第7話 両陛下への謁見


エルシアは今、両親とクロード殿下と共に謁見の間にいる。

 両陛下に、この度の婚約について報告するために。




ーー数日前。


 ケインから両陛下への謁見を行う事について知らされたエルシアは、両陛下にも婚約が偽装であることを悟られないよう、重々に注意を受けた。


(……気を引き締めなきゃ)




 クロードがエルシアをエスコートしながら、一歩前に出て挨拶をする。

 

「両陛下、本日はお忙しい中、お時間を作って頂いてありがとうございます」


 合わせてエルシアもカーテシーの姿勢を取った。

 後ろに控えた彼女の両親も腰を折る。


「いや。堅苦しい挨拶は良い。伯爵も突然の話しに驚いたであろう? 儂達も驚いておるのよ」


 国王陛下は鷹揚頷くと、皆も楽にせよ、と命じた。

 その言葉にエルシア達は顔を上げる。




 王妃は優しく伯爵夫妻に語りかけた。


「誤解しないで下さいね。誰とも婚約しないと言い張っていたクロードに、エルシア嬢のような優秀な方がお嫁に来て頂けるのは嬉しいのよ」


「ただ、私達が良くても伯爵夫妻が不安に思う事もあるでしょう?」




(王妃様のお言葉は優しいけれど、大丈夫かしら……お父様もお母様も、偽装だと知らないから反対しているのよね)


 伯爵は、そんなエルシアをジッと見つめると真剣な眼差しで両陛下に答えた。


「正直に申し上げますと、此度の縁談には心配しております。まず、家格が違いすぎます」




 ハハハ


 陛下は正直な奴だなぁ、と面白そうに笑いながら頷くと、クロードの方に視線を投げる。


「だ、そうだ。お前の義理の両親となる方々が心配しておるぞ」


(お父さまったら!)


 父の言葉に焦りを隠せないエルシアとは対象的に、クロードは両陛下に一礼すると伯爵夫妻の方に向き合う。


 つられて動いたエルシアは、クロードの真剣な表情に気が付いた。


「伯爵の心配は最もです。確かに社交等で彼女に負担をかけてしまう事もあると思います」


 身分を捨てて、伯爵家に婿入り出来れば良いのですが。

 そう呟いたクロードは、悔しそうに付け足す。


ーー王子が俺しかいないので、それは出来ません。


「ですが、この先どんな苦難があったとしてもエルシアに辛い思いはさせません。全て俺が引き受けます」


 そう言ってクロードはエルシアを見つめる。


(今の言葉は、わたくしに向けてーー?)


 エルシアは頬が赤らみ、気恥ずかしさから思わず下を向く。




 クロードはそんな彼女に優しく微笑むと、伯爵の方に再び視線を戻した。


 伯爵夫妻は戸惑うように視線を交わしてから、夫人が震える声でクロードに問いかけた。


「では、殿下を信じて良いのですね? この子には幸せになって欲しいのです。二度も婚約者に裏切られるような事にはなりませんのよね?」


「……!! お母様!」


 王族に向かって踏み込んだ、不敬とも取られ兼ねない発言を聞いてエルシアは止めようとする。

 だが、クロードは真剣な声で答えた。


「はい。エルシアの全てを愛しています。彼女以外の令嬢等、俺には目に入りませんのでご安心下さい」




 クロードは恥ずかしげもなく、エルシアの好きな所を語る。



仕事の後には必ずメモを残す真面目な所、婚約指輪を選ぶと言うのに遠慮がちな所。


 常に誰かを気にかける所も。


……トクン、トクン


 エルシアは胸が鳴るのを抑えられない。




(違う。殿下は偽装婚約を成立させる為に両親を説得してるだけよ、エルシア)


 けれど、クロードの言葉がどれもエルシアの耳に響いて離れない。



「婚約をお許し下さい」


 そう言って頭を下げるクロード。


「娘を……宜しくお願い致します」


 王族が頭を下げると言う異例な事態に戸惑いながらも。


 クロードの真摯な言葉に打たれた伯爵夫妻は喜びの涙を流して、同じように頭を下げた。

 エルシアもそれに倣う。

 

「うむ。憂いが晴れて何よりだ」


 満足そうな陛下の言葉とともに謁見は終了したが、エルシアは高鳴る胸から両手を離すことが出来ずにいたのであった。

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