7話 必要な嘘

01

 セーフ区画の外壁の確認へ向かっていた部隊から、巨大な変異種の出現について連絡が入った。

 そして、電波塔の破壊も。


「外壁の異常についても、その変異種によるものである可能性が高い。居住区の安全のためにも、早々に討伐する必要がある」


 人が住む居住区が近いことに加え、久留米たちのような兵士が住む駐屯地も存在するため、セーフ区画内の巨大な変異種は全て討伐している。

 それこそ、壁を作り上げた後に、犠牲を払ってでも、内部の安全を確保するためと掃討作戦が行われた。

 だが、生物の突然変異を完全に抑えることは難しく、時折、想定よりも大きな変異種が確認されている。


「地を這う巨大な変異種か……」


 牧野たちが確認した巨大な変異種の影も、突然変異の類かと思っていたが、川窪たちからの報告されている変異種とも似通った姿をしている。

 その上で、各部隊からの報告を地図上で確認していくと、その変異種の動きのようなものが見えてくる。


 まず、襲撃された部隊と牧野たちが目撃した変異種。これは同一個体であってもおかしくない。位置としても近くであり、ヴェノリュシオンたちが追いかけようとしていた方向とは逆の方向に襲撃された部隊の調査ポイントがある。

 そして、彼らが追いかけようとした方角には、次に襲撃された楸たちのいる部隊の方角。直線的に繋がるわけではないが、現在交戦している電波塔の近くだ。

 時系列としては、最初に襲撃に遭った部隊の位置から、牧野たちの部隊、楸たちの部隊、電波塔という順番で動いているようにも見える。


「外壁の異常は全く別の原因であり、巨大変異種については、内部での突然変異によるものである可能性もあるということか」


 どちらにしろ、変異種の対処はしなければいけないが、外壁の異常が、破壊によるものでないなら、事態の危険度は大きく変わる。

 もし、外壁が破壊されていたのなら、外からの脅威に曝され続けることになる。穴を塞ぐなどの対処が早々に必要だ。

 しかし、もし内側だけの完結している事態であるなら、その突然変異した変異種だけを駆除すればいい。


「…………うちの部隊を使いますか?」


 人員には限りがある。

 現在、電波塔に向かわせているため、戦闘員は減っており、その上で、外壁の状態を確認し、場合によって応急処置や監視を行う部隊を編成するのは、この駐屯地の警備が手薄になりかねない。


 変異種を倒して、外壁を確認するのが一番良いが、変異種を遭遇し命辛々逃げてきた兵士を見て、そんな無責任な予想は立てられない。

 だが、この駐屯地には、もうひとつ大きな戦力が残っている。


「ヴェノリュシオンたちであれば、外壁が破壊されていた際にも、応急処置および監視ができます」


 意図的に避けられていた提案を口にした牧野へ視線もやらず、久留米は周囲の兵士たちへ目をやると、ゆっくりと目を伏せ、首を横に振った。

 その様子に、表情を強張らせながらも、安堵した様子の兵士たちに、牧野は表情を変えずに心の中で舌打ちをした。


 現在の駐屯地の兵力の分布は、戦闘員と警備に加えて、ヴェノリュシオンたちを鎮圧するための内部への監視にも使われている。

 つまり、彼らを信じて、外壁の確認にでも向かわせれば、それだけ兵力に余裕が生まれる。人手が不足している今、喉から手が出るほど、その戦力は欲しいはずだ。


「…………」


 だが、やはり、彼らへの信用が足りない。


「そういえば、負傷した兵士の治療に、例の人型の変異種が関わっていたらしいな。ちゃんと、檻には戻したのか?」

「いえ、容体が安定してないとのことでしたので、医務室で待機させています」


 昨夜の嵐で急遽滞在することになった立涌たてわく中尉が、片眉を上げながら、牧野へ問いかけるが、その答えに明らさまに表情を歪めた。


「つまり、貴様は、変異種にリードもつけず、放置してきたと?」

「P03は、我々に協力的です。なにより、外傷への治療に関して、我々以上の力を持っています。仲間を救うためには、必要であったと判断します」

「貴様がどれだけ危険な判断をしたか理解しているか? もし、変異種共が居住区を襲ったらどうする――――」

「私が許可致しました」


 立涌の言葉を遮るように、久留米がはっきりと言い切った。


「P03の力は、あくまで治療であり、直接的な腕力は我々人間と大きく変わりません。銃で殺害することも可能です。P03だけが暴れたところで、被害など、ひとりかふたりの負傷者のみでしょう。ならば、負傷者の不測の事態に対処させるべきでしょう。使えるものは、変異種であろうと利用する。そうしなければ、我々は息絶えるのを待つばかりです。

 心配でしたら、護衛をお付けしますので、部屋で待っていらっしゃいますか?」


 明らかに挑発する久留米に、立涌は頬を引きつらせ、机を叩きつける。


「久留米、貴様、まともに出世できると思うなよ」


 そう捨て台詞を残すと、部屋を出て行った。


 扉の閉まる音が、反響するほどの静けさの中、久留米は何事もなかったかのように、向かわせている部隊たちの状況を確認し始めた。


「少尉、その……ありがとうございます」

「構わんさ。彼らを殺さず生かすと決めた時に、わかっていたことだ」


 人間の変異種に対する偏見などではない。

 人間の変異種は、今までも確かに存在した。そして、それを殺してでも生き残ってきたのが、今の人間だ。

 それが今更、生かそう、利用しようなどと口にし始めれば、保守派との衝突は避けられない。


「まぁ、軍曹が今にも殴りかかりそうだったのは、心配だったがね」

「そ、そんなことは……」


 そんなことをすれば、自分もヴェノリュシオンたちも無事では済まない。

 冗談だと、地図に向き直る久留米に、何とも言えないむず痒い表情で、襟巻に手を触れた。

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