社会科見学・後
すぐにワーワーと大騒ぎが始まってしまった。
「え? 付き合ってるのか」
「いや、そもそも夫婦じゃないの?」
「けどさ、確か苗字は違うよね」
「青木と大森か。もうじき結婚?」
「ヒューヒュー!」
「あ、いやいや、そんなことは無いですよ! まさかそんな、仕事が一緒なだけで付き合ってるになるわけないじゃないですか。ね、ほら、この年頃だから無理もないけど、それでもね、それを見知らぬ人に言うのは良くないと思うよ? ね、先生?」
心なしか、僕が全く思いを寄せたことが無いはずの和花は顔を真っ赤っかにして事態を収束させようと慌てるが、その態度が余計にバカ騒ぎを大きくする。
しかも、西脇先生まで止めるどころかクスクス笑ってやがる。
「ったく……」
止めるのも面倒だし、どうせそんな事実はない。僕は慌てる和花と冷やかす小六を静観することにした。
「ごめんなさいね、生徒が変な質問をしてしまって。代わりに謝ります」
授業終了後、西脇先生が謝罪に来た。
――いや、あなた笑ってたでしょ?!
「まあ、ひとまずそれじゃあ明日、よろしくお願いしますね。九時の開店から行かせますので。ええっと、場所は……」
「大濱口うみのもり公民館の駐車場です」
僕が答える。
「あ、はい、そうでしたね。それじゃあ、伺いますね。あの、具体的にはどんな作業をするんですか……」
僕は和花に目配りした。今回の計画は全て和花が作ってる。そして、ほとんど僕はそれを知らない。
「ええっと、まあ本棚の準備とか本を並べたり出したりとかですね。まあそこは適当に先生に指示してもらって。あとは交代でレジ打ちとか、後は、色々宣伝してもらおうと思うんですよね。接客。子供に色々言われたらウケがいいですからね、店としても」
「なるほどなるほど」
「それとね、プレゼントで、興味が持った本を一冊貰って行ってもらおうかなぁと思っています。結構大量に輸入したのでね」
「は? 本を生徒にやるのか?」
「そうです。本に興味を持ってもらうのが目的ですからね」
「それでも、置いてる本をか? 第一喜ぶのか?」
「喜ぶか喜ばないか以前に、様々な本を読んでもらうためですよ。それで捨てられたらもう仕方がないじゃないですか」
仕方が無いで済ませられるのか? おい。
「大丈夫、読んでくれそうな本を購入してあるので」
「……ホントか?」
「任せてくださいよ」
――大丈夫なのか?
西脇先生がこのやりとりを目を細めて見ている。もちろん、訝しげに。
「……ひとまず、明日よろしくお願いしますね」
「あぁ、コチラこそよろしくお願いします。本が好きになってくれたらいいなぁと思ってますっ」
この可愛さというのは、ただただ美人なだけの西脇先生とは対照的だ。
少しずつ夜が明けてくる気配がした。けど、もう少し寝るつもりでいた。今何時くらい? まだ五時くらいだろう。いつもは七時くらいまで寝てるし。
「はい、起きてくださーい。朝ですよー朝ですよー」
――朝からうるせぇなぁ!
「何だよ。まだ全然眠れるだろ。寝させてくれ」
「良いですけど、せっかく来てくれるんだから色々準備しようと思ったんですよ。まあ、寝るならいいですけど。だらしない店長に代わって女手一つで奮闘するので」
――いや、そんな言い方はするなよ。
「……はいはい。起きますよ。起きればいいんでしょ?」
「さすがは雄星さん。はい、じゃ着替えてシャキッとしてください」
起きて、着替えると最初に朝ごはんが用意されていた。
「早っ」
しかも、珍しくカップラーメン。二人とも栄養重視だから、こういうインスタント食品はあまり食べなかったのだ。
「色々と作業するのでね、はい」
和歌山ラーメンの湯を入れたカップを和花はこっちにずいと差し出してきた。電子レンジで湯を沸かしたのだろう、多分。って。
「お前、先に作って食べてるのはズルいぞ」
「えへへ。バレたか」
この「えへへ」が、最高にカワイイということを僕は最近気づいていた。
前の場所ではできなかった歯磨きを終えると、和花が僕の服の袖を引っ張って、公民館の玄関にまで連れてきた。
「おいおいおいおい……この段ボールなんだよ」
目の前には三箱の大きめの段ボール箱。
「一昨日、ネットで頼んでおいたんです。さぁ、開けてみてください?」
「ん……?」
ガムテープを剥がして、中身を見てみると、それはやはりというか……。
「本かよ」
入っているのは、サッカーの子供向けの解説本、スポーツのマンガ、オシャレの本、ユーチューバーになるための本、ゲームの攻略本、恐竜の図鑑……。
どれも、最近の流行りの本だった。しかも、どれも子供向けの本や子供でも読むことができる本だ。
