第42話・それぞれの目的

翌日エヴァルスが目を覚ますとうぱの顔が目の前にあった。

「おはよ」

「うーぱ」

うぱはなぜかエヴァルスの額に手をやっている。

「エヴァ、やっと起きたな。うなされてたぞ」

タンクは既に旅支度を整えている。

視界の端に見えるメイも同様であった。

「ごめん、すぐに準備する」

どのような夢を見ていたかなど一切覚えていなかった。

だが背中に滲む汗は確かに夢見が悪かったことの証拠だった。

しかし、そのことに思いをはせる前に出発できる準備が先である。

日はまだ登っていないものの、2人を待たせていることに違いはなかった。

「勇者と言えど子どもね」

メイはその言葉を残し家の外に出た。

年下に言われるのはなかなかに癪であるものの先に起きていて準備ができている以上返す言葉もない。

「オレも外にいるから。早めにな」

タンクも外に行く。

エヴァルスは急いで準備を整えるのだった。


身支度を整え、集落を出た。

誰かに見送られるわけでもない、死出の旅。

「結局どこに進むの?」

「方向は西南」

昨日、ひと悶着あった旅の進路はとりあえず当初の予定通りの方角で落ち着いた。

森を抜け、徐々に木々が減り、岩や土が目立つようになる。

3人は会話も少なめに黙々と進んだ。

どうやらタンクはメイが苦手らしい。

普段であれば軽口を挟みながら進んでも良いものだが、ほとんどメイに話しかけることはしなかった。

メイはもともと口数の多い性格をしていないようだし、エヴァルスに関しても進んでおしゃべりを楽しむ性格ではない。

つまり、3人が3人とも口を開かずに黙々と歩くだけの状況になっているのだ。

「なぜ、お姉さんを追ってるの」

エヴァルスは先を歩くメイに尋ねた。

とてもじゃないが、親交を育むための最初の一歩目にしては重過ぎる話題だろう。

「言ったでしょう?面汚しだから私が始末をつけるの」

メイは特に気分を害する様子も無く、また歩みも止めなかった。

「それは聞いたけど。面汚しって、何をしたの?」

メイは突然足を止めた。

目の前には断崖絶壁。

反対に進むなら大きく回り道をする必要があった。

「コレは、ここで休んだ方がいいな。いい時間だ」

タンクは傾いた日を見て提案する。

ちょうど良いことに岩の反りかえった場所があり、野宿をするにはもってこいの場所であった。

「メイはここで待ってろ。なんか食える物獲ってくる」

タンクは荷物をおいて、夕食の食材を探しに行った。

2人の間に沈黙が拡がる。

転がる枯れ木を寄せて火を起こす。

うぱはその火にあたって暖を取った。

「禁呪を開いたの」

2人も火のそばに居るとメイがぽつりとつぶやいた。

「何の話?」

「面汚しの話。私が追いかける理由」

エヴァルス自身も忘れていた質問に律儀に答える。

「お姉さんの?」

「そう。あの集落に封じられていた術式を姉が解いてね」

ぽつりぽつりと言葉を溢すメイ。

「仕方ないのよ。誰かが責任取らないといけないし。こう見えて私、魔力量2番目だし」

2番目という言葉に含みを感じたエヴァルスは、誰が1番かは尋ねなかった。

「ただいま。今夜は腹いっぱい食えるぞ」

タンクが大トカゲを担いで戻ってきた。

「すご……」

「タンク、大変だったでしょう?」

タンクの肩幅よりも大きなトカゲを見て目を丸くする2人。

うぱはタンクの頭に飛び乗り、撫でている。

「見た目に比べて大したことなかった。こんなトカゲ出てくるのも魔王の影響か」

タンクはどさりとトカゲを下ろすと肩を回した。

「多分、禁呪のせい」

メイはナイフでトカゲを捌きながらつぶやく。

「どういうこと?」

どうやらメイが魔王よりも姉を追うことを優先していた理由がそこにあるようだ。

封じ込められていた禁呪は周囲に影響を及ぼす。

その影響はそのものの本質を増大させるということだった。

強い者はより強く。

速い者はより速く。

影響は能力だけでに留まらず、その者の精神も変えてしまう。

優しき者はより優しく。

そうでない者は本人では抑えられない衝動に駆られる。

「完全に純粋な人なんていないでしょう?人間だけじゃない。生き物は自分のために生きる。このトカゲは影響の成れの果て」

禁呪の影響で巨大化しているトカゲを火にかける。

「お姉さんは、なんでそんなものを解いたの?」

「知らないわよ、すぐに出ていってしまったし」

メイは自分の手に浮かぶ紋章を撫でている。

その表情からは何も読み取れなかった。

「禁呪は書物もほとんど残ってなくて。封じ込めるために封じ込められてるって感じだった。私にもよくわからない」

「まぁ、オレとしたら魔王討伐を手伝ってくれるなら文句は言わねぇよ」

タンクは2人の間に割って入り、焼けたトカゲ肉を渡す。

「元々手は足りてないんだ、ちょうどいいだろ」

あまりの言い草にエヴァルスが顔をしかめる。

しかし、当のメイはトカゲ肉を受け取りと頷いた。

「そうね。それくらいで接してくれた方が私も楽かな」

お互いの目的に協力する仲間、その距離がメイにとっては都合がいいらしい。

「決まりだな。魔法、頼りにさせてもらう」

「こちらこそ。私より先に死なないでね」

2人は手を差し出した。

「縁起でもないこと言うなよ」

「そう?前衛だから死にやすいと思うけど」

この会話はお互い遠慮なくなったと見ていいのだろうか。

エヴァルスは肉を頬張りながら眺めるのだった。

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