第3話 砂漠に潜む魔物が狙う先

「すまないローラ。僕と一緒にハスラ砂漠の地中に潜む魔物の退治に向かってくれないか?」


 ワイバーンのカツレツ祭りが終わりギルドに平穏が戻った頃、そんなセリフと共に私の前に現れたのは四属性の魔法を自在に操ると言われるAランク冒険者のメイガスだった。

 メイガスは私の母親の古い友人であるセレスティアさんの息子さんで、エレメンタルマスターと呼ばれた彼の母親の素質を強く受け継いだ期待の魔法使いである。


「あのね……私は確かにあなたの受付担当ではあるけれど、冒険者パーティの仲間じゃないのよ? ハスラ砂漠みたいな高ランク向けの地域に同行させて無事に済むとでも思っているの!?」

「ローラが無事で済まない場所なら僕だってただでは済まない。大体Aランク昇格試験の規約が見直されなかったら、僕はローラから永遠に一本も取れなかったに違いない」

「それは単なる相性の問題よ……」


 雷帝マリアの血を強く受け継いだ私の電撃発動速度は、他の魔法使いとは比較にならない。早い話、合図とともに魔法を発動する早撃ち勝負で私と互角の速度を出せるのは血縁であるお母さんしかいないのだ。

 お母さんや私が高ランクの魔法使いの昇格試験を担当することになってからあまりにも魔法使いの合格率が下がったため、魔法結界を張った状態から試験を開始するよう規約が見直されたのは数年前のことだった。


「それに、疾風とは一緒にワイバーン討伐に行ったって聞いたよ。彼はよくて僕が駄目なんて、不公平じゃないか」

「うっ……それは他にクエストを成功に導ける魔法使いが居なかったからよ。ちょっと待っていて、いい冒険者を見つけてあげるから」


 私はクエストを受注していない冒険者をリストアップして、メイガスと共にハスラ砂漠に行って無事に帰ってこれる前衛職を探した。ハスラ砂漠を元にした分析モデルに対象者の能力をインプットして生還率を順に見ていくと、脳内には惨憺たる結果が映し出されていく。


「……おかしいわね、残っている冒険者だと誰も彼も死んでしまうわ」

「カツレツ祭りが終わって元気が出た前衛職は、腹ごなしとか言ってみんなクエストに行ってしまったよ。今残っている中で最強の剣士はローラ、君なのさ」

「え、私を剣士扱いしちゃう? これでもか弱いギルドの事務職員のつもりなんだけど」

「嘘はよくない。ほら、一緒に君のお父さんに剣を教わった僕の記憶を見てごらん」


 メイガスが魔法を発動すると、蜃気楼のように幼い頃の私とメイガスが丸太を相手に木剣を振るっている姿がギルドの広間に大写しにされた。

 幼い頃の私がお父さんに教わったばかりのディメンションスラッシュでスパスパと楽しげに丸太を切り刻む様子に、居合わせた冒険者たちからどよめきの声が上がる。


「……おい。木剣って、丸太を輪切りにできるもんだっけか?」

「馬鹿だな。ローラちゃんが剣帝ガルフの娘だってことを忘れたのか? その気になれば、手刀であっても切れないものはこの世に存在しない」


 場面が切り替わり微弱電流を利用したお母さん直伝の脊髄反射魔法でお父さんの攻撃のことごとくを捌く様子が映し出されると、さらに騒ぎは大きくなっていく。


「おいおい。力はともかく、速度に関してはどう見ても本気で打ち込んでるだろ!」

「マジかよ……接近すれば攻防一体の無双の刃、離れれば魔法使いの中でも最速の電撃魔法が飛んでくる。ほとんど無敵じゃねぇか」


 次第に畏怖へと変わっていく視線に気がつき、私はメイガスに今すぐ暴露を止めるようにお願いする。


「わかった、わかったわよ! だから、その若気の至りの映像をギルドで流すのをやめてちょうだい!」

「よかった。なんだか最近のハスラ砂漠は物騒みたいで、無音の刺客サイレントアサシンと呼ばれるデスサンドクローラーが出没してるようだから不安だったんだ」

「なんですって?」


 デスサンドクローラー。クローラーの一種ではあるがギルドの長い歴史の中でも討伐されたことはほとんどなく、その被害者が常に一撃で殺害されていることからアサシンの別名まで戴いているハスラ砂漠特有の魔獣だ。その魔獣が狙うのは……


「メイガス、あなた心臓の位置に黒鉄の胸当てを二重につけていきなさい」

「へ? 僕は魔法使いなんだけど……いや、わかった。神眼のローラの言う通りにするよ」

「もう! 神眼を付けないでって何度も言ってるでしょう!」


 こうしてなんの因果か私はハスラ砂漠に前衛代わりに担ぎ出されることとなった。そこに潜むデスクローラーに対する対策を練りながら。


 ◇


 ピシャーン! ピシャーン! ピシャーン!


