第2話 ワイバーンは山の益獣!?

「おい、神眼はいるか!? Aランク冒険者のヴォルフィードだ!」


 ギルドの受付から事務室にまで聞こえる大音声に、私は溜息をつきながら部屋から出る。銀の短髪に精悍な顔つきをした剣士は疾風の二つ名を持つ高ランク冒険者で、彼の受付は私の担当だった。


「そんなに大声で呼ばなくても聞こえているわよ。それでAランク冒険者様がこんな朝っぱらから何の用なの?」

「近隣のウェールズ高原に住み着いたワイバーンの討伐に来てやったぜ! ペアの魔法使いになってくれ!」


 空を飛ぶワイバーンには、高位の風魔法か雷撃で地上に撃ち落とし再び空へと舞い上がるまでに剣でトドメを刺すのが一般的だ。疾風の二つ名を持つ彼も多少は風魔法を使えるが、ワイバーンの飛行を阻害できるほどではない。それはわかるけど……


「あなたね、どこの世界にギルドの事務員兼受付嬢を高ランククエストに連れ出す冒険者が居るというのよ。魔法使いなら他にも沢山居るでしょう?」

「本当にそうか? 神眼のお眼鏡にかなうやり手がいるなら是非とも紹介してくれ」

「神眼って言わないで、冒険者でもない私に二つ名はおかしいでしょう。ちょっと待っていなさいよ……」


 私はギルドメンバーのリストを取り出し、ヴォルフィードの力量を勘案しつつクエストを受注していない魔法使いをペアにした場合の成功確率を算出する。


「三十パーセント、二十八パーセント、三十六パーセント……居ないじゃない!?」

「ほら見たことか。それで? 雷帝の娘と組んだ場合の成功率はどうなんだ?」


 ニヤリと口角を上げて問いかけるヴォルフに、私は苦笑いを浮かべて答えを返す。


「……九十九パーセントよ」

「決まりだな!」


 困ったことに両親の素養を十分に受け継いだ私は、お母さんが薬草採取を単独で行かせようとする程度には剣も魔法も使えた。もとい、使えるように鍛えた。モーション予測が働く私に同じ攻撃は通用しないし、とりわけ現代知識に裏付けされた魔法の威力は群を抜いている。二年前にライカンス領内で起きた大規模スタンピードを退けた最大火力は、何を隠そうこの私の広域魔法なのだ。


「仕方ないわね、途中で薬草を採取してもいいならついていってあげるわ」

「それなら俺からもリクエストだ。ワイバーンを退治したら、その肉でお前が調理したカツサンドを食わせてくれ!」

「もう! 結局それが狙いなんでしょう!」


 ワイバーンは確かに厄介だけど、Bランクのパーティでも問題なく対処できる難易度だ。群れを成しているならまだしも、一匹や二匹でヴォルフがわざわざ出向くほどのクエストではない。あるとすれば、その高級肉を使用するカツ料理だった。

 以前、薬草採取の邪魔になると家族でワイバーンを退治したあと、その肉を使用したソースカツ定食やカツサンドをギルドの料理メニューに出したところ大変好評を得た。ヴォルフもその味に惹かれたのか、ワイバーンと聞いたら飛んでくるようになってしまったのだ。


「それで今日は行けそうか?」

「ええ。お母さんに言って装備を借りて準備ができたら北門に向かうわ」


 そう言って事務室に戻ろうとしたところで、ヴォルフの全身を再度見渡し助言をする。


「私が用意している間に、ヴォルフも水筒の用意をしておいてよね」

「なんでだよ。別に途中で昼食を取るわけじゃないんだろ?」

「水をこまめに取らない場合、ウェールズ高原で高山病にかかる確率は二十パーセントに跳ね上がる。それが、さっき百パーセントと答えなかった理由よ」

「フッ……さすが神眼だ。一パーセントでも失敗は許さないってか」

「だから神眼って言わないで! ローラと呼んでちょうだい!」


 私が再度念を押した上で北門での待ち合わせ時間を指定すると、ヴォルフは右手を上げて承諾したのちギルドの出入り口から外に出ていった。


 ◇


 ピシャーン!


