第12話 リアル夏色は少しホラー
伝えたい事が、うまく伝えられない経験は誰しもあると思います。
もどかしい、ある男の話を記したい
ずっと前の若い頃、大学時代の長い休みで帰省していた。
バイトも入っていない昼間、自転車に乗って繁華街をウロウロすることにした。
ファッションには興味がなかったので楽器屋さんぐらいしか用が無い
前から男と女が歩いていた。なんとも謎の雰囲気を醸し出している坊主頭の男。知っている顔だと立ち止まった。男は高校時代、文芸部員で、現在は地元の国立大学に通っているY君だった。このY君は表情の変化が少なくて地味な印象があり、基本的に堅実で悪い奴ではない。
女性の方はこのY君の文芸部の後輩で当時女子高生のMちゃん。
私はこのMちゃんとも顔見知りだった
遡ると、私の通っていたのは別の高校で、しかも柔道部に所属していた。
本来は接点が無い
柔道にいそしむ傍ら、彼らの高校の文芸部にも顔を出していた。
私のことを他高校所属だと思わず、文芸部員だと思ってた人もいたぐらいだ。私はそういった少し変わった運命に愛されている
まさに無駄にグローバルな人材
MちゃんとはOB(?)として何度か顔を合わせていたことがあった
可愛い子で、物凄く活発な印象があるが、この時は神妙にしていた。意外に雰囲気があって良い子じゃないか
組み合わせが新鮮だ
ボーリングに行くということだけ聞いて2人と別れた。
私は本当にヒマだった。このカップルと共通の知り合いでその文芸部のOBであらせられる友人T氏の家に直行した。後にT氏に聞くと私は「てぇへんだ、てぇへんだ」と入ってきたらしい。
そんな、岡っ引きみたいな・・・
2人で話して、それは面白いと言うことになり、ボーリングの様子を見に行こうということになった。地元でボーリングができる施設は2カ所あるが、イチかバチかであたりをつけてゲスイ男2人は自転車でボーリング場へ向かった
エスカレーターで2階に上がるとピンが倒れる音が大きくなってきた。目を凝らすと遠くに知った顔が2つあった。
やっぱりここだ。
そしてもう1組の男女と組んでボーリングをしていた。
あいつらダブルデートしてるよ
物陰に隠れながら観察した。私が知らないペアとのダブルデートなので、余計に見つかるわけにはいかない。見ず知らずのカップルに、ゲスくて無粋な男と記憶されてしまう。
距離は十分遠い、大丈夫。
遠くのMちゃんがこちらを向いて頭を上げた。私は頭を下げたが間に合わない
ばれたかな。
物陰の男2人は顔を見合わせた
遠くでMちゃんが荷物をガサガサやっている
何をやっているんだ
次にびっくりする光景があった
女子高生がこちらへ向かってダッシュしてくる。Mちゃんだ。
何が起きたんだ。こっちに来たら俺達のことが完全にばれるじゃないか
「先輩、助けて」
と本気モードの表情。どういうことなんだ?
