第3話

 私が見つけたライターからは指紋が出なかった。そのライターはありふれた市販品で持ち主を絞ることはできない。だが赤田係長が事件直後にライターをなくしている。


(状況から言って赤田係長が怪しい・・・)


 私たちはそう思った。だが確かな証拠はない。彼を尾行して行動を監視したが、なかなか尻尾を出さない。かなり警戒しているようだ。

 そこで私は賭けに出ることにした。直接、赤田係長に会いに行ったのだ。彼は城南署の捜査課で忙しそうに書類を見ていた。私は声をかけた。


「赤田係長。」

 

 すると赤田係長は顔を上げた。


「なんだ、君か!」

「お話したいことがあります。」


 私はそう言って、会議室で赤田係長とさしで話をすることになった。


「話とは何かね?」

「私は勘違いをしていました。犯人が階段を下りて逃げていったと。」

「違うのかね?」

「ええ、違います。犯人は階段を上がって屋上に逃げたのです。」


それを聞いて赤田係長は一瞬、顔色を変えた。だが何もなかったかのように言った。


「本当かね。しかし君は犯人の逃げていく姿を見ていないのだろう? まさか屋上には逃げないだろう。それこそ袋の鼠だ。」

「いえ、そうではないんです。その屋上から逃げられるのです。ズバリ言います。犯人は赤田係長、あなたですね。」


 私がそう言うと赤田係長は驚きの表情を見せた。だがそれを隠すために急に笑い出した。


「ははは・・・。冗談かね。どうして私が・・・」

「あなたは隣の北条ビルの張り込み部屋に一人でいた。そのビルの屋上から犯行現場のビルの屋上に渡れるのです。あなたはそのビルに渡って外階段で香川と会い、彼を突き落とした後、私に見つかり格闘になった。そして私を突き飛ばして屋上に上がり、そこでまた北条ビルに移って何食わぬ顔で張り込み部屋に戻った。」


 私がそう言うと赤田係長の顔がひくついた。彼は私をにらみつけるように見ている。


「だから悲鳴が聞こえた時、あなたは路上で張り込み中の片野刑事と西谷刑事にすぐに指示を出せなかった。それは私と格闘していたからです。2人に無線であのビルに向かうように命じたのはあなたが屋上に逃れた時、つまり悲鳴を聞いてから無線連絡まで時間がかかったのです。」


 それを聞いて赤田係長はムッとした。


「それは張り込み中だったからだ。簡単に持ち場を離れさせるわけにはいかない。周囲を確認してからあのビルに向かうように指示したのだ。だから時間がかかった。」


 それは苦しい言い訳のようにも聞こえた。だがその後に彼にこう言われてはどうにもならなかった。


「私が犯人だとする確たる証拠があるのかね?」 


 私は言葉に詰まった。証拠はない。状況しか・・・。


「そうだろう。憶測で人を疑うのはやめたまえ!」


 赤田係長は勝ち誇ったようにそう言った。私の負けだ・・・だが私は彼にこれだけは言った。


「明日、屋上を鑑識に徹底的に調べてもらうつもりです。犯人の遺留品が残されているかもしれませんから・・・。そうなればはっきりします。」

「そ、そうか。そうなればいい。」


 赤田係長は何か動揺しているようだった。


 ◇


 私はあのビルの前で張り込んでいた。すると顔を隠した男があのビルの外階段を上がって行くのは見えた。私もその後をゆっくり上って行った。彼は屋上まで上がり、そこでかがんで何かを探し始めた。暗闇の中でライターの火を灯りにして・・・。

 私は静かにそこまで上がって背後から声をかけた。


「何をお探しですか?」


 するとその男は振り返った。その顔はまさしく赤田係長だった。


「いや、なんでもない。犯人が逃げたという屋上のことが気になって見に来ただけだ・・・」


 赤田係長はそう言ってその場を去ろうとしていた。私はその腕を捕まえて言った。


「言い訳は止めてください。あなたは落としたライターをここに探しに来たのでしょう。鑑識に発見される前に。そのライターがここに落ちていると具合の悪いことになるからです!」


 私にこう言われて赤田係長は黙っていた。私ははっきりと言った。


「あなたが香川を突き落としたのですね。」


 それを聞いて赤田係長は私の顔をじっと見た。彼はもう何もかも見抜かれたと思ったのか、すべてを話し出した。


「そうだ。奴は目をつけられていたからな。このままでは俺が情報を渡していたことがばれる。だから殺そうと思った。あの日、ちょうど俺は部下とともに近くで張り込みをしていた。そして奴をこのビルの外階段に呼び出して突き落とした。俺は隣の北条ビルの張り込み部屋にいることになっているから疑われるはずはないと。」

「しかし私がそこに現れた。」

「そうだ。それで計画が狂った。まさかお前が香川を追ってきたとは思わなかった。だからとっさに罪を擦り付けそうと思ったのだ。それで俺がそこから逃れた後、片野と西谷をこのビルに向かわせた。それでお前が逮捕されたというわけだ。」

「あなたを逮捕します。もう逃れられません。」

「それはどうかな? うかつにもお前ひとりで俺を尾行してきたんだろう?」


 赤田係長はニヤリと笑った。その顔は悪魔のように見えた。。


「ここからお前を突き落とす。後は俺がこう言い訳する。お前が俺を誘い出して、ここで突き落とそうとした。だが俺が気づいて身をかわしたらお前が落ちた。お前がやはり犯人だったと。ふふふ・・・」

「そんなことはさせません!」

「それはどうかな?」


 赤田係長は私に向かってきた。私は抵抗したが、がっちりとした体格の彼の力は強く、捕まえられて柵に押し付けられた。そこを越えれば私は地面に転落する。


(このままでは突き落とされる!)


 私の体の半分はもう柵の外に出ていた。

 だがその時、辺りが明るくなった。周囲から照明が当てられたのだ。


「赤田。それまでだ。おとなしくして手を上げろ!」


 まぶしそうにあたりを見渡す赤田係長は、多くの捜査員に包囲されているのを知った。彼は驚いて私から手を離した。あまりのことに呆然としている。私は赤田係長をにらみつけてこう言った。


「もう言い訳はできません。殺人未遂の現行犯で逮捕します!」


 私は赤田係長に手錠をはめた。これで内通者は捕まった。後は麻薬シンジケートをつぶすだけだ。この男から情報が引き出せるだろう。私はやっとほっとして夜空のきれいな星を眺めることができた。

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