ツガイ

紫光なる輝きの幸せを

ツガイ

 とある場所のとある国。

 とある国のとある片田舎の小さな村のお話。


 そこでは愛し合うと互いの手の甲から肩にかけて鳥の翼の紋様が現れ、寄せ合うと一羽の鳥を形作る。それこそが愛の証としてツガイになることが認められる。

 そんな風習がありました。

 逆を言えば、どれだけ望んだとしても片翼であるかぎりツガイとは認められませんでした。


 ツガイに認められた二人は村を囲う断崖へ赴き、二人で力を合わせて細い山道を進み、途中にある細やかな白く美しい糸で編まれた繭の中へと潜り込みます。

 繭に入ること五日有余。

 繭を破って一羽の鳥が空へ舞い踊ります。

 鳥は強く羽ばたき村のさらに奥にある石柱へ向かい、そこで巣を作り子を産み育て、やがて人の姿に戻り子を連れて村へ戻って再び生活を始めるのです。


 そんな営みが長く続く中、村長むらおさのところへツガイになりたいと二人の女性アヌとスワが訪ねてきました。

「同性のツガイだと? そんなものはありえん」

 にべもなく村長むらおさは、二人の言葉を聞こうとしません。

「こちらをご覧下さい」

 二人が差し出すその手の甲から肩にかけて各々に翼の紋様があり、合わせると一羽の鳥になりました。

「わたくしたちがツガイになって良いと言う証にございます」

「どうか、繭への道を開いて下さい」

 深々と頭を下げる二人を見ながら村長むらおさは腰に付けた鍵に触れました。繭へ行く道はひとつ。行くためには頑丈な門を開けてもらわねばならず、鍵が使えるのは村長むらおさだけと言われていました。

 七つを考える間に頭を巡らせた村長むらおさは、腕を組み目を閉じて言いました。

「わしは何も見んし聞かんかった」

「そんな!」

「ああ、何ぞ虫が羽ばたいているようだが、何も聞こえんなぁ」

 二人は鳥の紋様のある手をつなぎ合わせます。

「わたくしたちには紋様が……」

「ああ、うるさい! 衛兵長! このうるさい羽虫を牢に閉じ込めておけ!!」

 村長むらおさのまさかの一言に二人は茫然自失し立ちすくみます。

 現れた大柄の衛兵長も状況が掴めず村長むらおさと二人の交互に見て戸惑った様子です。

よ、牢屋に連れて行かんか!」

 村長むらおさの剣幕に衛兵長は立ちすくむ二人を軽々と抱え上げました。

 けれど二人のつないだ手と手は、力自慢の衛兵長がどんなに離そうとしても離れません。

 仕方なく衛兵長は二人を同じ牢屋に入れなければなりませんでした。


翌朝になり面倒くさそうな様子の村長むらおさが牢に現れました。

「どうだ? 牢屋で一晩明かして少しは冷静になっただろう。もう同性でツガイになることなど――」

「いいえ、いいえ。わたくしたちは、ただツガイになりたいだけ」

「それだけなのに何故こんな仕打ちを受けねばならないのですか?」

 二人は手をつないだまま村長むらおさに訴えかけます。

「長い歴史の中で同性がツガイになったことなど一度も無い。故に、同性のツガイなど認められん!」

 ゴンと鉄格子を叩くと村長むらおさは二人に背を向けます。

「もう一晩、考えるんだな」

 衛兵を連れて村長むらおさは牢屋を後にしました。



 しかし、一晩かけよう二晩かけようと二人の気持ちが変わる訳がありません。

「それならワシにも覚悟がある。二人を広場に連れて行け。村長むらおさの命として鞭打ち行う!」

 二人だけでなく衛兵長も、ひゅっと息を飲みました。

 衛兵長は二人がどんな罪を犯していなるのか理解できず、アヌとスワは罰を受けることに驚いています。

村長むらおさ……私たちは変わりません。鞭で打たれようと、例え石抱きをされたとしても」

 アヌが強く言い、スワも続きます。

「わたくしたちはもう既にツガイなのですから」

「……実際に鞭打ちを受けてから言うのだな。鞭打ちの準備をしろ」

 村長むらおさの命令に逆らえるはずもなく、衛兵長は鞭打ちを行う刑台の設置にゆっくりゆっくりと向かいました。


 広場に刑台が設置されると何事かと村人達が集まり騒めきます。

 そこに手をつないだ二人のが現れると、喧騒はより大きくなりました。

 二人は抵抗するでもなく牽かれるままに刑台に向かい合わせで立ち、両手に鉄の枷を嵌められ、間にある鎖がフックに引っ掛けられつま先がやっと付いている吊るされた状態にされました。