スピードを落とさずエスカレーターのほうに俺たちを促す
Mちゃん、T氏と私の3人はエスカレーターを駆け下り、私はMちゃんを自転車の後ろに乗せて自転車をこいだ
"先輩、助けて"というのも変な話で、Y君の方が部活の先輩で、私はむしろ部外者だ
なんで女の子を後にのせて俺は逃げているのか
「先輩、助けて」と言われれば、ガンジーだって女の子を後ろに乗せて逃げると、後に正当化したことを思い出す
「なぜこうなったんだ」、「冷静に話し合おうじゃないか」と言えるようなできた人間もいるとは思う。しかし、そんな人間は初めからボーリング場に見に行かない
Y君は女っ気がある方では無い。かわいい女の子とのデートをきっとワクワクして臨んでいたはずだ。前日から着ていく服を選んだりなんかして、友達のカップルとのダブルデートで誇らしかったかもしれない。スケジュールを合わすのもがんばっただろう
それが友達のカップルの目の前で女の子に走り去られ、ヘンテコな素性の男の自転車に乗って後ろ姿が小さくなっていく
立場が逆だったらと思うとぞっとする
これは、たまらなかっただろう
トラウマにならなければいいが
広い国道で自転車をこぎながら、俺はまさかと思った
振り返ってみるとY君が走って追いかけてきていた
そして、その執念に追いつかれた
息を切らせながら「どうしたの?」と聞いてきた。Mちゃんは答えた
「おばあちゃんが倒れた」
無茶苦茶だ。これで察しろと言う事なんだろう
唖然とするY君を残して、全開で自転車をこいだ
俺は心が無になっていた、理解が頭脳を超えていた
時空を超えられるのであれば、俺だって似たような事はあったんだ。気を落とすな、とY君に言いたい。どの口が言ってるんだって話だが
実際には、こんなことがあった
中学の頃、クロスカントリー大会でなぜか皆とはぐれ、女の子と2人きりで歩く羽目になった。その時に露骨に嫌な顔されたことがあった。付き合っているように見られたくなかったんだろう。それと同じだよ。「Y君のあの時は、ちょっと展開が派手だっただけだ」と慰めたい。気にするなと
しかし
自転車の後ろに乗せて逃げた俺が言えることではないな
女性がらみでは、大学の同級生の鈴木君が頭から紅茶をかけられたという伝説があるが、私の周りで言えば、それ以来のひどい仕打ち
鈴木君もY君もどうやったらそんなことになったのだろう
そんなこんなで、MちゃんとT氏と私は、ケーキが美味しくて有名な喫茶店へ行き、楽しい時を過ごしていたら夕方となった
男2人は自転車を自宅に戻し、私は愛車13年落ちの軽バンでMちゃんを拾いに再び喫茶店へ戻った
Mちゃんは実家最寄りの◯比駅に自転車を置いて、電車で2駅のこの街に来ていたので、車で◯比駅まで送っていった
今日はありがとうございました
凛とした挨拶でこの変な1日が終わった
そう思ったが、運命はこれだけでは我々を解放してくれなかった。
駐輪場に消えたはずのMちゃんが、車の方にまた走って来る
よく走る女の子だ。さっきは自転車、今度は車へと、吸い寄せられているのか
後からもう一つの影が走ってくるのがわかった。Mちゃんは素早く車に乗りこむ
男の顔が車のガラスに大写しになった
Y君だ
こんなに暗くなるまでこの駅の駐輪場で一人、Mちゃんを待っていたのか
ちょっとガラスを下げるとY君はMちゃんだけに向けて言った
「今日はつまらない思いをさせてごめんね」
怒ったでもなく、興奮したでもなく冷静でネガティブな音色
Y君はバイクに乗って去っていった
Mちゃんは下を向いたまま怖がっていた
「何、あの人」
Y君が最後に残していったホラー。これ、Mちゃんを車で送らず、電車で返していたらとんでもない最凶ホラーだった
Mちゃんをほっとけないので、自転車は置きっぱなしにして、彼女の家の玄関まで彼女を送った
彼にしてみれば、謝りの言葉を伝えて筋を通したかったんだろう。ある意味彼の優しさと、元々持っている毅然とした所作だったのだが、どこをどう拾っても恐怖しかない。
駐輪場の暗闇の中、彼と目が合ったMちゃんも寿命が縮んだだろう
彼の良さが全て裏目に出ていた
トラウマになってなければ良いが
それからも、彼が裏目に出ているケースを見たことがある
友人の結婚式。急なリクエストを男らしく引き受けた彼。せっかくやってくれたスピーチだが、新郎の父親が内容に憤慨していた記憶がある。スピーチに本気で憤慨してる人をそれまで見たことがなかった
新郎新婦ともに知り合いで、ちょっとした暴露話で場を沸かせようと思ったのだろう。なぜか、新婦側のチョイ暴露をする
そこは新郎側の暴露が定石だろう
笑いにも、つながってない
もうちょっとポップにできないか。何もしなかった評論家目線の私は、結果論で何とでも言えるがなんとも残念
彼が裏目に出ていた
この新郎の父親は床屋を営んでおり、Y君はせっせと通っていた。私はこの家の長男と保育園からの付き合いで、何回も遊びには来ていたが、髪を切ったことがなかった。私は人生の転機に1回だけ髪を切りに行った。記念になると思ったからだ。この床屋の主人は非常に感激していた。私が大事な時に初めて髪を切りに来てくれたとの感激だった。「初めて髪を切りにきてくれたでしょ」と言われたので、私は「えーそうですか、前にあったと思いますよ」とごまかした
何回も髪を切りに来てくれて息子の結婚のスピーチまでしてくれたY君がぼろくそに言われて、人生に1回だけ髪を切りに行った私が感激されるって、これは何?