「キャイーン!」


 高山へと向かう山道の途中で、脇の茂みから姿を現したフォレストウルフを浮遊する魔法石が自動的に迎撃する様子に、ヴォルフは感嘆の声を上げる。


「かぁー、相変わらず信じられねぇ反射速度だ。疾風の俺がフォレストマッドベアー以外の相手を全部任せられる魔法使いがいるなんて言っても、他のギルド支部じゃ信じてもらえねぇ」

「もう、余計なことは言いふらさないでよね。ほら、前方八百メートルにその熊さんがやってきたわよ」


 Sランク冒険者だったお母さんの杖やローブは少々特殊だ。半径一キロメートルの魔獣が持つ魔石が発する生体磁力からを察知する機能を備えている。魔物ごとの磁力パターンを機械学習する能力を有する私が使うことで更なる進化を遂げ、今では半径五十メートル圏内に入れば自動で迎撃するパッシブ兵器と化していた。これにより、大物以外はオートで放つ感電魔法のみで十分対処することができる。

 やがて予告通りに前方にフォレストマッドベアーが現れると、ヴォルフが前に出て気負う様子も見せずに風魔法を纏わせたロングソードで首を切り飛ばした。


「また腕を上げたようね。今のを左腕でもできるようになれば、二百五十八年前にSランク冒険者と認められた双剣のラングレーにも匹敵する技を放てるようになるかも」

「今のを左腕ってマジかよ。いったいその双剣とやらはどんな技を使っていたんだ?」

「二つの剣が発する風魔法を組み合わせることで真空を作り出し、無数のかまいたちを周囲に撒き散らしていたようだわ。攻撃の手数が二倍ではなく何倍にもなったことで一線を超えたみたい」


 Aランク冒険者からSランクに昇格するには、何か人外を体現するような特別な技が必要となる。お父さんであれば防御不能とされる次元斬ディメンションスラッシュ、お母さんであれば戦略級天候魔法である神の雷雨ゴッドライトニングレイン

 そう言った意味では、疾風の二つ名を関するヴォルフもまだ発展途上であった。


「ほう……なら頑張ってみるか。ところで、こいつの収納もよろしく!」

「わかったわよ。ディメンションボックス」


 発動句と共に開いた異空間にフォレストマッドベアーを取り込む。お父さんから受け継いだ空間魔法を私なりに応用することで、いわゆるアイテムボックスのような機能を実現することができた。これにより、ワイバーンのような大物であっても難なく高原からギルドに運び込むことができる。


「いやぁ、マジで便利すぎるぜ。なんで冒険者にならないんだよ」

「何回言わせれば気がすむの……って、お出ましみたい。十秒後に前方二十メートルに落とすから構えて!」

「了解だ、いつでもいいぜ!」


 独特の生体磁力のパターンを二体捉えた私は、雄と思しき個体に向けて電撃魔法を落とす。


「ジオ・ライトニング!」


 ガドォーン!


 天地を繋ぐ雷の柱が出来たあと、空からワイバーンが落ちてくる。地面に落ちる前に意識を取り戻したのか大きく翼を広げて軟着陸を試みたところで、私の前方で抜き身の剣を構えていたヴォルフが突貫するようにワイバーンへと向かっていく。


 ザンッ!


 体勢を整えようと翼を広げていたワイバーンにヴォルフの神速の剣を防ぐ手立てはなく、首が胴体と泣き別れてボトリと落ちる。空を見上げると雌と思しき個体が悲しげな鳴き声を上げてしばらくこちらを窺っていたが、番の死を悟ると遠くの空へと飛び立っていった。


「おい、もう一体いたようだが始末しなくてよかったのか?」

「両方とも殺してしまうと、天敵がいなくなってフォレストマッドベアーやフォレストウルフのような魔獣の数が増大して人間の街に被害を及ぼすようになるわ。過去の人的被害の記録と合わせると、つがいの討伐は雄の一体のみにした方が全体的な被害は低く抑えられるの。生き残った雌が人間の危険性を子供に伝えるのか、ワイバーンも人里には近寄らなくなるのよ」


 ワイバーンは人間が考えている以上に知能が高い。一度討伐すると、それから数世代は人間を見ると距離を置くようになる。人間を襲ってこないのであれば、冒険者の代わりに魔獣を適度に間引いてくれる益獣に早替わり。絶滅させたら生態系が崩れて害を為すのは、この世界でも同じなのだ。


「……マジかよ。さすが神眼、視点が違うぜ」

「だから、神眼って呼ばないでって何度も言っているでしょう!」


 こうして無事にワイバーンの討伐を終えた私たちは、ウェールズ高原にある薬草の群生地から癒し草を採取したあと無事に帰還を果たしたのだった。

 なお、疾風のヴォルフィードはギルド支部からカツのメニューが消えるまでそこに居座ったという。

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