと酷い時は『起』しかないやつとかも」


 助手の半眼ジト目の切れ味がいつも以上に厳しい。口を開くと出てくる毒の濃度が高い。顔が整っている分、余計に迫力があるのだ。


「僕は、フラットなボディもフラットなお話も好きだから……。今だと『日常系』とかもあるじゃない? ふわっとした雰囲気のお話でいいかなぁと……」


 僕が言い訳をごにょごにょ言っていると再びキッと厳しい視線をこちらに向ける助手。なんか一生忘れられないトラウマになりそうなんだけど……。


「ちょっと待っていてください」


 そう言うと、助手は教室を出て行った。なんだろう。


 僕は手持ちぶさたに半径1メートルくらいの範囲内をほうきで履きながら彼女の帰りを待った。


 ***


 10分後、助手が教室に戻ってきた。


 僕は彼女を一目見て固まってしまった。これが本当にあの助手だろうか。全くの別人のようなのだ。


 その……主にお胸の辺りが。


 教室を出るまでは『絶壁』と思っていたお胸が、今ははちきれんばかりの……そのなんて言ったらいいのか。


「えーーー、偽物?」


「本物です!」


「いや、おかしいだろ。さっきまで『絶壁』……いや、あの……」


「先輩、普段私のこと『絶壁』って呼んでたんですか⁉ 地の果てまで追い詰めて一生忘れられないトラウマを心に植え付けますよ?」


 なにそれ。怖い!


「それより、どうですか?」


 助手がグラビアのようなポーズをとって豊満な身体をアピールする。胸はたしかに大きい。しかし、手足や身体は今まで通り細い。こんなあり得ないプロポーションがこの世に存在していいのだろうか⁉


「……先輩、見過ぎです。お金とりますよ?」


 見て欲しいのか、見ないで欲しいのか。乙女心とはこうも複雑で、こうも理不尽だったとは。


「どうですか? 山と谷はメリハリがある方が人の心を掴むんです」


 いや、僕はどういうからくりでいつも「絶壁」なお胸が「チョモランマ」になるのかが気になってしょうがないです。普段どうしてるの⁉ しかも、今 体操服の下はどうなってるの⁉


 そんな事を考えていたら、助手が「チョキ」の指をした。ただ、彼女の人差し指と中指は確実に僕の眼球をロックオンしていた。だから、怖いって!


 僕は恥ずかしくなったのと、怖くなったのと、二つの意味で彼女に背を向け後ろを向いた。


 なるほど、これは吊り橋効果なのか、彼女の魅力に当てられたのか、ドキドキが止まらない。メリハリの破壊力はすごいな。


 そう考えると、僕の小説のストーリーは単調なものに思えた。あの「チョモランマ」のドキドキ以上のものを僕の小説で感じさせることができるだろうか。


 なるほど、「起承転結」か。この空き教室を部室として使っていることが言ってみれば「起」。


 普段の助手の「絶壁」を知っているのが「承」じゃないだろうか。僕にとってあのフラットなお胸が助手であり、助手のアイデンティティだった。


「転」で突然「チョモランマ」になったのだ。それは驚くに違いない。


 僕の心臓はドキドキが止まらない。汗も出てきた。


「先輩?」


 僕の後ろで助手が僕を呼ぶ。今 彼女を見たら僕は何か大変な事になってしまう。それほどまでに、女子の胸部とは僕たち男子の心を落ち着かなくさせる強力な武器なのだ。


「こっち向いてください」


「いや、『チョモランマ』が……」


「起承転結」って物語においてすごくお話を盛り上げる効果がある事を実感した。いや、待てよ? ここで「結」がまだだ。「転」の時点でこんなにドキドキして、助手をまともに見ることもできないのに、この上「結」が来るって……僕はどうなってしまうんだ⁉


「先輩、今度は私のことを『チョモランマ』って呼んでるんですか? ちょっとこっちを向いてください。その目玉をくり抜いてあげますので」


「ひーーーーーっ!」


 あの半眼ジト目で不気味な笑いを浮かべる助手の顔が思い浮かんで僕は心の底から恐怖した。


 □今日の活動報告


「ちょ、ちょっと待ってください」


 僕のクラスの担任であり、現国の教科担任でもある西村綾香先生が僕の報告書を見ながら僕を呼び止めた。


「どうしました?」


「今日は部室に使っている空き教室を掃除してくれていたはずですよね?」


「はい、そうです」


 西村綾香先生は自分の事務机の椅子に座って僕の方を向いていた。僕は先生の前に立っている。


「『起承転結』の話になったのは百歩譲っていいでしょう。ラノベ研究会ですから」


「はい」


「その後、なんで妹崎さんがブラジャーを外して九十九くんに迫ってるんですか⁉」


「すいません。今日のことは僕も狐につままれたような気分なんです。助手の胸はいつもフラットで『絶壁』のはずなんですけど、今日に限って突然『チョモランマ』に……」


「それは、胸つぶしって……コホン」


 先生は何かを言いかけて途中でやめてしまった。そして、一つ咳払いで話を戻したようだった。


「絶壁……チョモランマ……九十九くん、それ絶対女の子に言ったらダメなやつですからね」


「……はい」


 そうだったのか。僕はまた一つ大人になったらしい。


「もし言ったらどうなりますか?」


「目玉の一つくらいくり抜かれても文句は言えないと思いますね」


「ひっ……」


 僕は教室に戻ると助手に土下座をして謝るのだった。

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