アフターストーリー(2023season)

社会科見学・前

 何かと今、僕が気になっているのは“何もおかしなことが起こらない”ってことだ。


 未来にワープしたり、スタンガンを持ったクマに襲われたり、不良に絡まれたり、相棒が狂ったり。

 そんなことが全く起こらない。

 これはこれでいいことだ。めっちゃホッとしている。


 ――けど、無かったら無かったで不吉じゃない……?


「おーい、ゆーせーさーん」

 ひょうきんな声が横から飛んできた。

「何ボーっとしてるんですか。お箸が全然進んでませんよ」

 BOOK MARKの店主兼書店員兼創業者である僕、大森雄星よりも優れた書店員である青木和花は横から揺さぶりをかけてきた。

「ごめん、ちょっと考え事してた」

「ったく。もう私食べ終わるんですけど。……あ、お客さん! 珍しいですね。昼時に。はーい、いらっしゃいませー! 私、接客してきまーす」

 僕が何かを言う暇もなく、和花は改造したバンを飛び出していった。

 ――あいつ、ホントに何考えてんだろな。

 よくよく考えると、和花が何で来たのか、明確な理由は聞いていない。

 一応、質問してみるとこれだけ言われる。それは毎回同じだ。



 ◆◇◆


「またその質問ですか? 何度も言いますけど、ここに来た理由はズバリ、私が本が好きで本に囲まれて暮らしたいなぁって思ったからです。そんな本を色んな人と、色んな関係を育みながら広めたいって思って、その結果元々繋がりがあった雄星さんに、家族を伝って辿り着いたわけなんです。死ぬまでここにいるつもりなので」


 ◆◇◆



 死ぬまでここにいるって、死ぬ前にBOOK MARKがあるかも分からないし。現実、和花が暴力団から横領した金はあのままだが、それでも財政状況は右肩上がり、と言うわけではないのだ。


 トゥルルルルルル、トゥルルルルル……


 ――は?

 突如、店の固定電話が鳴りだした。

 電話が鳴ることはめったにない。時々、つながりのあるお客さんからお裾分けあげる、だとか、販売させてもらっている場所の主からの問い合わせなどがある。それでも、そんなの営業時間外が多いし。

 ――何かがあるかもしれない。

 けど、それで出ずに普通の電話だったら申し訳ないし。

 和花は気づいていない

 ――仕方ないか。巻き込まれたらその時はその時……。

 ガチャッ


「はい、もしもし?」




 休日のBOOK MARKは普通、ゆっくりと読書に浸る日だ。そうでない時は、本の購入やSNSの更新、ポップやしおり作りなどに充てている。

 だから、こんな日などめったにない。というか、これが初めてかもしれない。BOOK MARKごと他の場所に出向くなんて――。

「いやぁ、楽しみですねぇ。そう言う年頃の子にもっと本を宣伝しなきゃいけないわけですもんね」

「まあな……」

「何? 乗り気じゃないんじゃないですか」

「どうだろ……」

 正直、かなりめんどくさい。本屋大賞の受賞作を読もうと思ってたのに。

「雄星さん、子供好きじゃないですか」

「まあ、好きだけどさ。それは小学校二年生までに限るんだよなぁ……それよりデカくなると生意気になるし」

「まあ、確かに可愛げは無いかもしれないですけどね……」

 運転席の和花は賛成しているのかしてないのか、中途半端な頷きを運転しながら打ってきた。


 だって、昨日かかってきた電話は、学生時代以来一回も関わることが無いと思っていたところだったのだ。



 ◆◇◆


「もしもし?」

「あ、BOOK MARKさんでしょうか。急なお電話失礼します。突然なのですが、明日はお休みの日で、その次の日に大濱口おおはまぐち町に来られるんですよね?」

 名前も言わずに早口で飛んでくる、女性の高い声。結構ノイズが響いている。駅かどこかなのだろうか。

「あ、はい、そうですけど……。あの、失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「あ、名乗らずにいきなりすみませんでした。私は大濱口小学校の第六学年担任、西脇信子と言います」

 ――は? 学校?

「あの、本当に急な頼みなんですけど、実は大濱口の六年生は今、地元の方のお仕事を学ぶ学習をしていまして。ですが、農園や漁港はもう見学しまして。そこで、私が閃いたのが移動書店のお仕事なんです。本当に急な頼みで申し訳ないのですが、明日はお休みと言うことなのでもしご予定等無ければ明日、十時にご来校頂けないでしょうか?」

「……え?」

 ――この西脇って言う女、一体……?