「はあ……砂漠ってもっと生物のいない無毛の大地じゃないの?」


 ハスラ砂漠に到着してから鳴り止まない自動迎撃の電撃魔法の音に、私はうんざりとした表情でメイガスに話を振る。


「それだけだったら高ランク指定地域はされないだろ。さっきから撃ち落としているサンドバタフライや足元のサンドスコルピオンは猛毒を持っていて厄介なんだ」


 もちろんそんな基本情報は頭の中に入っているから、キュアポーションをダース単位で持ってきている。そもそも普通はこのサンドバタフライやサンドスコルピオンこそが討伐クエストの対象で、これだけの数を狩ればとっくに帰れるはずだった。


「今回のクエストはビッグサンドクローラーの魔石だそうだけど、いったい何に使うのかしら。クラーケンの魔石みたいに水を生み出す魔道具に使えるわけでもなく、ファイアードラゴンの魔石みたいに暖房の魔道具に使えるわけでもないでしょう」

「うーん、そこは僕も不思議に思っていたところさ。言ってしまえばビックサンドクローラーの魔石は単に無属性の魔力を供給するだけの代物だよ。使い道なんて、魔物に魔力を供給する実験くらいじゃないかな?」


 通常のハスラ砂漠での依頼と言えば、薬の材料となるサンドスコルピオンの毒の採取だ。錬金術でほんの少し組成を変えてやることで、滋養強壮の薬になる。それなのに、聞けば今回は倒すのが困難な割に用途がない魔石を望んでいるという。

 まあ、そんな変わり者の依頼主の思惑はさておきとして、今回は五感にインプットされる情報を常に気にかけておかなくてはならない事情があり神経を消耗している。それは、デスサンドクローラーに対する即応体制の維持だった。

 私自身は脊髄反射魔法や自動迎撃魔法に守られているけれど、メイガスは純粋な魔法使いだから不意打ちに弱い。砂の中を移動することからお母さんの装備で生体磁力により接近を看破することはできない以上、砂場の画像を機械学習してわずかな変化点を見つけるより他にない。

 そんな地道な努力が実ったのは、残念ながら警戒していたデスサンドクローラーではなくビッグサンドクローラーとのエンカウントに対してであった。


「来たわよ。左前方五百メートルに、今回の依頼の魔石を持つデカブツ!」

「よし、僕に任せてくれ! メルトストリーム!」


 メイガスは地中から巨体をのぞかせて、こちらに向かって大口を開けた獲物に向かって大量の水を放った。ゴクゴクと濁流を飲み込むビッグサンドクローラーに、メイガスは勝利を確信して最後の仕上げの魔法をその体内に叩き込む。


「ヴェイパリゼーション・エクスプロージョン!」


 バグンッ!


 体内に送り込んだ大量の水を爆発的に気化させることでビックサンドクローラーの巨体がさらに膨らんだかと思うと、次の瞬間には大きな音と共に風船が割れたようにバラバラになって砂の大地へと降り注いだ。


「……水蒸気爆発なんてメイガスにしてはえげつない魔法を使うのね」

「何を言っているんだい? これは小さい頃にローラが僕に教えてくれたの応用じゃないか」


 物質は基本的に気体、液体、固体の三つの相を持ち、液体から気体に変わることで爆発的に体積を増す。確かにそう教えた記憶はあるけど、魔法のある世界だと魔力で生成した水は同じ魔力で簡単に相転移できるから、こんな非常識な規模の気化爆発を起こすことができるのだ。小学生レベルの理科でも、この世界の住民が正しく理解・応用したら馬鹿にできないと冷や汗がこめかみを伝う。

 そんな気の緩みからだろうか、私の反応が一瞬だけ遅れたのは……


「メイガス、危ない!」


 砂から姿を現した黒いホースのような形をしたデスサンドクローラが、隣に立つメイガスの心臓に向けて一直線にその身を伸ばしていった。


 ガキーンッ!


 しかし事前に指示しておいた二重の黒鉄の胸当ての存在により、二枚目の胸当てでその動きが止まる。そのわずかな停止時間は、脊髄反射魔法を施した私の目には十分な隙として映った。


「ディメンションスラッシュ!」


 お父さん譲りの次元斬により手刀でデスサンドクローラーの魔石を叩き切ると、黒いホースのような身体は力無く砂の上に落ちそれきり動かなくなった。地上に姿を現したことにより、弱点である魔石の位置が生体磁力で判明したがゆえの結果である。


「ありがとうローラ、君が助言してくれていなかったら僕は死んでいたよ。ところで、どうして心臓を狙ってくるってわかったんだい?」

「目のないビッグサンドクローラーやデスサンドクローラーが何をもとに獲物を感知しているかというと、ずばり音波だからよ」


 歩いている時に襲われた人が足の負傷で済む事が多いのに対し、テントなどで休息を取っていたと思われる過去の被害者の遺体は心臓を一撃で食い破られて亡くなっている事例がほとんどだった。

 先ほど水蒸気爆発の音を察知して付近にやってきたと思われるデスサンドクローラーも、立ち止まっていた私たちの身体の中で脈打つ心臓の音を察知して忍び寄ってきたのだろう。そしてその心臓こそが人間の急所なので、いつしか無音の刺客サイレントアサシンと呼ばれるようになったに違いない。

 そんな私の分析を聞くと、メイガスは感心したような声でこう言った。


「さすがは神眼のローラ。君にかかったら長年の謎も一瞬で丸裸だったんだね」

「もう! だから神眼って付けないでって言ってるでしょう!」


 プンプンしてポカポカと肩を叩く私を、メイガスは幼い頃と変わらぬ朗らかな表情で見つめていた。

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