03
橋口は、数日ぶりに駐屯地へ戻ってくると、扉が外されたままの部屋を覗き込んでいた。
「あらま……みんな、まだ戻ってきてないのね」
中はすっかり片付けられており、もちろん元の住人であるヴェノリュシオンたちもいない。
「橋口さん? もう戻ってきたんですか!?」
驚いた声に視線をやれば、研究部隊のひとりが驚いたように橋口を見ていた。
「今回って、イエローですけど、居住区内での会議でしたよね!? テキトーな理由つけて、遊んできたらいいのに! もったいない!!」
居住区内に入るには、外部から危険なウイルスを持ち込まないため、検査をする必要がある。
検査の結果が出るまでの間は、居住区内でも”イエロー”と呼ばれる隔離区画で待機する必要がある。
それらの検査とイエロー内で一定の隔離期間を経て、問題なしと判断されれば、”グリーン”と呼ばれる完全に管理された居住区に入ることができる。つまり、一度外部と接触してしまうと、再度中に入るには、時間がかかる。久留米が、今回の襲撃を受けて、滞在期間を伸ばしたのは、これらの理由が大きい。
居住区の外で働く人間が、居住区内に入ることのできる機会は、正直ほとんどない。
自衛隊の中枢の大部分が居住区内のため、久留米などの士官になれば、入る機会も多いが、彼女の歳では少ないだろう。
「私としては、こっちで研究していた方が楽しいけど」
「えぇ……確かに、今の題材がおもしろいことは認めますけど、やるならイエローでいいから、居住区内がいいです。というか、今回の研究が認められて、中で本格的に研究を進めるとかないですかね!?」
「イグも取れないんじゃないかしら? 政治的に」
「わぁ……どうにもならないやつ……」
そもそも、研究内容が危険だと判断すれば、居住区内での研究許可は出ない。
現在、橋口たち研究部隊が、メインに研究しているのは”ヴェノリュシオン”のことだ。
彼らの能力を調べるならば、彼らの住処で、拠点のこの駐屯地は絶好の観測場所だし、再現性を調べるならば、感染性などの問題から、許可は絶対に降りない。
「橋口さんって、元々中の研究員だったんですよね? 中に知り合いとかいないですか? 紹介してくださいよ……紹介なしで外出身が、中の企業に乗り込むの絶望的なんですよ」
「いないことはないけど、
「あ゛、やっぱやめときます」
杉原のような、医者同士の権力争いに負けて追い出されたわけではなく、橋口は『変異種の研究を満足にできないから』という理由で、居住区内の研究所から望んで外に出た。
そんな人間と未だに連絡を取るような相手だ。同じタイプの確率が高い。
露骨に肩を落とす彼女と共に、研究室に戻る。この数日で、劇的に何かが起きたり、発見があったわけではないようだ。
「どうなりました?」
資料を最後まで手伝ってくれた一人に声をかけられる。
今回の会議は、研究の元となる”ヴェノリュシオン”の存在そのものが存在してよいものかを判断するもの。
もし、”不可”と判断されれば、この研究室の全ての研究を終了せざるおえなくなる。
さすがに、作業をしていた続けていた隊員たちも、橋口の言葉を待つように、目を向けていた。
「ヴェノリュシオンの研究は、生かしたまま継続。議題に上がったのは、ヴェノリュシオン作成時のウイルスのストックの存在と、ヴェノリュシオンたちからの二次感染について」
出てくる質問は、おおよそ予想通りだった。
故に、久留米は先んじて、目ぼしい上官たちに根回しをしていた。
「クリーン室内の人たちは気難しいわね……久留米少尉は本当に凄いと思うわ。あんなの、正直相手にする気しないもの」
「まぁ、すごいとは思いますが、橋口さんは少し根回しっていうのを覚えてくださいよ」
「ちゃんとやってるわよ。だいたい、資料を読めば、普通わかるでしょ? それを読まない上に、今までの知識から発想できる想像力もないって人間をどうしろと?」
苦労して提出したレポートは、そのほとんどを読まれることはない。
特に、今回のように、マイナスの印象が多い案件では、レポートを読ませるより読み聞かせることで、印象を操作する必要があった。
その点、久留米は本当にうまかった。
「でも、もしですよ?
根回しによって、会議は乗り越えたが、強硬手段を取った人間がいるということは、あの場にいた全員が納得したわけではないということの証明だ。
「でも、避けることもできないし、事実である以上、書かないわけにもいかないだろ」
そのほとんどを読まれず、捨てられるレポート。
だが、それを読み込み、精査する人間がいることは事実。そして、それはヴェノリュシオンたちに肯定的、否定的、後者の方が圧倒的な比率となる。
故に、嘘は書けない。
嘘を書けば、彼らに明確な弱みを見せてしまうことになるから。
ただ、事実を、印象を操作する目的を持って記載する。
データと事実だけを抜き出し、精査したのなら、とある事実が浮き彫りになることだろう。
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