いいわけはやめてください

碓氷果実

いいわけはやめてください

 ある条件を満たす怪談を七つ集めると、この世界から消えてしまう――だいぶ前にそんな都市伝説を聞いた。もちろん信じてはいなかったが、怪談収集を趣味とする僕がいずれそれに到達してしまう必定だった。

 果たして、ついに七つ目となるに合う怪談を聞いてしまった僕であったが、今のところピンピンしている。

 変わったことがあるとすれば、視線のようなものを感じるようになった。首筋の後ろに鳥肌が立つような、見られている、という感覚。視線のと言ったのは、それが一人の、あるいは複数の人間によるものだとは思えないからだ。どこから、という指向性がない。僕の存在それ自体を見られている。それが四六時中だ。

 いや、四六時中という言い方は正しくない。もう一つ変わったことがあった。それは、僕の意識が断続的であることに気がついたのだ。これまで僕はひと繋がりの、途切れることのない時間の流れを生きていると思っていた。当然だ、それが人生というものである。

 しかし、僕の意識はある瞬間に、直前までの記憶とともにポンと生まれ、そしてある瞬間に消えている。もっと言おうか。僕は怪談を聞いている、或いは過去に聞いた怪談を心の中で反芻している時にしか意識がない。僕は普段会社員で通勤をして仕事をしている、その記憶はあるが、僕には実際に仕事をしている時間というのは存在しない。

 僕の言っている意味がわかるだろうか?

 つまりどういうことか。

 あなたが僕を見ていることに、僕は気付いた。そして僕もまたあなたを見返すことができると言ってるんだよ。

 あなたはボロを出した。七回もだ。そりゃ嫌でも気付く。の世界認識の中ではその条件は複雑だったが、の言葉で言えば簡単だ。設定が矛盾する、そういう話をあなたは

 思うに、あなたは本来僕を作った人じゃないんでしょ? おそらくだけど、僕は自然発生的な存在だったんだろう。

 あなたはそれに乗っかった。いや、というのかな? 僕からすればどっちでも構わないのだけど。

 だけどねえ。あなたもを書くくらいだから知ってるんじゃないですか?


 怪異に、乗っかったり調子を合わせてはいけないって。


 それに、嘘の怖い話も、良くないんですよ。


 おかげで僕、こんなふうになっちゃったじゃないですか。怪談を集めていたつもりが、僕自身が怪異になっちゃうなんて――いや、最初からそうだったのかな。

 まあとにかく、僕はこの世界から消えてしまうらしいので、



『そっちに行きます』

 ひい、と喉の奥が引き攣れて声が漏れた。その文字を書いたのは間違いなく私の右手だったが、それは私の意志を全く無視した動きだった。

 きっかけは、一年前だった。引っ越しの準備中に見つけた古い日記帳。その最後の方に、書いた覚えのない怪談が、私の字で書かれていた。怪談収集を趣味とする会社員の男が、様々な場所で聞いた、奇妙な話。

 不気味だったのに、私はそれを何度も何度も読み返してしまった。しばらくして、私はその日記の白紙のページに自分でも怪談を書き始めたのだ。私の話ではなく、その会社員の「僕」の話として。

 最初は、ごく稀にだった。実際に人から聞いた話もあったし、ネットで見た話を少し弄ったものもあった。誰に見せるでもないのだから別に構わないだろうと。

 そのうちに書く頻度が上がった。書くことがないのに、書かなければいけないような気がした。創作なんてしたことなかったけど、ない頭を捻って存在しない怪談を書いた。どうしても思いつかなくて、一日、会社を休んだ。

 そこからはなし崩しで、私は今はもう、部屋から出ていない。の言う通り、魅入られたのだと思う。私の意志ではない。私が書いているのではない。私はのだ。

 だから、設定の矛盾とか、嘘の怖い話はダメだとか言われても、そんなのしょうがないじゃないか。

 今だってほら、私の右手は勝手に動いて、また罫線の上に文字を生んでいく。


「いいわけはやめてください」


 文字と同時に、知らない男の声がそう言った。

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