裁判結果、そして再びヌムール領へ
数日後、クリスティーヌとユーグとマリアンヌの3人は裁判所にやって来た。アンドレお披露目の為の夜会でエグランティーヌが引き起こした事件について、目撃者として証言する為だ。ちなみに、ディオンを始めとする法務卿を目指している者達も、後学の為にこの裁判を見学していた。
結果として、エグランティーヌは王族妨害罪及び王族傷害罪が適応され、貴族籍の剥奪、ノルマンディー家の財産5分の1程度の罰金、50年の徒刑の判決が下された。その際エグランティーヌは泣き崩れていた。また、エグランティーヌの父親で、ノルマンディー侯爵家現当主のドニにはノルマンディー家の財産の10分の1程度の罰金と3年の徒刑の判決が下された。更に、王族傷害罪を起こした者を育てた責任を取る形で蟄居を命じられた。それによりノルマンディー家当主となったバンジャマンは、子爵まで自主降爵し、ノルマンディー領にある金鉱脈とダイヤモンド鉱山を含む半分の領地を王家に返納した。これにより、金鉱脈とダイヤモンド鉱山の所有権は王家に移った。ノルマンディー家は大幅に弱体化したのだ。また、ドニと同じように不正を犯してまで財を溜め込み力をつけていた者達も一掃された。
また、アンドレお披露目の為の夜会でエグランティーヌに協力した令嬢達も徒刑の判決が下された。
更に、法を犯したわけではないがクリスティーヌに関する悪意ある噂を間に受けて嫌がらせを行った令息令嬢達も破滅を迎えていた。とある令息は廃嫡されて貴族籍も剥奪され、平民にならざるを得なかった。貴族からいきなり平民になり生活出来るはずもなく、路頭に彷徨っていた。しかしこれはまだマシな方だ。平民落ちした令息の中には、悪漢に襲われて命を落とした者や、犯罪に手を染めて捕まる者もいた。また、令嬢達に関しては、平民落ちした後修道院行きになるのはかなりマシな方だ。中には娼婦堕ちし、劣悪な環境で働かされて命を落とした者もいた。
こうして事件の幕は閉じ、社交界に平穏が戻ったのである。
そしてしばらくすると、グロートロップ王国とニサップ王国で発生している疫病についての情報が公表された。現在ルナがヌムール領でワクチンの開発を急いで進めている。社交シーズンが終わった後、クリスティーヌもヌムール領で病に効く薬の開発をすることになった。
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「クリスティーヌ嬢、来たばかりなのに研究を開始するのかい?」
「ええ、ユーグ様。昨年の睡眠薬とは違い、急がないといけませんわ。病はナルフェックにも入ってきておりますので。特効薬の開発を急ぎます」
真剣な表情のクリスティーヌ。
社交シーズン終了後、間髪入れずにクリスティーヌはヌムール領にやって来た。疫病の特効薬開発の為だ。グロートロップ王国、ニサップ王国だけでなく、ナルフェック王国、アリティー王国、ガーメニー王国でも病に罹る者がちらほらと出てきたのだ。ナルフェックでは感染者は速やかに隔離され治療を受けているので他国程より感染者が少なく済んでいる。
「まあ、クリスティーヌは特効薬の開発を試みるのね。
イザベルが品よく笑った。今年はイザベルもヌムール領に来ている。
この疫病は後遺症として咳や倦怠感などが残ることがあるのだ。
「
「
ベアトリスとリーゼロッテもヌムール領で疫病の薬を開発するつもりだ。
「あの、
マリアンヌからは控えめだが強い意志を感じる。外務卿になる為の勉強もあるのだが、クリスティーヌ達に協力したいという気持ちもあるみたいだ。
昨年の和気藹々とした空気とは違い、今年は緊張感が漂っていた。
早速研究開始するが、中々上手くいかない。1つ上手く行ったとしても、次のところで問題が発生する。似たような病の特効薬の論文を読んだり、議論を交わし、試行錯誤を繰り返しながら特効薬の開発を進めていくしかない。
そんな中、ニサップ王国で婚約破棄事件を起こした張本人である元王太子サルバドールと男爵令嬢フェリパが疫病に罹り死亡した情報が入る。周囲ではこれは天罰ではないかと噂されていた。以前のクリスティーヌなら周囲と同じように身分不相応の相手を望んだ天罰だと思うだろう。しかし今は違う。フェリパ達が疫病で亡くなったことと、身分不相応な相手を望んで婚約破棄事件を起こしたことは因果関係が成り立っていないと冷静になれた。
そしてクリスティーヌが研究をしている中、ルナが疫病のワクチン開発に成功した。安全性も確認が取れ、量産に踏み切った。これにより、呼吸器のみの症状だけに抑えることが出来、発疹が出たり死亡する者を従来の50分の1に減らすことが出来た。これは近隣諸国で大きなニュースになった。他国からワクチン購入の依頼が大量に届いている。これにより、ナルフェック王国は海を挟んだ南側の国とも交流が始まった。
(
