フェイクドキュメンタリー

 あたかも本当にあった出来事であるかのように描かれるフィクションを「フェイクドキュメンタリー」や「モキュメンタリー」というジャンルで括ることがある。「本当にあった怖い話」や、本作品のタイトルに用いた「実話系怪談」がそれに該当する。リアルさを出すために、様々な演出を行うのだが、そのうちの一つに、「何か情報をお持ちの方はご一報願います」と情報提供を呼びかけるという手法がある。このような、受け手側からの発信の窓口を用意しておくと、。正確には、窓口がなくても、感想、コメント、応援メッセージの形で、この世になかったはずの情報が自然と集まる。

 これは、結局人間が一番怖い、という話の変種である。


 厳密に同じ括りに入るかどうか微妙なところだが、この物語における私の原体験は、「妖精を踏み潰して死なせてしまう」というワンアイデアにある。「妖精」という未知の存在とのファーストコンタクトの場面で、コミュニケーションをとる前に相手を圧死させてしまい、妖精が「死んだ姿の一体だけしか登場しない」ため、何の物語的展開も生じない、というプロットである(このアイデアを基にした2作品をカクヨムに公開しているが、読むほどの価値はない)。面白さより奇の衒い方をとにかく重視していた高校時代の私は、思いついた時に天下を取ったくらい興奮し、早速、仲の良かった同好の士(小説執筆が趣味だった悪友)にそれを披露して、やべえやべえ超不条理、などと教室の後ろで盛り上がっていた。

 次の休み時間に、全然親しくない近くの席の大人しい男子生徒(もうイニシャルすら覚えていない)が、「あのさあ、実は俺、昔妖精っぽいやつ本当に踏んだことあるんだけど、良くないものらしいからあんまり騒いだりしない方がいいよ」と話しかけきた。ぎょっとしながら「どういうこと?」などと聞き返しそうな実話系怪談と違い、当時の私はただ困惑して愛想笑いし、話を受け流すことしかできなかった。詳しい話を相手から聞こうとも思わず、会話を続けることもしなかった。何となく、小学生の頃、霊感があると豪語していたクラスの女子を少し思い出したが、それだけだ。当然、そんなものは嘘に決まっている。

 実際、このエピソードはここから何一つ広がらない。私はその男子生徒とそれ以降も殆ど会話しないまま卒業したし、二十年以上経った今、私の身には何も起こっていない。その生徒がどうなったかも全く知らない。現実なんてそんなものだ。


 大学院生の頃だと思うが、2ちゃんねる(現在の5ちゃんねる)のとある板で、架空の漫画作品の作中最強キャラクターの議論スレッドを立ててみたことがある。実在の漫画作品のキャラクターも、言ってしまえば架空の存在なのに、その強さを真剣に討論する数々のスレッドが、私は大好きだったのだ。特にその不毛な熱量が。『ドラゴンボール』や『BLEACH』といった、バトル系の漫画作品ならともかく、子供向けアニメである『アンパンマン』や、『よつばと!』といった日常系作品が取り上げられていたケースもあり、「ネタスレ」として、強さ議論スレッドはどんな作品でも盛り上がれるのではないかという読みがあった。

 そこで、いかにもなキャラクター名をSランクからDランクまで分類して羅列した「暫定ランキング」を作り、「直接戦ってカシンが勝ってるのにジェミニ>>カシンはありえねーだろ。ジェミ信氏ね」など、それなりの解像度でいくつかコメントを自演して書き込んだら、ノリの良い住人達が乗っかってきてくれた。あたかもその漫画作品が本当に存在するかのように皆が振る舞い始め、興醒めなことを書き込む者は殆どいなかった。こんな漫画知らない、などの「マジレス」には、無知を咎めて約百八十日間ROM(書き込みをせずに見ていること)を行うよう推奨する辛辣なレスがついた。

 当該漫画の原作者を名乗る人物がスレに書き込んできた時も、住人は概ね好意的だったし、当初は私も、面白いことを考える人がいるものだと素直に感心していた。本人降臨キター、というようなろくでもないレスが幾つか続いて、そこからその人物は淡々と、裏話を開示するようなテンションで設定を語り始めた。それは概ね、誰が強いという話を補強する、あるいは覆す、キャラクターの特殊能力に秘められた力の話だったが、それまでのレスの内容とそれに伴って更新されていた強さランキングに則って展開されており、時折、「これ以上はさすがに公開NGです」などと、話をほどよく打ち切ったりすることで、異様なまでのリアリティが醸成されていた。スレを建てた私自身が、本当に存在する漫画だと信じそうになった。そのうち、その人物はコテハン(固定ハンドルネーム)になってしまい、入れ替わりに私はスレに出入りしなくなった。こんな気分の悪い乗っ取られ方があるのか、と今でも思う。私がもう少し無軌道な若者だったら、スレッドを荒らして溜飲を下げていたかもしれない。

 今回、これを書くために、当時のスレタイ(スレッドタイトル)を思い出して検索をかけてみたが、該当するスレッドを見つけ出すことは出来なかった。最終的に、あの「架空の漫画の原作者」の支配によって、どんなスレになったのか、気になるところではある。