Y君とダブルデートをしていたもう1組のカップルが誰だったか
後に私は男の名前だけ聞いていた。韻を踏んだリズミカルな名前が印象に残った。
そして、少し前に私の近緣が列席した結婚式の席次表を見る機会があった。
そこで、はっとした。新郎の名前があまりに韻を踏んでリズミカル。
おいおい、あの時ボーリング場にいたもう1組のあの男、Y君の友達はいつの間にか私とヒトケタ親等ぐらいの親戚になっていた。
世間は狭い
新婦はその頃まだ出会ってないはずだから、ボーリング場にいた彼女とは違う。それはそれで気まずい
その後、そのリズミカルな名前の男と同じ場所に居合わせる機会があったが、友達の女を連れ去る謎の男のことを聞いた事はなかった
何故かわからないが、しっかりとは顔を合わせられない。なので、今更ながら顔がよくわからない
この出来事を通じて思う
人間味が伝わらないような行き違いがあると、悪い方へ一方的に転がっていく事がある
暗くなるまで、駅の駐輪場に置いた女の子の自転車を目印に、持ち主を待ち、そして謝るという。この、伝わらない優しさ。伝わってくるホラー感
何がどう間違って、独りよがりになってしまったのか
喪失感に狂わされたのかな
間違わないで欲しいのは、これはイケメンが女を奪っていく様な話ではない。"さらって行った" 側の私とT氏は、イケメンとは程遠い
しかし
私は「1回はデートしちゃう病気」が発動し、後日にMちゃんと2人で楽しい時を過ごした。
どのツラ下げて連絡先を聞いたのだろうか
都合の悪い事は記憶に残っていない
これでは、私に関して言うと終始楽しんでいただけではないか。
そこが、心苦しい部分ではある
私とて何回も討ち死にをしてきたことを、Y君にあの時言いたかったな
しかし、言ったら変だな
Y君は某公務員として就職し、休日に声優の学校へ通う日々を経て、東京に芸能関係でうって出た。しばらく劇団に所属するも、現況はわからない。頭の良い奴だったから、どうやっても生きていけるだろう。幸運を祈る
"悲劇" の当事者の了承をとってから書こう思ってはいた。しかし、会うことが無さそうだし、傷つけることもないと思った次第
彼にとっては辛い記憶かもしれないが、遠い昔の学生時代の話でもあるので、全てを書いた。何かちょっと心苦しく胸に秘めていた話である
映画にも出来ないぐらいベタなドタバタコメディーだなと、当時は思っていた。ホラーテイストもスパイスだと。若い日々は罪深い
あの日の後、Y君とは何回か居合わせた。おそらく不満もあっただろうが、不問としているのか、何もなかったような感じになっていた
" 男 "だね
こういう良さはあるのだが
決定的な場面で伝わらなくて残念
同じ人でも、人に好かれたり、嫌われたりする。
人を裏切る奴だといっても愛される奴もいる。
同じアイスクリームを2つもち。1つ落とすと、「お前のアイスが落ちちゃった」って真顔で言っていた同期で自己中心のH君は愛されキャラだ。
伝わらないことは実際多い
運命のいたずらとしても、変ったいたずらがあるものだ
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