ルナに感化され、クリスティーヌは更に研究に没頭した。
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「ですからクリスティーヌ様、お茶会の時くらい研究から離れてくださいませ」
ベアトリスがため息をつく。
息抜きの為のお茶会なのだが、クリスティーヌは実験ノートや論文を持って来ていたのだ。
「申し訳ございません、ベアトリス様。ですが、どうしても気になってしまうのでございます」
クリスティーヌは肩をすくめた。
「昨年と変わらずでございますわね、クリスティーヌ様は」
リーゼロッテがクスッと笑う。
「熱心なのはクリスティーヌの美点ではございますが、根を詰め過ぎるとお体を壊しますわ」
「本当にその通りでございます。イザベル殿下、クリスティーヌ様にもっと仰ってくださいませ」
お茶会にはイザベルも参加している。ベアトリスはイザベルの言葉に深く頷いた。クリスティーヌはぐうの音も出なかった。
「クリスティーヌ様、こちらをお召し上がりください。少し糖分を補給した方が脳が働きますよ」
マリアンヌはクリスティーヌにマカロンを勧めた。
「ありがとうございます、マリアンヌ様」
クリスティーヌはマカロンを1つ食べ、少し休憩することにした。
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数日後、特効薬開発が行き詰まっているクリスティーヌは研究所のラウンジで論文を読み漁っていた。
(あと少しだけれど、どうしても上手くいかないわ。病に効く物質は含まれるけれど、人体に有害な物質も混合しているのよね。有害物質だけ取り除けないかしら?)
クリスティーヌはため息をつく。
そこへイザベルがやって来る。
「クリスティーヌ、眉間にしわが寄っておりますわよ」
イザベルは苦笑していた。
「イザベル殿下、気付かず大変失礼いたしました」
クリスティーヌは慌てて立ち上がるり
「気にしないでちょうだい。それより、お座りになって」
ふふっと笑うイザベル。クリスティーヌは再び座る。
「クリスティーヌ、特効薬の研究の状況はいかがかしら?」
「あと少しのところで詰まってしまいました。似たような薬の論文をいくつか読んでおりますが、中々ヒントが見つからないのでございます」
クリスティーヌは苦笑する。
「難しいのでございますわね」
「ええ。イザベル様は疫病の後遺症治療法研究の進み具合はいかがでしょうか?」
「対症療法の確立なら出来そうでございますわ。完治するかは分かりませんが」
「左様でございますか。ですが、少しでも後遺症を和らげる方法が見つかったことに安心いたしました」
クリスティーヌはホッと微笑む。
「ええ。それと、ルナ・エルブの医学的な用途も研究しているの。去年はヌムール領にこられなくて、滞っていたのでございますわ」
「女王陛下が発見なさっ新種のハーブでございますね。タルド領に生えておりますわ。疫病の後遺症の治療薬確立だけでなく、ルナ・エルブの研究もなさっていらっしゃるのでございますね」
イザベルが1度に2つの研究を進めていたので、クリスティーヌは尊敬の念を込めて言った。イザベルはふふっと品よく笑う。
「今分かっているルナ・エルブの成分データでございます。クリスティーヌ、ご覧になりますか?」
「ええ、ありがとうございます」
クリスティーヌはイザベルから差し出されたデータを受け取った。エメラルドの目は輝いている。興味津々といったところだ。その様子にイザベルはクスッと笑う。
クリスティーヌは真剣な目つきでイザベルのデータを熟読する。
(殺菌効果もあるのね。それと、傷や火傷からの皮膚の回復補助、それから日焼けなどの炎症を抑える効果もあるのね。それから……)
クリスティーヌはある部分で目を止めた。
(この成分は……!)
クリスティーヌはハッとした表情でイザベルを見る。
「クリスティーヌ、どうかなさいましたか?」
クリスティーヌの様子にイザベルは首を傾げた。
「イザベル殿下、この成分はルナ・エルブからどのように抽出するのでございますか?」
「ルナ・エルブを細かく刻み、エタノール3日間エタノールに浸したら抽出が出来ますわ」
「ありがとうございます、イザベル殿下。もしかしたら特効薬が出来るかもしれません」
クリスティーヌの目は力強く輝いた。
「まあ、素晴らしいわ」
イザベルも大輪の花が咲いたような笑みになる。
「今、病に効く物質と共に、人体に有害な物質も混合している状態なのでございますが先程のルナ・エルブから抽出される成分で有害物質を打ち消せるかもしれません」
クリスティーヌの笑みが輝いた。早速クリスティーヌは研究を再開する。そして数日後、クリスティーヌは疫病の特効薬の開発に成功したのだ。
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