「この者たちは、同性であるにもかかわらずツガイになりたいと不届きな発言をした。これは今までの歴史にない暴挙である。したがって二人を鞭打ちの刑とする」

 集まった村人達に村長むらおさは罪状を声高く述べました。

 しかし、村人達は何を言っているのか意味が分からずしんと静まり返るばかり。

「鞭の痛みで私たちの気持ちは変わると思う?」

「いいえ、いいえ。わたくしたちの気持ちは変わらないわ。わたくしたちには何の咎もなのですから」

「そうよね……でも悲鳴を我慢するのはちょっと大変そう」

 アヌが首をかしげて苦笑いを一つ。

「わたくし、良いことを考えたましたわ」

 にっこり微笑んでスワはアヌにキスを一つ。

 女性同士のキスを見たことがない村人達に騒めきが起こります。

「こうしてキスをしてお互いの悲鳴を飲み込んでしまいましょう」

「それは名案ね」

 二人は、ゆっくりと口づけを交わします。

「衛兵長! 何をぼさっとしておる。鞭打ちを始めんか!!」

「…しかし村長むらおさ、ここまで連れて来はしましたが、一体何が罪だというのですか?」

「うるさい! お前がやらぬのならわしがやってやる。渡せ!!」

 衛兵長から鞭を奪い取った村長むらおさはしなやかに鞭を回し、床に叩きつけました。

 パァンと言う鞭の立てる音に村人達はすくみ上ります。

 ツガイになりたいだけのただの女の子。怖くないはずがありません。

 それでも青ざめながらもこれから始まる鞭打ちに覚悟を決めて唇を寄せ合いました。



 始まりは村人の一言。

「どうして同性のツガイがいけないの?」

 他の村人も言います。

「どうして同性でツガイになりたいことが罪なんだ?」

 一つの疑問が、波紋のように広く広く広場に広がったその時でした。

 つないだ二人の手の甲の翼の紋様が強く輝いたのは。

「紋様があるじゃないか! 二人はツガイになる資格を持っているぞ!」

「中止しろ。中止だ!!」

 村人達は、鞭打ちを止めるよう口々に叫んで刑台に押し寄せます。

 揺れる刑台の上で倒れないようにバランスを取りながら村長むらおさは押し寄せる村人に声を張り上げます。

「お前らは理解できんのか?!同性がツガイになると言う意味を。同性のツガイが増えれば増えるほど子供が生まれなくなり、最後にはわしらが滅ぶということが!!」

「同性で子が成せないなど、そんなことは村長むらおさだって知らんだろう」

「なんだと?!」

「ご自分でおっしゃったではありませんか、歴史に無いと」

村人達は村長むらおさの言葉を聞き入れず、あちこちから伸びた手が村長むらおさを人混みの中に引きずり込んでいきます。

 それを待っていたかのように衛兵長は、二人を鎖から解き放ちました。

 倒れかける二人を両肩に抱えた衛士長は、速足で一目散に走りだしました。その先には繭のある崖に通ずる門があります。

「二人ともしっかりしろ! 今、門まで連れて行ってやるからな」

「………でも、鍵が……」

「それなら村長むらおさから拝借してある。だが、」

 断崖に続くツガイ門まで来ると衛士長は、二人の身体を気遣って、そうっと地面に足を付けるように下ろします。

 それから手にした翡翠で作られた鍵を使い門を開きました。

「前に村長むらおさの代わりに門を閉じたことがある。まさか開場することになるとは思わなかったがな。さあ、俺にできるのはここまでだ。後は掟通りに二人で繭までたどり着くんだ。がんばれ」

 二人は頭を下げると踵を返して門をくぐります。その後には赤で彩られた足跡がついていました。


 崖の細い道をアヌとスワはお互いに身体を預け歩きます。

 風が吹けば崖下に、どちらかが力を抜けば、すぐにでも二人は倒れてしまいそうでした。

 目は霞んで足元もはっきりしないまま、二人はお互いを支えながら崖の細い道を歩き続けました。

 そうしてようやっと繭にたどり着きました。

 間近で見る繭は細やかな白く美しい糸で編まれ所々が七色に輝いて見えます。

 ただ、その繭は崖の道から離れています。

「スワ、ここでいい? 私そろそろダメそう」

「ええ、アヌ。わたくしも同じですわ」

 二人がお互いを見つめて微笑み、崖を飛び下ります。

 崖下からは村人達の悲鳴にも似た声が上がりました。

しかし、二人は――無事に繭に入ることができました。

 暖かく冷たい液体で満たされた二人は、身体が解けていくのを感じながら口づけを交わして目を閉じました。



 苦々しげな顔で村長むらおさは、崖を見上げています。

 見上げているのは、アヌとスワの二人が入った繭です。

 あれから五日を越えて十日になろうとしていました。

 色鮮やかだった繭は、二人の血が混ざったかのように赤黒く変色しています。

「言わんこっちゃない。あの繭はもう死んどる」

 村長むらおさは崖に背を向けます。

「後で誰ぞに始末させんと」

 そう村長むらおさが吐き捨てるように呟いたのと甲高くも美しい鳴き声が鳴り響いたのはほとんど同時でした。

 聞いたことの無い美しい、まるで歌うような啼き声に村人たちの視線も繭の方へ引き寄せられました。

 全員の視線の先にある赤黒い繭は、眩い光を放ちながら綻び、最初に現れたのは蒼く透明な嘴。次いで闇夜の藍色の翼が現れてからは瞬きひとつのことでした。

 ひと羽ばたきで空高く宙に舞ったその鳥は、全身は透き通った水晶のような青の身体に所々に金糸を纏い、再び美しい声で一声啼くと村の上空から姿を消したのでした。


 同性のツガイが生まれたことは、小さな村から中くらいの村へ。それから大きな村へ。

 小さな町から中くらいの町へ。それから大きな町へ。

 ついには大都会にまで、小さな波紋が幾つも重なって大きな波紋となって伝わっていったのでした。

 人々は空を見上げます。

 そこには金糸を纏い、透き通った水晶のような翼を羽ばたかせた鳥が自由に空を舞っています。

 その透けた青い体の腹には二人の女性らしき姿が薄っすらと垣間見え、お互いを支え合うように見えることから。人々はその鳥を“金支鳥きんしちょう”と呼ぶようになっていきました。


 そうして――

「同性のツガイ? そんなの普通のこと」

 人々の心は変化していったのでした。



 今日も空には――金支鳥。

 その鳥は、気高く高く空を舞う――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ツガイ 紫光なる輝きの幸せを @violet-of-purpure

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説