Armed with illusions

 目の前に表示されたウィンドウに書かれたドロップアイテム欄を覗くと、最後に倒したイノシシのような魔物──フェロウシャス・ボアが落としたのは、《幼き少女の髪飾り》。

 名前から察するに、これの持ち主だった少女はこの周辺で迷い子となっているか、既にもう──。

「お兄さんこんなところで……あっ! これリアのだー見つけてくれたの? さがしての! ありがとーね!」

 幼さの残る女の子に声を掛けられたと思いきや即座に髪飾りを奪われて──まぁ、本来の持ち主らしいし、奪うという表現は適切ではないが──なぜこんな森の中にこんな小さな女の子が一人で来ているのか疑問に思って、訊ねてみる。

「ええと……君、こんなとこまで一人で来たの?」

「うん。リアはここにおかしの材料をさがしにきたのー」

 戸惑う俺の声に、明るく答える彼女はぱっと見、俺の妹より少し背が低いくらいだから、十か九歳くらいだろう。材料探しとはいえ、ここまで単身迷い込んだのならば、危険すぎる。

 先程まで対峙していた魔物たった一体ですら、初期地点周辺に居て良い強さではなかったのだから、武器のある俺はまだしも、高そうなドレスに身を包んだ彼女が無事に帰れる確証がない。

 それに、着慣れていないのか、どこか動きが危なっかしい。

「君、おうちはどの辺りにあるの? 良ければ送って行ってあげるよ」

 今はまだ、何も合図が出ていないが、恐らくこの子は何らかのクエストNPCだろう。街まで連れ返せば何かあるかもしれないと踏んだ俺は、そう提案した。

「いーの? 寂しかったからいっしょに帰ろー」

 なんだか嬉しそうに目を輝かせる彼女に、可愛らしいなぁなどと思ってしまったが、俺は決してそう言った趣味があるわけではない。妹を可愛がる感じ……というか、俺はまだ中二だし犯罪じゃない! 多分!

「うん、いいよ。じゃあ、案内してくれるかな?」

「お兄さん、ちゃんとついてきてねー!」

「うん。危ないから、あんまり走らないでね」

 傍から見れば、微笑ましい光景なのだろうが、どうにも俺には不安要素があった。それは、ここに至るまで、他のプレイヤーの気配も、痕跡も何も見つかっていないというものだ。

 流石に、バグって本来なる筈のない場所が俺のリス地になったとかじゃないだろうし、それなら一人くらいは居るだろうに……。

 そんな心配を知るはずもなく、一人称がリア──多分、彼女の名前なのだろうが──の少女が俺の手を引いて先導する。

 その色素の薄い茶髪が楽しそうに揺れているのを見て、ほんとにリアリティ高いんだなぁこのゲーム。と、風景を眺めている時でも思っていたことを改めて認識する。

流石は様々なゲームの製作陣が合同で制作した超ビッグプロジェクトなだけはあるのだろう。

 それだけ注目を集めるのが容易だったため、このように完全スキル制などという、人を選ぶようなプレイヤースキル重視の採択したのだろう。──ただ、完全スキル制のゲームは大手企業が数作出していたので、最近ではそのようなシステムも改めて受け入れられつつある筈だ。

「あ、お兄さん、そろそろだよー」

 森の終点が見えてきて、街がいよいよ近付いて来たと思うと、そういってリアが歩みを速めた。しかしスキル設定の際に習得した、《索敵》スキルが反応したので、俺は彼女の手を引いて静止を掛ける。

「待って。多分、近くに魔物が居る」

「まもの……? 危ない動物さんたちのこと?」

 たった一体ならば、この子を所謂お姫様抱っこだとか、そういった感じで持ち上げて全力で走れば問題ないのだが、恐ろしいことに検出された数は五。もしそのような逃げ方をしてしまえば、いずれ回り込まれて終いだろう。

「うん。君はここに居て」

「わかった……でも、お兄さんは?」

「俺? あの魔物たちを倒すのさ」

 そう言って振り返り、少女の頭を撫でてやった。

「お兄さん、怪我しないでね?」

「おう、任せろ!」

 背中に吊るした剣を素早く抜き放ち、敵を待つ。

 数秒の後に現れた狼型のモンスターは三体は正面、二体は背後に回った。

 一体が飛び込んで来たその瞬間、戦闘は始まった。

 弾丸のように素早い突進を紙一重で躱して、次に備える。

 続いて突進してきたのは後ろの一体。ギリギリのところで反応に間に合い、回転の勢いを使いながら斬る。

──が、たった一回斬っただけで半分も耐久値が残っていた剣が、半ばから折れてしまう。

 その影響で体勢を少し崩してしまう。狼は、それを見逃してはくれない。三体目が突進の予備動作を行う。

「……しょうがない、使うか!」

 もし、この周辺に知らない人物がいたとして、それにこのスキルが見られたら少々厄介だと思い、今まで使用を避けていたあのスキル…… 《幻影武装》を発動し、刀を生成する。

