世界の心理 あるいは言い訳

汐留ライス

第7話

「私の店に2度来たのは、あなたが初めてです」


 つづみ書店の店主はそう言って、突き出た腹をさする。


「どうやって見つけたのですか」


「このしおりだ」


 取り出した木の葉を見て、店主はほう、と目を細める。


「こんな四角い葉っぱなんて、めったに見られるもんじゃない。生えている木を探せば、場所は特定できる」


 もちろん見つけるまでが大変なのだが、それだけの労力をかける理由が私にはあった。


「新しい記憶が読みたいのですか」


 ここは書店と言いながら本を売っていない。店の中に積み上げられた木箱に収まる、人々の記憶が書物なのだと店主は言う。


「いいでしょう。飼い犬をスープに入れて食べてしまった男の記憶がいいですか、それともサウナ奉行に勝負を挑んだ不運な侍の記憶でしょうか」


 少し興味を惹かれたけれど、私の目的はそれではない。


「なぜ私の記憶を消した」


 前回ここを訪れた時に私が読んだ記憶のことは、目が覚めると全部忘れていた。


「あんたは私が記憶を提供した時、コピーを取るから私は何も失わないと言った。なのに私はこの店で読んだ、他人の記憶についての記憶が失われていた。約束が違う」


「それはコピーを取った後の記憶でしょう」


「言い訳するな。約束を破った以上、あんたには私の記憶を返す義務がある」


 屁理屈だと自分でも思ったが、ここで妥協するわけにはいかない。


「あなた、どうしてそんなに必死なんです」


「私はあの時、世界の心理を知ったはずなんだ」


 それは真理とも違う、世界を支配する存在の大いなる意思に他ならない。


「なるほど、それがお望みですか」


 店主がつぶやくと、元々薄暗かった店の中がさらに暗くなる。


「ならば見せて差し上げよう、これが支配者の意志、すなわち世界の心理です」


 ブルーグレーの空間に浮かび上がった店主の姿が、ざっくり言うと神であるモンチャラと重なる。後ろからはタヌキのぬいぐるみに入った、邪悪魔神エンデレデが空を飛んで追いかけてくる。


 逃げても逃げても先に進めないし、足元は誰かがマッスルカレーをぶちまけたせいで、足をいくら動かしてもずぶずぶと沈んでいく。


 こんな記憶ならない方がよかった。世界の心理なんか知らなければよかった。


 私はマッスルカレーの沼に沈みながら、この絶望的な世界をいつまでも呪い続けた。


   †


「――というわけで遅刻しました」


「会社辞めちまえ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界の心理 あるいは言い訳 汐留ライス @ejurin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