腐敗の女神









 …‥‥ん?俺は寝ているのか?


 ああ、そうか村のみんなから追われて腐敗領域に逃げ込んで走っているうちに気を失ったんだ……。でもそれにしては頭の下が柔らかいな。


 リフィアちゃんはそろそろ目を覚ましただろうか、体は大丈夫だろうか、レグス君やレフィアちゃんは俺を殴ったことを気に病んでいないだろうか。何より俺の後頭部は何で幸福感を感じているのだろうか。気になることが多すぎる。


 ……このまま眠っているわけにはいかないな。



 とりあえず現状を把握しようと目を開けたら


     紅


 が見えた。


 「…‥‥起きた」


 女の子の声がした。よく見てみると紅色だと思っていたのは誰かの眼だった。誰かが膝枕をして超至近距離で俺の顔を見ていた。


 「……君は誰だ?」


 「貴方はゴーレム?」


 「……は?」


 この少女は何を言っているのだろうか。というかゴーレムって何だ。前世で遊んでいたゲームにそんな名前のモンスターがいたとは思うが……。


 「ごめん、ゴーレムっていうのが何かわからないんだ」


 「貴方は岩で出来てるの?」


 本当に何を言ってるのだろうか。俺の顔はそんなにゴツゴツしてなかったと思うし普通に人間の体をしてたはずだ。どこに岩だと思える要素があるんだ。…………まさか寝てる間に俺の身体に何かあったのか!?


 自分の手を確認しようと手を顔の前に持ってこようとした途端に腕に激痛が走った。


 そうだレグス君の木刀を腕で受け止めた時に片方折れたんだった。


 「ごめんちょっと顔を退けてくれないかな」


 そう言うと女の子は顔を退けてくれた。周りには一度見たことのある腐敗領域の光景が広がっていた。


 首を動かして自分の体を確認してみたところ服の下までは分からないが目に見える部分で特に変わったところは無かった。


 「多分俺は人間だと思う」


 「そう………なら何で貴方は死んでないの?」


 「死ぬ?」


 この子は一体何を言って…‥‥‥………………………………………………………!?


 そうだ、ここは腐敗領域で中に入った生物は腐って死ぬ危険な場所なんだ。


そこまで思い至った瞬間、俺は急いで起き上がり少女との距離を取った。


 そして少女の方を見て衝撃を受けた。


 さっき見た赤い眼それと紅い髪、そして何よりその少女は


 服を着ていなかった。


 「ファッ!?服を着ろよ!」


 急いでその少女から目を背け疑問に思っていることを聞いた。


 「ここに入ったら腐って死んでしまうって聞いたけど君は何で平気なんだ?……あとなんで服を着てないんだ?」


 もしかしたらこの世界には俺以外にも状態異常を無効化出来る人たちがいるのかもしれない。


 もしそうだったら俺の特典でもらった能力の価値ってかなり低いのでは?


 「私は腐敗しないわ」


 やっぱり無効化出来る人がいたのか。


 「私は周りを腐敗させる神だから」


 ………………え?


 「腐敗領域で私が腐敗することはないわ」


 少女が何を言ってるのか理解した瞬間、俺は痛みで悲鳴をあげている体を無視して少女の首を絞めた。


 こいつが腐敗の女神か!!!


 お前のせいでリフィアちゃんは苦しんだ。村の人達の中にも死んでしまった人がいた。お前のせいで!怒りしか無かった。少女の首を絞めている自分の手に怒りのかぎり力を込めた。


 何故そんな酷い事が出来る!!


 だが少女は苦しむ素振りを見せずびくともしなかった。それどころか自分の首を絞めている手を興味深そうにペタペタと触っていた。


 「……?」


 くそっ!こいつをここで殺せたら村の人たちは救われるのに!


 だがさっき無理に身体を動かした反動からか体から力が抜け視界がどんどん暗くなっていった。


 く……そ………






 次に目を覚ました時はどこかの小屋のベッドの上だった。


 ……あの後どうなったんだ?とりあえず殺されてはいないようだが、ここはどこだ?あれからどれくらい経った?まさか腐敗の女神がここまで運んできたのか?何故?


 ぎぃぃぃぃ


 小屋の扉が開く音が聴こえた。


 どうやら腐敗の女神が戻って来たようだった。今度は服を着ているようだった。


 「………」


 奴はフフの実を両手いっぱいに抱えこちらを見つめていた。何故俺をここに運んできたのかとか服を持っているなら何故最初着てなかったのかとか聞きたいことはたくさんあったが、相手の考えていることが分からずただ起き上がり様子を見ていることしか出来なかった。


 「…………」


 「…………」


 「……………………」


 「……………………」


 奴は無言で近づいてきて抱えているフフの実を一つ手に取り俺の口元に押し付けてきた。


 「……‥」(グリグリ)


 相手が何をしたいのか分からず口を閉じたままでいたらどんどんフフの実を押し付ける力が強くなっていった。


 「……!………!」(グッグッ)


