Edge of the world

『もっしもーし! つっきー、聞こえてる? あたし、シウだよー!』

 そんな幼馴染の元気な声が響く──と言っても、この声は今、俺と彼女(月乃のこの世界でのキャラクター名、《シウ》)の周りに居る人物にしか聞こえていないのだが。

「聞こえてるよ。そっちも、アバター作成とか終わったっぽいな」

『うん! ベータと同じ種族、アバターを選択できる親切仕様だった! データは残ってないけどね~』

「データ残ってたらなかなか問題だろ。シウのことだからどうせ初期エリアとかその次とかの敵ワンパン出来るくらいの──」

 強い武器とかゲットしてんじゃないの? と、言いかけた俺を止めるように、シウは言う。

『残念、このゲームにレベルはないよ。さっき初期スキル設定したでしょ? このゲームは各種ステータスに対応したスキルや動作、SPDなら疾走スキルの使用や普通に走ったり、INTなら魔法スキルやギミック解除したりとか。そしたら、そのうち上がってくんだよ』

「いや、それは解ってるよ。その情報は公式から出てたし。……でもさ、LUKステータスってどう上げるんだ? 宝箱とかだと、限りあるだろ? それかレアドロとか? 条件難しくないか?」

 と疑問を口にした俺に、やはりと言うべきか、彼女は食い気味に答えた。

『それはねー、実はLUKステータスにまつわるスキルが結構あるんだよねぇ。それを使っていくと上がるよ!』

「なるほどなぁ。因みにそのスキルってのは?」

『さぁーて、何でしょうねぇー? 最初から分かってたら面白くないと思うなぁ』

 流石に教えてくれはしないよなぁ、と落胆しつつも、別にしばらくは使わないだろうし良いか! と前向きに考える。

『ちなみにだけど、スキル以外でもさっき、つっきーが言ってた通り、宝箱開けたりレアドロ当てたりでも上がるよ。効率悪すぎるけど』

──よし、この周辺の宝箱全部開けてやろっと!

 そう決めたところで、俺は通話を切ろうとしたが、そこでシウに止められる。

『ちょい! 君さては電話してる理由忘れてるな!? 迎えに行くから連絡をっていう話だったじゃん!』

「あーそんな話もあったような……? えっと地名は……」

 左手に初期装備されている、時計のような形状をしたそれ、ダイブの際にも使用した、《VALD》に触れ、メニューを開く。これは、最近のVRゲームでは基本的なメニューの開き方だ。

 

 マップを開いて現在位置を確認する。

 そこに表記された地名はなんと、《夕闇の森》。それは、《スターレス・レギオン》での舞台となる地、つまり俺にとってはとても慣れ親しんだ名だったのだ。

「……なんで、この名前が……」

『……? つっきー、どうかした?』

「……いや、なんでもない。夕闇の森だな。今のところ、周りに人はいない感じだから、活動拠点とかにするなら結構いいかも」

『初めて聞いたんだけど……どんな場所?』

 そんな発言に周囲を見回すと、視界に映るものはすべて木だった。ところどころ葉の隙間から漏れ出る光が神秘的に見える。

「周りは全部森だな。葉の色は青っぽいかな?」

『うーん……どこだ……それ。ベータにそんなのあったかな……』

 シウが珍しく深く考えているような声を出すので、何か場所の手掛かりを得るべく、全体マップを開いてみる。

 すると俺のいる場所を示すマーカーは、南西のほぼ端っこを示していた。

「全体マップを見た感じ、多分南西の端っこあたりかな。近くに街があるし、そこ行って確認しようか?」

『……つっきー……今なんて?』

「ん? いやだから全体マップの南西の端っこのあたり」

『それ、絶対ベータの時の最難関エリア超えたとこじゃん!!』

「最難関エリア超えたとこ!? え、なにそれもしかして俺ヤバい種族選んだ!?」

 珍しく通話にラグでも起こったか? とでも思ったがどうやら違ったようだ。何か、とんでもない選択をしてしまったようで俺は莫大な不安を抱いてしまう。

『……多分。でも場所は判ったしいいよ。あたし、この正式サービスであの山絶対超えてやるって決めてたから!』

 そんなシウの強気な発言に俺はどこか救われたように感じた。

 ベータ知識を持ってるシウならきっと、ここまでたどり着いて来てくれるのだろう。

「おっけー。待ってるよ、んじゃまた」

 そんなやり取りの数秒後、まだ通話が切れていないことに気付く。そして、そこから聞こえてきたのは、冷たいシウの声だった。

『そういえばさ、さっき、「そんな話もあったような」って、言ったよね? もう忘れてたんだ?』

「すみません! 忘れてました!!」

 食い気味にも程があるというレベルで爆速返事をした俺に帰ってきたのは勿論許しではなく──。

『へえ? カエデっちも来るのに忘れてたんだぁ? そっかぁ?』

──という、強すぎるくらいの圧だった。

「す、すみませんでしたぁぁぁ!!」



 そんな俺の全力の叫び声が、この周辺の魔物を引き寄せたのは、あえてシウには言わなかった。多分、自業自得だのなんだの言われて嘲笑われるから。



 それからしばらくして。俺の初期リス地点、森系エリア、夕闇の森にて。

「らああっ!」

 そんな声と共に振るった、俺の剣が淡い黄色のエフェクトが走らせ、残り一体へとなった敵に迫る。

 これは片手剣の最初期WSウェポン・スキル、《ライトニング・スラッシュ》。──名前に雷とあるが、雷にも匹敵する速度で剣が振り下ろされるというだけで、この技自体に雷属性はない。

 十体は倒したからだろうか、早くも初期装備のアイアンロングソードが耐久値の半分を切ってしまっている。街についたらすぐに武器の更新をせねばならない。

 ふと、目の前に表示されたウィンドウ……ドロップアイテム欄を覗くと、そこには最後に倒したイノシシのような魔物──フェロウシャス・ボアが落としたのだろうか、《幼き少女の髪飾り》というものが書かれたいた。

 名前から察するに、これの持ち主だった少女はこの周辺で迷い子となっているか、既にもう──。

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