「その日はそこで移動書店のお仕事を解説してもらって、そしてその次の日は営業日と言うことなので、そこで生徒のお仕事体験というものをさせて頂きたいのですが……」

「お仕事、体験?」

「実際にBOOK MARKさんのご指導の元、移動書店のお仕事をするというものです」

 ――は? こんな急に? いくら謝っても、急過ぎるし、しかもめっちゃ図々しいじゃん。いくら何でも非常識じゃ……?

「それでは、本当に厚かましくて申し訳ないのですが、ご検討のほどよろしくお願いします。では」

 プツッ


 ◆◇◆



 これを聞いて、乗り気になったのが和花だった。

 小学生にも本を読んでもらって、買ってもらって、知能と想像力を養ってもらおうと言い出したのだ。

 我ながら気の弱い店長なもので、反対することもできずに押し切られ、和花はささっとプレゼン資料を前、SNS用に購入したパソコンで作り始めたのだ。

 夕方まで何も学校には伝えなかったが、和花が早く早くとせがむわけで、それでも僕が渋るとなんと、営業時間が終了した後の七時くらいに学校に電話をかけて、了承の連絡を入れてしまったのだった。


「あ、見えてきましたよ」

「ん……」

 十時前。校庭では三年生くらいだろうと思われる子供たちが体育の授業でタグラグビーを楽しんでいた。良い表情している。


 ノックをして職員室をのぞいてみる。

「あの、すみません。本日六年生担任の西脇先生とお約束をしている、移動書店BOOK MARKの者なのですが……」

「あ、BOOK MARKさんですね! お待ちしておりました。ええっと、靴箱の一番職員室側に来客用のスリッパと証明書がありますので、それを持って職員室まで来てくださいますか?」

 マシンガンのように連射される言葉に僕と和花はただ圧倒されるばかりだった。

 やってきたのは、意外にもものすごい若い美人だった。鼻先がシュッとしていて、アイメイクが大人っぽい。

 正直、声からして中年の教師を想像していた僕は驚いた。

 靴を履き替えて職員室へ入ると、早速六年生教室へと案内された。

「あの、色々とご説明頂くご準備は出来ているんですよね?」

「あ、はい、出来てます!」

 和花が自信満々に答えた。




 キーンコーンカーンコーン……

 サッカーボールを抱えた数人の男子が無言で走ってくるのを横目に、僕はパソコン画面の前に座る。

「総合の学習を始めます、礼」

 おねがーい、しまーすと、弱々し声が響いた。

「さて、今日はですね。大濱口町の社会の話。そこで、今回はこの方に来ていただきました。誰か知っている人はいますか?」

 ――シーン、じゃねぇかよ。

「あ、そうですか……」

 気まずそうに西脇先生はこっちに目線を向ける。

「ええっと、今回来てくださったのは、移動書店、つまり車で移動する本屋さんを運営されている、店主の大森雄星さんと書店員の青木和花さんです。ここからは、お二人にバトンタッチしますね」

「はい、みなさん、こんにちはー」

 和花が誰もを魅了する笑みで挨拶をする。

 急にテンションが上がった返事が返ってきた。

「ええっと、先程ご紹介頂いたように、私は、いくつかの市区町村を車で回っている移動書店『BOOK MARK』を運営している、書店員の青木和花です。今日はよろしくね」

 ――既に数人かの男子はハートを射貫かれたっぽいな。

「それと、あっちのパソコン係が店長の大森雄星です。彼はね、結構アナログで喋りが下手だからスライドのエンターを押す役割を任せることにします」

 そう。


「説明とかそういうのは全部自分がやるから、雄星さんは話のタイミングでエンターを押してください。それと、あとは差し棒で話している内容を指してくださいね」


 と事前に和花から伝えられているのだ。

「それじゃあ、まずBOOK MARKの仕事から紹介しようかな……」


 そこから、スライドで、クイズを交えてBOOK MARKの仕事や一日、やりがいなどを和花は伝えてくれた。

 実に分かりやすい説明で、もう店長職を変わった方が良いんじゃないかと僕は考え始めていた。

「まあ色々あったんだけど、最終的にはこんな新聞に載ったりね、頑張ってまーす」

 そう言って、この前新聞に取材された時の写真を載せた。

 ――もっとも、これは地方新聞のしかもほんの片隅に載っただけだけどな!

「それじゃあ、何か質問はありますか?」

「はい!」

 勢いよく一番後ろの席の元気そうな女子が手を挙げた。

「はいどうぞ」

「はい、お二人は付き合ってるんですか?」

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