 パシッ


 「あっ……」


 フフの実を押し付けられてる口の部分があまりにも痛かったので、ついその押し付けてくる手を払い除けてしまった。


 「痛いわ!さっきから何がしたいんだお前は!?」


 腐敗の女神を名乗った少女は、俺が手を払い除けた時に落ちたフフの実を拾っていた。


 ……これじゃまるで俺の方が悪い奴みたいじゃないか。


 「これ……食べて……」


 奴は地面に落とした方を自分で食べながらもう一つの手に抱えている方をこっちに差し出してきた。


 腹が減っていたのは事実なんで一つ手に取り食べてみた。


 だがあまり美味しくは無かった。むしろ不味かった。


 新手の嫌がらせだろうか。


 「食べたら寝て」


 「さっき起きたばかりで眠くないんだが」


 だが力ずくで無理矢理ベッドまで戻され寝かされた。


 少なくとも力では勝てる気がしなかった。


 そして少女は俺の隣で横になり、俺を抱き枕のように抱き眠ったようだった。


 …………人肌に飢えているのだろうか。









 色々な意味で眠れない夜を過ごしていたら外から大きな声が聴こえてきた。


 「腐敗の女神殿!おられるか!魔王軍からの使いで参った者だ!」


 ……やはりこの子は腐敗の女神なのだろうか。なら何故俺を助けたのだろう。






 「……‥なに?」


 彼女は最初は大きな声の主を無視していたもののしつこく外で大声を出され不機嫌そうに対応していた。


 「おお!我々の贈った服を着て下さったのですな!」


 どうやら今着ている服は誰かから送られたもののようだ。


 「むっ……小屋の中に貴方以外の誰かがいるのですかな?」


 「いない」


 「しかし生命の反応が」


 「いない」


 「ですが」


 「いない」


 どうやら腐敗の女神は俺の正体を隠したいようだった。


 「ま、まあいいでしょう。しかし服を着て下さったと言うことはとうとう人間どもの土地の方に進んで下さるということで宜しいですかな?」


 「ちょっと待て!それってどう言うことだ!」


 聞き捨てならないことが聴こえてきたのでつい俺も表に出てしまった。


 小屋の外にいたのは大きな人の形をした岩の化け物だった。小屋より大きなそいつは俺を見て驚いていた。


 「人間……!?いや、まさかな。この場所に人間が入ってこれる訳がない。」


 「それよりさっきの話はいったい……」


 「むっ?貴様ここにいるのになにも知らんのか。魔王様は魔族の領土を広げたいと、ずっと昔からそこに居られる腐敗の女神殿に人間の土地側に移動してもらうようにお願いをし続けておった。だが当然ただで動いてもらおうなどとは思ってはおらんぞ?魔王様が手ずから不壊属性を付与して女神殿が着ても朽ちないようにした服やベッド、宝石などを贈らせてもらっておった。だが今まで見向きもしなかった女神殿がようやく興味を持って下さった。ようやく魔王様に良い報告が出来そうだ。」


 「服を着ろって言われたから」


 「え?」


 「貴方に服を着ろって言われたから」


 「ほう、お主が女神殿に服を着るように言ったのか。ありがたい、お主のおかげで人間どもが減り魔族の数が増える。そういえば自己紹介がまだであったな我はゴーレムのゴムス、魔王様直属の腐敗領域担当部隊の部隊長をしておる。貴様は……何族だ?まさか我々ゴーレム族以外にも腐敗耐性を持っている種族がいるとは知らなかったぞ。」


 やばいやばいやばい


 これ人間ってバレたら殺されるやつだし、何よりも俺の不用意な一言のせいで今まさに大量虐殺が始まろうとしている。とりあえず今は人間ということがバレないようにしないと。どうするどうするどうする………………もうこれしかない!


 「ア、アンドロイド族ノアイフォントモウシマス」


 い、いけるかっ……!?………流石に無理があったか?


 「お主機械系の魔物だったのか!?しかしそれならこの場所にいると腐食していくのではないのか?」


 いけたぁぁぁぁぁ!!というかアンドロイド族って本当にいるのか!?いるのはよかったけど余計に怪しまれてしまった。


 「ワタシハトクベツセイデス」


 「それに貴様さっきまで流暢に喋っておらんかったか?」


 「キノセイデス」


 「ふーむ、まあ良い今はお主のことより女神殿のことだ。では女神殿、人間共の土地側へ移動をしてもらうというのでよろしいか?」


 「……(コクリ)」


 こくりじゃないが。


 「ダメだ!頼む!それだけはやめてくれ!」


 その提案を彼女に受け入れさせるわけにはいかない!


 岩の化け物に正体がバレても良かった。今は腐敗の女神が人間側に寄るのを全力で阻止しないといけなかった。何故なら人間の土地側に近づかれて一番最初に被害を受けるのは俺が住んでいた村だからだ。このままではレフィアちゃんやリフィアちゃんやレグス君をはじめ村のみんなが死んでしまう。


 「貴様、何故邪魔をする」


 「頼む!腐敗の女神!人間の土地側に進むのはやめてくれ!俺に出来ることならなんだってする。だから!」


 「今まで我々が積み上げてきたものを壊す気か貴様!我々は遥か昔から今まで服や宝石を送り続けていた。それを貴様はなんの対価もなしに女神殿に願いを聞いてもらおうなどと!」


 「俺と!俺と一緒に美味しいご飯を食べよう!腐敗の女神!」


 「……」


 具体案は何も思い浮かばなかったが、自分が対抗出来るのはこれしかないと思った。


 俺が今腐敗の女神のことで知っていることは不味い木の実を食べていることと人肌に飢えていることぐらいだ。相手が衣食住のうち衣を使って腐敗の女神を動かそうとするのなら自分は食を使ってそれを妨害するしかなかった。


 「貴様ぁ!機械系の魔物が飯を食べる訳ないであろう!やはり人間であったか!機械系を名乗っておるのに生命反応があるからおかしいとは思っておったんだ!」


 岩の化け物は俺に向かって巨大な岩で出来た腕を振り下ろそうとした。


 あ、死んだ。


 俺は反射的に目を瞑ってしまった。


 爆発音と衝撃こそ届いてきたがいつまで経っても自分が死ぬことは無かった。


 不思議に思い目を開けると目の前に巨大な岩の残骸があった。


 腐敗の女神はその残骸の前に立ちこちらを見つめていた。


 





 …………俺を守ってくれたのだろうか?




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