 腰に装備されたその柄に手を添え、低く構えると、今のステータスでは有り得ないほどの速度で、俺の身体は駆けだした。

 思う様に動けず、このままだとスキルが失敗してしまうだろう……これがスキルに踊らされるということか。

 だが、これでも俺はゲーマーだ。数歩目で何とか制御ができるようになった身体を、無防備にも突っ込んで来た狼──どうやら 《フェロウシャス・ウルフ》というらしい──に肉薄した頃に反時計回りに捻り、刀を鞘から抜き放つ。

 その神速の勢いで一閃された狼は勿論というべきか、身体を分断され鳴き声を放つ間もなく光の破片となって散っていった。

「……一撃って、この刀どんだけ強いんだよ!?」

 そんな驚きを叫んでいると、すぐ近くにまで迫っていた別の狼に左の腕を噛まれる。

 噛み千切られてはいないものの、目に見えて判るほどにHPが削られてしまった。そのうえ、HPバーの下に映るのは血液のようなものが描かれたアイコン。恐らく失血状態なのだろう。

 HP 403/520。

「くっそ、失血のダメージも考えると耐えれてあと二、三回ってとこか……」

「お兄さん!?」

「俺は大丈夫。まだ隠れていて」

 心配した声が響き、安心させるべくなるだけ優しい声を作る。

 確かに相手の牙は、非常に強力ではあるがやはり、当たらなければどうってことはない。

「けど、どうしようかねえ」

 迫りくる狼は刀で受け止めながら、先ほどのスキルのリキャストを待つ。

 俺が今使える刀スキルは抜刀術系のみで、そのうちの一つ、使用済みのもののリキャストが十五秒。このような戦場でなければ一瞬にも思えるそれが、今は何十倍以上にも長く思える。

 狼との睨み合いを続け、来るならば一太刀で迎え撃つ、そんな構えを取る。

 そうして永遠にも感じられるそれを破るように、視界右中央に、使用可能:《始の型・静閃》の文字が表示される。

 内心やっとか、と思いつつ、とりあえず発動しようとするが、それでは残った狼に技後硬直の間に噛み殺されるだけと、思いとどまる。

「……今!」

 先の一撃で判断した大まかな範囲に敵が複数匹入ったタイミングを狙い、放つ。

 そうして、一匹目の如く二、三匹目も光に還った。

 残る二匹は範囲から外れ、逃してしまったが、俺を脅威と見做したのか、何処かへと走り逃げようとする狼。

「逃がすかよ! 《シャドウ・バインド》!」

 奴らの足元の影が鎖に似た実体を持つ何かに変わり、縛り付ける。一体には避けられ、完全に逃走されてしまったが、もう片方は捉えた。

「頑張ったっぽいけど……これで終わりだ!」

 灰の刀を握り直し、振り下ろす。無慈悲に貫かれ、止めを刺された狼が力なく鳴き声を上げたが、すぐにこれまたライトエフェクトを撒き散らした。

「よっし、終わり。帰ろう!」

 そんな言葉に返って来たのは、元気な返事ではなく、かなり慌てたような、そんな少女の声だった。

「お兄さん、怪我! 大丈夫なの!?」

 傷を負った俺の左腕を引っ張って、様子を見るリア。

「はやく帰ろう、このままじゃお兄さんが」

 言うと同時に、半ば俺を引き摺る形で歩みだすが、やはり九歳前後の少女に俺は重く、三歩程進んだ所で諦めたようで、こちらをジト目で睨んでこう告げる。

「はやくお薬屋さんに診てもらわないと、お兄さん死んじゃうんだよ!?」

「え、あの狼ってそんなに危ないの?」

「そんなに怪我してたら……」

 一瞬、狼の持つ失血状態はマズいものなのかと焦ったが、どうやらそんなこともなく、大袈裟に言っているだけの様だ。確かに、自動回復系のスキルを取り忘れてはいたが、さほど問題はないだろう。

「あー、多分大丈夫だから。ほら、こんなにちゃんと動かせてる!」

「……わかった。でも、帰ったらお薬屋さんに連れてくからね」

 またもやジトーっと睨んでくる彼女に苦笑しつつ、引かれる儘に、歩き始めた。



 やがて、システムメッセージが告げた。

──虹下街 《ラルカンシェル・カスケード》のワープポイントが解放されました。

 と。

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