第31話【一言で例えるなら、コ○ンくんがいたら殺人事件でも起きそうな別荘】

 最寄りの駅からバスで15分。

 さらにそこから小さな森を抜けた場所に、虹ヶ咲家の別荘は存在するらしい。

 樹々に張り付いた余命短しセミたちの大合唱が響く中、整備された日陰道を俺たち6人は歩いていく。

 辺りには入り口でも見かけたが、等間隔で『私有地につき立ち入り禁止』の注意書き看板がいくつも並ぶ。

 この土地の持ち主の娘である璃音りおんは、先に別荘まで荷物を送っていたこともあり、装備は肩掛けのバッグのみと至って軽装。膨張色である白の麦わら帽子に同じく白のサマードレス姿と目立ち、先導役にはもってこいだ。


「皆さん着きましたわよ」


 7・8分程歩いたところで森を抜ければ、目の前には和モダンな外観の大きな別荘が現れた。

 古城のように高台に位置するそれは、眼前の海を見下ろすように鎮座し、いかにも人生の成功者が金に物を言わせて建てそうな雰囲気を醸し出していた。


「うぉぉぉ! すげぇぇぇぇぇぇ! 天井高っ! 吹き抜けになってる家って私、初めての体験かも!」


 感動する場所がそこかよ、な篠田はさておき。玄関から中に入り広大な空間を誇るリビングに各々驚きと歓喜の入り混じった声を上げ、中をキョロキョロと見回し、探索する。


「料理しながら外の景色が眺められるとか最高かよ。まるでタワマンの住人じゃないか」

「よーし、じゃあ夜はタワマンの住人ごっこと洒落込みますか~♪ 歩美、夕飯の準備よろしく~♪」

愛衣おまえも手伝んだよ。なに一人だけ客人になろうとしてんだ」

「私が料理苦手なの知ってるでしょ~? パスタを茹でればもれなくドーム型パスタになるし、エビチリを作れば辛すぎてまともに食べられない代物モンスターを生み出してしまう、どうしようもない女なの~」


 芝居がかった日向ひなたが、大理石作りのキッチンカウンターを前にちょっとテンション高めの浅川に泣きつく。本人の言うことが確かならば、味に関わる重要な作業はさせない方がいいかもしれないな。皆が三日間健康で過ごすためにも。


「璃音さん、本当にお嬢様だったんだね」

「超、が付くほどのな」

「最近ウチにいる時はあんまりそんな雰囲気は無かったんだけど、改めて巨匠・虹ヶ咲欣也にじがさききんやの一人娘なんだなって感じたよ」


「本人の前では言うなよ。ああ見えて璃音の奴、対等の立場として扱ってくれる紅葉のことを嬉しく思ってるんだから」

「分かってるって」


 学校外で最初に出来た友達である紅葉もみじのことを璃音は、時に妹、または同じ漫画好きの師匠として接してきた。

 今でこそ日向たちとも仲良くなったが、海外にいた頃はそれはもう親の七光り目線で周囲から見られることが多かったとのこと。

 性格に少々難有りだが、せっかくドリルなお嬢様と良好な関係を築けたのだから、できるだけ長く続けたい。


「狭い場所で申し訳ありません。他の別荘と比べると、どうしても場所柄これ以上の大きさは不可能なようで」


「おいおい冗談だろ! この別荘よりもっと大きいところがあんのかよ!」

「海外にある別荘は少なく見積もっても全てこちらの3倍以上の面積を所有しているかと」


 2階の自室から戻ってきた璃音が恐縮した雰囲気でさらっと恐ろしい事実を伝え、一同口を開けたまま言葉を失うばかり。

 ここが狭いなら俺たちが住むマンションの部屋は何だ。犬小屋か何かか?

 出会った時以来の、璃音をお金持ちのお嬢様だと改めて認識する機会の連続に、改めて俺たちとは別世界からやってきた人間なんだと思い知らされる。


一先ひとまず中の探索は置いといて。今から泳ぎに行こうぜ!」

「しーぽん、元気良過ぎ。子供か」

「ああ子供だよ。私たちもあと二年ないうちに大人の仲間入り。子供のうちに子供を楽しまないと損だろ」


「そうそう。歩美もたまにはハメを外して一緒にはしゃごうよ♪ リミッター役なら長月くんに任せておけばいいんだからさ」


「......ならいいか」

「よくねぇよ。こっちはドリル様の面倒見るだけで手一杯だ」


 浅川の閃いたと言わんばかりの顔が腹立たしい。

 男手が一人の時点で多少の覚悟はしていたとはいえ、日向のみならず浅川まで暴走側に回ってしまうのは勘弁こうむりたい。


「安心して。お兄ちゃんの代わりに私が監視役に徹するから」

「紅葉......」

 

 曲者揃いの女性陣の中で唯一の良心である我が妹。

 気持ちはありがたいんだが、ミイラ取りがミイラになる未来しか見えない兄を許せ。

 こんなことならみなとにも声をかければ――いや、ないな。


「シスコン中申し訳ないんだけど、長月は先に浜辺に行って準備しててくれ」

「俺はいいや。夕飯の仕込みやっておきたいからお前らだけで行ってこいよ」


「「「「「は?」」」」」


 俺が何気なく放った発言により、5人がほぼ同時に刺すような視線をこちらに向けてきた。

 針のむしろになった気分でぶわと全身に鳥肌が立つ。


「こいつ正気か? この状況で一人別荘に籠るとかマジありえないだろ」

「不出来な兄で申し訳ございません」

「先ほどわたくし一人で手一杯だとおっしゃいましたわよね? 早速仕事放棄とはどういう了見ですの?」


「長月くんはもっと人の気持のことを考えた方がいいと思うな」

「鈍感も鈍さ通り越して段々ムカついてきた」


 5人に四方八方から迫られ、言いたい放題・罵詈雑言の嵐。

 想像してみろよ。

 男の俺一人が、容姿偏差値高めの女子5人に混ざってプライベートビーチで遊ぶ様を。

 シュールだろ?

 つり合い取れないだろ?

 女子たちの真夏の良い思い出作りの裏方に徹してやろうという、俺の純粋な気持ちを何故誰一人理解してくれない?

 

「だったらせめて、お前らの準備が終わるまでキッチンで仕込みを――」


「「「「「しつこい!!!!!」」」」」


 数の暴力に押し切られる形で、俺は再び炎天下が無双する外へと放り出された。

 強い音で閉められた玄関扉が一瞬開いたかと思えば、目の前にビーチパラソルを含めた休憩スポット道具一式が入った大型の袋が飛び落ちた。

 理不尽だ......。


 






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