02

 元々コンクリートジャングルと言われたのだから、アスファルトの一枚でもないのかと、内心愚痴りながら楸は、足に伝わる振動から逃げるように走り回っていた。

 変異種との戦闘など、尻尾を巻いて逃げるに限る。

 入念の準備をしたところで、死者が出ないわけがなく、怪我人はその五倍は出る。


 逃げちまおうか。


 いつものように、戦っている奴らを囮にして、変異種から距離を取れば、変異種は追ってこないはずだ。

 大抵の変異種は、普通の動物と同じで、縄張りに入ったり、攻撃をしなければ、食事を目的にしていなければ戦いを避ける傾向にある。


「…………」


 川窪が指揮しているおかげで、寸のところでパニックになっていないが、地面に潜って隠れては、突然現れ地面の中に引きずり込もうとする変異種に、隊員たちは疲弊してきている。

 それこそ、ひとり逃げ出したところで、気付きそうにない程度には。


 自分が生きるためには、他人を犠牲にする。

 アウトサイドで生き残るため、身につけた知恵に、楸は少し足を後ろへ引く。


 このまま、逃げてしまえばいい。

 そうすれば、生き残れる。

 敵前逃亡の罪など、部隊が全滅してしまえば、上層部にバレるはずもない。

 部隊が変異種に襲われて、命辛々逃げてきたのだと、近くの駐屯地に逃げ込めばいい。そして、保護してもらえばいい。


「――――どこにだよ」


 ここはセーフ区画で、逃げ帰ってくる場所だ。

 そこから、どこに逃げるというのか。


 居住区?

 学もない、才能もない自分が、どうして居住区に入れるというのか。

 セーフ区画以上に安全な場所など、自分には残されていない。

 あまりにも簡単な結論に、嫌気が差す。


 引きかけていた足を踏ん張りながら、川窪へ向かう変異種に銃口を向けて引き金を引いた。

 効いているとは思えない音を立てながら、それでもヤスデのような変異種は楸の方へ体を向ける。


「クソっ……! クソクソ……っ!! くんなよっ!!」


 引き金を引き続けているから、こっちに向かってきているのだ。

 やめればいい。

 だが、引き金を引く指から力を抜くことができなかった。


 カチリと、全ての銃弾を撃ち切ったことを知らせる音と共に、目の前に迫る気味の悪い顔と鼻についたつんとする匂い。

 これは死んだかな。などと、他人事のように、妙にゆっくりと迫ってくる変異種を眺めていれば、突然その変異種が消えた。


「カッッッタイッ!!」


 変異種が地面に叩きつけられる鈍い音に負けない大声で、叫ぶその小さな影。


「あ、ヒサギ見つけた。みんな、心配してたぞ」


 その小さな影、G45は、変異種を殴ったらしい手を振りながら、こちらに目をやると、楸に気が付いたように顔を上げた。


「~~~~っ!! Gぃぃぃぃいいいいい!! おまっ! ほんっっとサイコーだよ! かっけェよ!」


 つい抱き着きかけて、自分よりも短いはずの腕に遮られる。


「くっつくなよ! ジャマ!」

「あ、はい」


 最も過ぎる言葉に、楸は伸ばしていた腕を大人しく下し、変異種に目をやれば、地面の中に潜ろうとしているところだった。

 G45が逃がさないとばかりに、その尻尾を掴むが、ぬかるんだ地面に簡単に引きずられてしまう。


「手を離せ!」


 川窪の言葉に、捕まえるのを諦め、変異種から手を離せば、すぐに姿が見えなくなった。


「逃がしたァ!!」

「引きずり込まれたら見捨てるからな」

「……でもさぁ、捕まえなきゃダメだろ」


 S08の容赦ない言葉に、何か言いたそうにしたが、滑りやすい地面の影響がないわけではないが、力では負けていた。

 もし、地面の中に引きずり込まれたら、不利なのは想像に難い。


 G45が次に頭を出すのを警戒するために周囲に警戒する中、S08は地面の下から聞こえる音に集中していた。

 大きな這いずる音は長く、多足類特有の足音の多さがノイズとなり、正確な頭の位置を特定するのが難しい。

 その上、体に比べて狭い範囲を何度も往復していたからか、移動速度が速く、より判断を難しくさせていた。


「爆弾とか持ってないんですか?」

「少しはあるが、何に使うつもりだ」

「穴に放り込んだら、出てこないかなって」


 あまりに勝算がなさ過ぎるT19の提案に、川窪も苦い表情をするしかなかった。

 せめて、もう少し具体的に方法を考えてほしいと伝える前に、T19がめんどくさそうに片目を閉じ、首を傾けている様子に、開きかけていた口を閉じた。


「というか、このままビビって逃げるんじゃないか?」


 生物として、危険な生物が現れたなら、逃げる選択をするものも多い。

 先程ヴェノリュシオンたちの近づいた時も、お互いに警戒し、近づかなかった。向こうの変異種にとっても、ヴェノリュシオンたちは脅威なのだ。

 G45に殴られたことで、その力はよくわかった事だろう。ここを縄張りとしていないなら、逃げる可能性がある。


「それは平気じゃん?」


 O12の疑問に答えたのは、地面をじっと見つめるT19だった。


「興奮してんのか、ずっとクサいんだよね」


 特有の刺激臭が、地上に巻き散らされる中、確かに穴から漂ってくる匂いには、敵意の匂いだった。

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