 

 強さ議論スレッドを乗っ取られた私は、直後に、読書ブログという体裁をとりながら、「この世にない小説の批評」を行うブログを始めることにした。これは実験でしかなかった。注意深く読めば、取り上げている本が実在しないことはわかるようになっていたし、本文が冗談であることは少し読んだだけで察せられるようにしてあった(例えば「幼い子供達が咄嗟にお互いの口の中に隠れて難を逃れるシーンでは、あまりの緊迫感に、こちらの心臓が飛び出るかと思った」のように、作中でのあり得ないエピソードが示唆されていた)。結果的に、ごくごくたまにコメント欄に書き込まれたのは、「笑いました」とか「やられた。読みたいと思って調べてしまいました」とか、「続編も面白いのでおすすめですよ(笑)」といったような、「エンタメをわかっている」側のコメントが殆どであった。だが、私は確信していた。

 奴らは来る、と。

 当然、来た。思ったよりも時間がかかったが、コメント欄のコメントではなく、プロフィール欄に載せていたフリーメールのアドレス宛にメールが送られてきた。はっきり言って、このためだけに用意していたアドレスだった。いつか使ってやる気で保存しておいたメールをここぞとばかりに転載しようとしたが、伏字だらけになることに気付いて思いとどまった。

 一人目は、私が取り上げた本の作者の妻だそうだ。作者は既に亡くなっており、誰にも顧みられなくなったと思っていた作品が今でも読まれていることがわかって感激した、という感謝から始まり、夫との馴れ初め、結婚した当初の極貧時代、夫の作品が初めて出版された時の喜び、結局鳴かず飛ばずだった夫を検査技師として支え続けた若き日の生活、第一子が産まれたタイミングで夫に作家業からの転職を勧めたこと、第二子妊娠中に発覚した夫の白血病、夫の死、女手一つで二人の子供を育て上げ国立大学に入れたこと、子供が独立してから夫が自治体に謀殺されたのだという真実に気付いたがある有名な新聞社に狙われ始め柔らかい電磁波で攻撃を受け続けていることが詳らかに記されていた。私は返信しなかった。

 二人目は、私が取り上げた本を子供の頃に好んで繰り返し読んでいた熱心な読者であり、両親の離婚によって母親と共に家を出た際に持って行くことを忘れて読めなくなり、大人になってから不意にその本の存在を思い出して懐かしくなったが、タイトルがどうしてもわからずに長年見つけられずにいたところ、今回偶然、「紙巻き煙草」「斜視」「〇〇炭鉱(※現実の地名)」の三つのキーワードで検索をかけた結果私のサイトに行き当たって、本のタイトルと作者、出版社がわかったのだと早口でまくし立てるように書いてあった。ところ、自分の憶えていた結末と少し違うような気がしたが、購入したものが第十版であって初版と異なるからなのか、あるいは自分の記憶が間違っているだけなのか判断がつきかねて困っているので、結末で主人公が家に帰れなかったのは動きの速くない目に見えない桃色でない見張り役のせいではなかったかどうか、その部分だけでも追加で考察してほしいと懇願していた。私は返信しなかった。

 三人目は、実在する大手出版社の広報部署でWEB担当をしている人物であり、当社でも以前から似たような趣向の企画を定期的に行っており興味を惹かれたのでメールをしているが、可能であればインタビューやコラボ企画をご一考いただきたい旨が丁寧に書かれており、発信元のメールアドレスも極めてまっとうなものであったので、返信のメール文面を完全に書き上げた後、念のために出版社の本社の電話番号を調べて架電したら広報部に該当する人物は存在していないという回答があり、私が調べた限り、確かにその会社で「似たような趣向の企画」が定期的に行われていた形跡も一切なかった。私は素直にがっかりした。

 現在、私がSNSを一切していないのは、このような闇深い情報提供に晒され過ぎて、不特定多数への窓口を開くことに嫌気がさしたことが主な原因である。

 私のブログは、運営元のサービス終了に併せてこの世から完全に消滅した。さして人気があったわけでもないし、アフィリエイトで広告収入を得ていたわけでもないので、悔いは無かった。憶えている人が誰もいなくなった「この世にない小説の批評」の存在価値について、この文章を書きながら少し考えてみて、感傷的な気持ちになっているが、本当にもうそれくらいの価値しかない。

 

 誰かにとってのフィクションは、もしかすると他の誰かの世界の現実なのかもしれない。


 カクヨムに細々と文章を投稿するようになってからも、私は少し警戒していた。まっとうな物語ではなく、実話系の怪しい代物しか描けない私の世界は、令和という時代においても、の現実に引っかかってしまうのではないかと。ただ、ページビューの少なさのおかげでそんなひどいことになるまいと高をくくっていた。


 で、残念ながらまた結局来たというオチである。

 反応したら負けかもと思ったが、これが一番ホラーだから、書く。書いてしまう。むしろこれのために書き始めた章だと言って差し支えない。

 公開から一週間、ページビューわずか10程度の『カフェ巡り』に出てくるNCをわざわざ私に送り付けてすぐコメント消したs××××さん、あんたのことだよ。

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