02

 応急処置された壊れかけの扉に近づく複数の影。

 影はノックもせず、扉に手を掛ければ、金属の軋む音が静かな廊下に響いた。


 直後、拉げた扉の間から漏れだす強い光と音。

 光が収まるのと同時に、扉を蹴破るように中に入った影の驚いたように動きを止めた。


「ヴェノリュシオンたちなら、任務中だ」


 中には、きれいに隅にまとめられた最低限の荷物だけが置かれていた。


「先程のスタングレネードは、明らかな敵対行為としてみなされるが、弁明は拘束後に聞こう」


 突入した武装した彼らの後ろから現れた、川窪率いる数名に向けられる銃口に、彼らはそっと両手を上げるのだった。


「本当に来たのか……」


 スタングレネードの音は、医務室にまで響いていた。

 川窪から、近々ヴェノリュシオンたちを狙った襲撃が行われる可能性があることは聞いていた。負傷こそしているが、もしこの医務室が狙われる場合は、防衛を命じられ、普段はベッドサイドに置かれていない銃が置かれていた。

 続く銃声などの戦闘音が聞こえないことを確認しながらも、その手は銃へ伸び、カーテンを静かに潜る。


「って、先生。起きてたんですか?」


 扉の近くには、パソコンの前で何やら作業をしている杉原の姿。

 襲撃の可能性を考慮し、医官である杉原含め、医療部隊も夜間は指定された部屋での待機になっている。だが、夜間の負傷者の急変などに備え、一人が医務室に残ることになっており、今日は杉原が担当だった。


「貴方たちの怪我のせいでね」

「それは申し訳ありません」


 ヴェノリュシオンたちの部屋近くには、戦闘部隊が待機している。あの音以降、騒ぎが続かないところを見ると、襲撃犯たちを抑えることには成功したのだろう。


「しかし、先生いつ寝てるんですか? 先生が寝てるところ、見たことがないんですが」

「仕事が終わったら寝てます。仕事の合間に仮眠を取ったり、貴方たちと変わりませんよ」

「そういう意味じゃ……まぁいいか。少しここで待機させてもらいます。大切な医官に流れ弾でも当てたら、始末書では済まないので」

「どうぞ」


 襲撃犯確保の連絡が来るまでは、警戒を解くことはできない。扉からか襲撃犯が入ってきても、杉原は守れる位置へ立つ。


「今回の件、先生は何か聞いてるんですか?」

「聞いてません」


 淡々と答える杉原に、嘘だと言いたげな視線をつい送ってしまうが、本当に杉原は知らなかった。

 ただ久留米や橋口の行動から、原因の想像がつくだけだ。


「バカな俺にだって、会議が原因だってのはわかりますよ」

「だったら、いいじゃないですか。多分合ってますよ」

「いやいやいや! 内容! 内容が聞きたいんですって!」

「私は興味がないです。関わったところで、ろくなことありませんよ」


 命じられたことをひたすらにやっている方が、ずっと楽だ。何も知らず、何も聞かず、何も話さず、任されたことだけを続ける。


「目隠ししたまま、死地を駆けろなんて、本人たち目の前に言えます?」

「立場は同じです。そもそも、頭を使ってないだけでしょ」

「地頭が違うんです」


 問答も面倒になってきたと、返事はせずにカルテの続きを記載していれば、やけに静かな部屋にキーボードを打つ手が止まる。

 自分の脇に座り、扉の方へ警戒している隊員は、単純に今日の医務室の警備の担当だから、ベッドから下りて警戒している。

 だが、他のベッドで寝ている隊員たちだって、スタングレネードの音で目を覚ましているはずだ。戦闘音が続いていないから、ベッドから下りてこないだけで、目は覚ましている。


 安全な駐屯地でしか働いたことのない自分でも、なんとなく視線や耳がこちらを向いている気がした。


「…………会議っていうのは、始まる前に全て決まってるものなんですよ」


 あくまで、個人的な捻くれた経験からの推測にならない。

 これが本当だと吹聴されては困ると、前置きをしてから、杉原は言葉を続けた。


「会議で真面目に、討論や話し合いができるなんてことは、ほぼないです」


 あくまで、会議は公的な”同意を得られた”と証明されるだけの場所。

 重要な案件になればなるほど、会議外で行われている根回しの方が重要だし、むしろ結論は決まっていて、会議は議事録に載せるための脚本を沿っているだけの場。事情を知らない人間の批判や共感は、ただのオーディエンスの歓声。


「ヴェノリュシオンの件は、センシティブな案件。ぶっちゃけ、全員殺してしまえば、簡単かつ自分たちは関わらず、先延ばしにできる案件なんです」


 この先、必ずヴェノリュシオンのような、人為的に変異させられた人間の存在は現れる。

 だが、自分たちがいる間に、受け入れる体制もできていない、危い存在を受け入れたくはない。ただそれだけ。


「社会的安定的な地位にいる人間は、自分の立場を失ってリスクを負ってまで、ヴェノリュシオンを生かす必要はない。特に、上層部は責任を取る立場で、会議で通してしまえば、トカゲのしっぽ切りとはいきません。大抵の士官がヴェノリュシオンの殺処分を望むでしょう」


 それを抑え込むために行われるのが、会議よりもずっと長い時間をかけて行われる根回しだ。

 もちろん、会議を円滑に進めるための重要な役者を説得することも、相当な労力が必要だが、それが成功したのなら、そう簡単には結果は覆らない。


「しかし、公的な場における口約束以上の意味を持ち得ないのは事実です。今も昔も、口約束を覆す方法は変わらないですし」

「実力行使ってことですか」


 ヴェノリュシオンたちを殺してしまえれば、大半の士官たちが悩みの種が無くなったと喜ぶだろう。責任の追及は少ないはずだ。


「不可逆的な事実。お得意の既成事実ですね」

「…………」


 笑っていい冗談なのかわかりにくい冗談に、反応に困っていれば、無線で襲撃犯確保の連絡が入る。


「寝物語には十分なくらいにつまらない話だったでしょう?」

「確かに、経口麻酔とかと一緒に行きたい話ですね。持ってきますか」

「自室に戻ってからにしてください」


 ようやく全てのカーテンが閉まり、張り詰めた静寂が徐々に和らいでいく様子に、杉原もキーボードを打つ手が軽くなっていった。

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