第31話

 イジメというのはいわゆる集団心理の一つである。

『皆でやれば怖くない。』

 日本人風に言うのなら、『他の人もやっている。』の集大成といっても良いかもしれない。


 本来であれば侮蔑によって行われる事だが、時折、特殊な背景が絡むと、畏怖によるイジメが行われる。

例えば、『対象が気に入らないのに、実家が地元で有力な所である。』や、『気に入らない奴だが、直接手出しするには分が悪い。』などである。


 そういった場合。取られるのは暴力的な手段ではなく、いわゆる陰湿な、誰がやったかがバレないような手段である。


「ノァ、これ......」

「ああ、大丈夫だ。」


 例えば、机に落書きをする。

例えば、下駄箱に動物の死体を入れる。

 例えば、根も葉もないうわさを流す。

例えば、無視をする。


 とはいえ、これくらいなら割と対処もしやすく、扱いやすい手合いではあるだろう。


前置きが長くなったが、机にかなり悪質な落書きをされた。

 彫刻刀かナイフか、とにかく刃物で傷を付けられているのだが、書かれている内容が『インチキ野郎、退学しろ』や、『無能はSクラスに必要ない』等、わざとらしくどこかの誰かに言葉を寄せている。


 しかしながら、俺はレオナを疑っていたりはしない。

 やった者の魔力が見えるが、これは【風】属性魔法であり、【火】属性しか使えないレオナの物ではないからだ。


 何より、多少【無】属性への偏見やポンコツさが見られたものの、その根源は正義であるレオナが、こういった事をするとは考えにくく、しかもこんな陰湿なことをするとは思えなかった。


 とはいうものの、これを目撃している生徒は多く、この机をどうにかした所で、教師の耳に届くのは時間の問題だろう。


 

 そこでだ。


 俺はおもむろに鞄に手を入れ、『ボックス』から『癒善草』ポーションと『希粧水』を取り出す。


一つ余談だが、この3年間で、このポーションの効き目にも新しい幅ができた。

 それは、死者への使用だ。


 従来のポーションではできなかった、『損壊の激しい遺体』を元の姿に戻すという効果。

ポーションそのものが持つ魔力で保持する性質を持つ為に行える急激な再生。


 それはその生命が活動を停止していたとしても有効で、死者を悼む買い手には多く売れた。

 また、『希粧水』はそれと似た効果があり、ポーションには無かった『削る』という概念が付与された事によって、古傷などを治す事ができる。

 これは3年前の情報である。

 時代は移ろい行くモノだ。


 あれから更なる研究を重ねた結果、『希粧水』の新しい効果が発見された。

それは、『錆び抜き』である。


 武器というのは錆びるし欠ける。

その分を研磨で削って形と均等にし、使い続けるが、『希粧水』を掛けるだけでその工程が無くなり、またすり減って行くだけだった武器はさらに永く使えるようになった。


 さて、ここまで言ったら分かるだろう。


俺は両方の薬を机に掛ける。

 

 ジュワジュワという音を立て、煙が上がり、見る見るうちに机は元の形へ戻る。


 その景色に周囲の生徒、特に女子は目を離せない。


「そ、それ、最近の最高化粧品の『希粧水』ですよね?なぜ男性のあなたが?」

「それよりも、何故机に掛けるなど勿体ない事を!?それ一本にどれだけの価値があるとお思いで!?」


 やけに上品な口調から、貴族層の出身であることは分かる。

が、ギルマスの情報遮断技術が素晴らしいのか、製造者が俺という事は知られていないようだ。


 俺はそんな女子たちの羨むような目をしっかりと捉えて聞いた。


「これをやった犯人を知っているのなら、教えてくれませんか?」


◇◆◇


「クソッ!物で釣るなんて卑怯だぞ!この【無能】!!」


 後ろ手を教師に掴まれている男子生徒A、B、Cは、恨めしそうに俺を見て来る。

当然、こいつらの事を教えてくれた女子も、教えてくれようとした女子にも『希粧水』を配った。

 

 在庫は余る程ある。

この先消費量が増え続けても良いよう、10年は見積もって作り続けた。


「【無能】のくせに気取ってるから気に入らない!」

「そもそもハクさんと一緒にいるのも腹が立つ!」

「【無能】で平民なんて取り得無しじゃないか!」


 これがABCの言い分だそうだ。

曰く、どうやら彼らは貴族出身で、加えて魔法属性の適性も三つはあるらしい。

 へぇ......


「楽しかったか?」

「「「......は?」」」


 俺の質問を3人は聞き返す。

その反応が面白くて失笑をするが、そのままもう一度同じことを聞く。


「だから、俺の机を削っていて楽しかったかって聞いてるんだよ。」

「......そりゃ、楽しかったに決まってる!お前が泣く姿が見たかったんだからな!」

「そうか、ならなんで今は笑ってない?」

「......なんでって、それは、バレたから...」


 クスクスクスと笑いが止まらない。

ここまで典型文。まさか本当にNPCなんじゃないだろうな。


「違うな。お前は何も考えて無かった。本当は楽しくもなかったんだろ?どうにかして俺を陥れたかったけど、自分を止めるくらいに自制心が無かったんだよ。もっと考えてればいくらか手段はあったんだ。それでもお前は今すぐこんなことをしてしまうくらいには我慢出来なかった。その結果がこれだ。【無能】に知恵比べで負ける気分はどうだ?教師に言うつもりだった言い訳を言ってみろよ。たかが親の家柄と自分の才能だけに固執した赤ん坊が。」


 俺は早口で捲し立てた。

目を逸らすABCの顔を『サイコキネシス』で無理矢理固定し、目を合わせた。


「たいへんよくできませんでした。つぎはありませんからがんばれませんね。」


 途中間に入ろうとしていた教師も『サイコキネシス』で止めたし、他の生徒も止めた。

昔のようにはさせない......

 もちろんハクはそのままだ。


「さて、授業を再開しよう。」


 本来ならマリナ教師の言うべき台詞を取ってしまったが、俺はすこし満足していた。

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