8話 戦闘

01

 答えは案外あっさりとしたものだった。


「だって、マキノが頼ってくれたの初めてだもん」


 嬉しそうに目を細めるP03に、牧野は驚いたように瞬きを繰り返すと、他のヴェノリュシオンたちにも目を向けた。

 全員、興味なさげにしているが、否定はしなかった。


「いいのか……? 本当に」


 自分で言っておいてなんだが、人間なんて助けたくないだろう。


「それが頼む奴の態度かよ」

「わ、悪かったよ……」

「俺はいいよ! マキノさんの頼みだし!」

「僕は別に。デカいのがウロチョロしてるってのもイヤですし」

「同感だ。あいつが動いてると、他の足音が聞き取りづらい」


 意外にも、彼らは自分勝手で、人間を助けるとは思っていないらしい。

 でも、だからこそ、本気でそう思ってくれているのだろうと安心した。


 彼らは、決して思考まで人間によってデザインされて、利用はされて尽くしていない。


「んじゃ、Pと牧野は留守番ね」


 安心したのも束の間、T19の言葉に慌てて声を上げる。


「さすがに、お前らだけじゃ――」

「足遅いし」


 どうにもならない真実を付きつけられ、さすがに言葉を失ってしまった。

 確かに、P03を除くヴェノリュシオンたちの本気の速度に追いつけない。普段の狩りだって、牧野とP03は、狩りそのものには参加していない。

 離れたところから、彼らの狩りを観察、指示を出している程度だ。


 今回の作戦は、すでに部隊が襲われていることもあり、時間的猶予がない。

 速く辿り着くことを優先するならば、足手まといになる二人をここに置いていくのが一番だ。


「電波塔が壊されたのか、無線が繋がりにくいんだ。指示も状況も伝えられない状態じゃ、さすがに危険だ」

「Pがいるだろ」


 さらりと返された言葉に、ついP03に目をやってしまえば、頷かれた。


「マキノ、連れて行くね」


 P03が眠っていた頃、離れていてもP03と彼らは繋がっているようだった。

 少なくとも、彼らが眠っている時には、情報交換ができていた。もし、起きている時にもできるのなら、不安定な無線よりもずっと確実な方法になる。


「じゃあ、早く行こうよ。もしかしたら、ヒサギもいるかもしれないし」

「誰だ。そいつ」

「朝会ったじゃん」

「あぁ……アホ2か」

「それ、1、誰?」

「当たり前のこと聞くって、正にアホじゃん」

「ハァ!?」

「うるさい。とっとと行くぞ」


 また喧嘩を始めそうな彼らも、S08は恐ろしいのか、意外に手の速いS08に殴られる前に小走りに外へ逃げて行った。

 残された牧野は、これで本当に良かったのか疑問に思いながら、手を振っているP03へ目をやった。


「じゃあ、マキノ。行こっか」

「行くって……精神的世界的な、あれだよな?」


 一度だけ、死の縁へ立った時に行った場所であり、P03と初めて会った世界。

 あれ以降、一度も行ったことはなかった。


 P03が行こうと言っているのだから、入れないことはないだろうが、恐怖がないわけではない。


「なら、場所を変えないか? 廊下で倒れてたら、さすがに、な?」


 駐屯地内の建物の中で、危険というわけではないだろうが、人が倒れていたら誰だって驚く。

 事前に意識を失うことが分かっているなら、なおさらだ。


 ほとんど使われなくなっている自室でP03と向かい合う。

 改めて状況を考えてみると、我ながらバカなことをしていると思えた。


「怖い?」

「少し、な」


 見上げるP03の少しだけ不安に揺れる瞳に、安心させるように頭を撫でた。


「失敗したら、お前を抱えて、ここから逃げないとな。久留米少尉から逃げるのは骨が折れるぞ……」

「…………うん。がんばってね」

「そこは、そうならないようにがんばるね。じゃないの?」


 微笑むだけでなにも否定しないP03に、あとは任せるように目を閉じた。


 ふわりと意識が飛ぶような感覚に目を開ければ、先程と同じ光景。


「マキノ」


 声のする方へ視線を下せば、裸足のP03がベッドの上に立ち上がる。

 その素足に、現実とも見間違いそうなここが、精神世界だと理解すると、改めてP03を見上げる。


「行こう」


 牧野の手を取るP03に誘われるように、牧野も立ち上がれば、突然周りの景色が下がっていく。

 夢の中のような唐突な場面転換だが、動きはすぐに止まり、牧野たちの足元に広がる木々。


 駐屯地の外の森だ。それを空から見下ろしている。

 部屋といい、森といい、現実によく似ている。しかし、よく見ようとすれば、大半の部分が曖昧だ。P03の記憶に頼る部分も多いのかもしれない。


 曖昧な世界の中で、特徴的なものといえば、色だ。

 森の中に点在する、様々な色に点滅する色。


「あそこは……」


 複数の刺々しい赤が点滅している場所は、電波塔だ。

 初めてP03と出会った時に現れた赤い獣。それに、感情がなんとなく読みとめると言ったP03の言葉を合わせれば、その赤い点が、変異種に襲われている部隊であることは想像がついた。


「あれがマキノが言ってた人たち?」


 P03は、電波塔の場所も、隊員の容姿を知らない。見分けのつく人間の方が珍しいのだから、この広い森に見える多数の色から、目的の物を探すのは不可能であり、他のヴェノリュシオンたちが辿り着くのを待つしかない。

 だが、ここには牧野がいる。

 目的地が分かっているならば、先に彼らの元に行こうと、P03は牧野の手を引いた。


 弾けるような赤たちに近づけば近づくほどに、言語とは違う何かが頭に直接響いてくるような感覚がする。腕を引くP03の表情を盗み見れば、特に気にした様子もない。

 彼女にとってはいつもの事なのもかもしれない。


「みんな、もうすぐ来るから」


 その言葉の直後、感情だけが形を持つ曖昧な世界が急速に形を変えていく。

 違う。

 何も変わってはいない。ただ、視界に、音に、匂いに、世界の解像度が急速に上がっていっていた。

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