「なるほどな」
「これなら、今回子供たちに取られなくても、別の機会に使うことができるでしょ?」
――これは結構ウケが良いだろうなぁ。
「なら、もう一個の段ボールには何が入ってるんだ?」
「見てみてくださいよ」
「ん……」
ビリ
そこに会ったのは子供には全く無縁の本だった。ビジネス書や人生書などなどの部類の本たち。
「これをなんで今?」
「当たり前じゃないですか。就職シーズンでしょ? そういう季節に合った本も揃えておかないと」
「売れ残ったらどうするんだよ」
「あぁ、その時のことは色々と考えてあるのでご心配なく」
「で、あと一個は新しい本棚ですね。ちっちゃめの木の本棚。ここに、季節の本や今旬の本、新刊などを置こうかなぁと思ってます」
「なるほど……もう、店長の座、やっぱ譲るわ」
「まだ遠慮しときます」
和やかに談笑だ。
「て、そんなことより! もう六時四十五分です。この散らかしたものを段ボールに詰めなおしてあっちに持って行って、本棚組み立てたりとか色々整理しないと!」
「おっしゃる通りです」
本気で店長の座を譲った方が良いんじゃないのか? この女の実行力と発想力にはいつも驚かされる。
「おぉ、今日は子供たちが本を売ってるんだねぇ」
大濱口町の常連さんは口を揃える。
積極的に、「本はいりませんかー?」声掛けをしてくれる十八人の男女たち。今なら十パーセントオフですよーと勝手にいうやつもいる。まあ、そこは周りのやつらがツッコんでくれるからいいけど。
想像以上にBOOK MARKは活性化していた。
和花が主導で、本棚を出して、色んな本を並べるという作業を協力してやってのけた。
ドドド田舎の子はあまりインターネットに触れないため発想が豊かなのか、この本はもっと目立つところに、とか最近はこれが流行ってるから、とかそういうアイデアを出してくれた。
そして今は公民館の前で声を張り上げ、いつ作ってくれたのやら、BOOK MARKの立派な幟を振ってくれている。
売上はもはやうなぎ上りだ。
「あの、大森さん、だいぶ本棚空いてきたので、また別の本入れますねー」
「あ、分かった。よろしく。何? ええっと、どこの本棚が空いてきたの?」
「新刊のコーナーです」
「分かった。新刊の所にはね、ええっと『ビジネス書』って書かれてる本と『人生書・指南書』、あとは『礼儀・作法』から並べて」
「了解ですっ」
昨日見た時は結構大人しそうだと感じた丸眼鏡の女の子がかけて行く。最初は心配だったけど、もう見なくてもしっかりやってくれる、立派な子たちになっていた。
「さて、それじゃあ今日はお疲れさまでした」
「「お疲れ様でしたー」」
「昨日、今日の移動書店員のお仕事の話と体験は楽しかったですか?」
「「はい!!」」
めちゃめちゃいい返事。和花が良い返事や挨拶をしましょう、って指導してたのが身に着いたのか? 教室に初めて入った時とは大違いだ。
「それじゃあ、みんなにプレゼントがありまーす。ここにある本から、何でも好きな本一冊もらって行って良いですよー! 段ボールに入っている本でもオッケーです! 被ったらそこは六年生なんだから、相談して決めてね」
「マジで?」
「ヤッター!」
本が好きな子らしい子はめっちゃ騒いでいる。
一方。
スポーツ好きなのか、そういう男子たちはなんかゲンナリした顔をしていた。
「マジで?」
「いらねー」
「売るのは楽しかったけど、それで本が好きって誤解されるのはひでぇな」
「どうする?」
「まあ、行くだけ行ってみようぜ」
そんな声が、確かに聞こえた――。
和花を見てみる。
彼女は、せっかくの企画が批判を浴びて、猛烈に悲しそうな、何か言葉を掛ければ泣き出しそうな表情を浮かべていた。
一カ月後。
再び大濱口町。
メッセージカードが貼りつけられた色紙を僕と和花は読んでいた。
「良かったぁ……」
「今回は絶対和花の手柄だな」
今朝、西脇先生と数人の生徒から届けられた色紙。数人の生徒にはあの丸眼鏡の子をはじめ、本好きの子はもちろんだが、スポーツ男子も紛れていた。
『最初は本が大嫌いで、読む気にもならなくて、本を貰った時は「えぇ?」って思ってたけど、一回読んでみるとすごいハマって、全巻買いしてしまいました!』
あの時、えぇーとか言っていた男子からの感謝の手紙。
僕は、自分が大好きな本を様々な人へ広めていくという、BOOK MARKの創業理由を今更になって思い出していた。
あぁ、僕はこういうために移動書店をやってたんだな、と。
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