七つの不運と一つの出会い

双瀬桔梗

七つの不運と一つの出会い

 あかみねごうはツイてない一日を過ごしていた。


 期末試験終わりの土曜日の事。

 昼前に起床すると、楽しみにしていたスポーツバラエティ番組『KINNIKU』の録画データだけが、なぜか消えていた。昼食後、気分転換に本屋へ行けば、欲しい漫画は売り切れていて、別の店舗へ向かう途中で遭遇したカップルの喧嘩に巻き込まれる。うっかり女性と目が合ってしまい、腕を掴まれ、「私この子と付き合うの」と別れるための言い訳に使われたのだ。

 次の本屋にも目的の漫画は置いておらず、横断歩道を渡る際には車に轢かれかけた。前を歩く人が落とした、小さなぬいぐるみのキーホルダーを拾おうとした刹那、車が突っ込んできたのだ。

 買ったばかりのアイスは店の外に出た瞬間、勢いよく走ってきた自転車を避けた事で、地面に落ちてぐちゃぐちゃになった。自宅でも夜中に、大好きなアセロラジュースをほとんど床にこぼしてしまう。

 そして現在、散歩がてら少し遠くの自販機まで足を運ぶと、今時あまり見ないタイプのヤンキー達に絡まれる始末……。

 普段はポジティブな豪も、流石に自分の運のなさにげんなりしていると、不意にヤンキー達がビクッと肩を震わせた。

 豪が振り向くと、そこには見知った顔があった。黒をベースにした洋装を身に纏い、ムスッとした表情の大柄なその男性は、豪の恩人である。

 喧嘩に巻き込まれた時は手を取り、カップルから引き離してくれて、車に轢かれそうになった際にも助けてくれた。最後に寄った本屋では別の本を買うと言い、豪が欲しかった漫画を譲ってくれて、二つあるからとアイスを一つ分けてくれたのだ。

「こんな夜中に高校生子供が何をしている」

 男性は豪にそう問いかけながら、あかい瞳でヤンキー達を睨みつける。男性の迫力に恐れをなしたヤンキー達は、一目散に逃げ去った。

「ジュース買うついでにちょっと散歩してたんだ。にしても、またあんたに助けられたな。ありがとう」

 ペコリと頭を下げる豪を見て、男性はため息をついてから「家まで送ろう」と言い、歩き出す。

「あ、ちょっと待ってくれ」

 そう言って豪は自販機で飲み物を二つ購入すると、ココアの方を男性に手渡した。

「これは……」

「今日一日、助けてくれた礼だ。ホントはもっとちゃんとしたモノ返せたらいいんだけど、今はこれくらいしか思いつかなくてわりぃな」

「礼などいらぬ……我はあくまで指令に従っていただけだからな」

「指令?」

 男性曰く、であり、友でもある博士が考えたゲームに、無理やり付き合わされているらしい。ゲームの内容は非常にシンプルで、博士に出された七つの指令をこなしていくだけだ。


 一つ、午刻に〇〇町で男女の喧嘩に巻き込まれている男子高校生を救え。

 二つ、壱時に××の横断歩道に突っ込んでくる車から男子高校生を守れ。

 三つ、参時に人気のアイス専門店◇◇でアセロラ味のアイスを二つ購入し、一つは男子高校生に与えよ。

 四つ、夕刻に△△書店で漫画版『筋肉部隊プロテインズ』もしくは、小説『アンラッキーセブン』を購入せよ。

 五つ、零時~しばらくの間、□□一丁目一番地付近を散歩すべし。

 六つ、自販機近くで悪漢に絡まれている男子高校生を助けよ。


「……その博士は予知能力でもあんのか?」

 指令の内容を聞いた豪は、尽く自分の不運と重なっている事に驚く。

「奴の事は正直、我にも分からない部分が多い」

「ふーん……まぁなんにしても、助けてくれた事には変わりないしさ、せめてココアこれくらいは受け取ってくれよ。じゃないと俺の気が済まないからさ」

「しかし……」

「もしかしてココアは嫌いだったか?」

「いや、そんな事はない。この、独特なデザインが施された、筒状の容器に入ったものは特に気に入っている」

「だったら遠慮せずに受け取ってくれ」

 豪に無理やり缶ココアを手に握らされた男性は、「では……有難く頂戴する」と言った。豪はアセロラジュース、男性はココアを飲みながら、二人並んで夜道を歩き出す。

「そういや、七つ目の指令ってどんな内容なんだ?」

 不意に豪は、男性がさり気なく言うのを避けた七つ目の指令を知りたくなり、歩きながら問いかける。

「……この世界で、友を作れと、命じられた」

 男性は少し話すのを躊躇ためらったものの、隠す程の事でもないようで、すんなりと答える。

 その返答を受け、豪は少し何か思案した後に、立ち止まる。それにつられるように男性も歩みを止めて、不思議そうに豪をじっと見つめた。

「その七つ目の指令はクリアしたのか?」

「いや……それだけはまだだ」

「だったら俺がダチになってもいいか?」

「は……?」

 豪の突然の申し出に、男性は困惑した。意味が分からず、「なぜだ?」と問いかけると、豪はニッと笑う。

「なんか上手く言えねぇけどさ、その指令ってのは俺達を出会わせるためのものだったんじゃねぇかって思うんだ。それに、ダチになればまたいつでも、あんたと会えるだろ?」

「なんだそれは……言っておくが、我はこの世界の人間では――」

「まぁまぁ細かい事は気にせずさ、イイか、ダメか、どっちか答えてくれよ」

「……駄目ではない」

 男性は素っ気なく顔を背けるが、それは照れ隠しだと見抜いた豪は嬉しそうにニコニコしている。

「俺は紅峰豪。あんたの名前は?」

「エベレスト=ツン・デーレだ」

「これからよろしくな、エベレスト」

「あぁ……」

 まだ少し戸惑いながらも、差し出された豪の手を握り、エベレストは頷いた。

 その後、二人は頻繁にどこかへ遊びに行くようになり、次第に心の距離も縮まってゆく。


 余談だが、消えたハズの『KINNIKU』の録画データは次の日、なぜか元に戻っていた。

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七つの不運と一つの出会い 双瀬桔梗 @hutasekikyo_mozikaki

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