男らしいいいわけ【KAC20237】

カイエ

男らしいいいわけ

 子どものころ、いつも親に「いいわけしたらダメ」と言われていました。


 ぼくの子どものころは、まだ躾のための多少の体罰は許容される空気がありましたので(昭和生まれなのです)、だいたい毎日悪いことをしていたぼくは、だいたい毎日、オヤジに叩かれていました。


 叩く方も叩かれる方も慣れたもので、今ならナイトルーティーン動画にオヤジに叩かれるシーンを入れなければならなかったでしょう。


「こらーっ! カイエーッ!(げんこつゴツン)」

「ギャフン! 父ちゃんごめんよー!」


 みたいな感じです。


「体罰 = 不当な暴力」という風潮の現在、こんなことを言うと「どんな暴力オヤジに育てられたんだ」と誤解を招きそうですが、そんなことはありません。


 オヤジもオヤジで子どもを叩くのはすごく嫌みたいで、しまいにには「親の役目として叩かないわけにもいかないが、おかげでストレスで胃に穴が開きそうだ。お願いだから叩かれるようなことをしないでほしい」と頼まれたりしました。


 無駄でした。

 しまいには泣かれました。

 子煩悩でいいオヤジでした。


 いかにも昭和の人って感じですが、いつも子どものことを最優先するような人で、スポーツ万能、陽キャでパリピという、ぼくとは真逆の人です。


 血のつながりがないのではと疑ったこともありますが、バチクソ血がつながってました。


 ▽


 そんなオヤジが嫌うのは「ウソ」と「いいわけ」でした。

 この場合のいいわけとは、ウソとニアリーイコールです。

 本当のことを言うのはノーカンとしましょう。


 曰く、いいわけはんだそうで、なんだその理由と思わなくもないですが、まぁ昭和の価値観ということでそれは置いておきます(そんなことを言ったら、姉や妹はいいわけをしていいことになります)。


 でも、こちらとしては、いいわけをするのは「なんとかして叩かれずにすます工夫」なわけです。


 いわば、戦いにおける防御です。

 ノーガード戦法を強要されても困るわけです。


 ぼくとしては、プシュケーが穢れることはしていないという絶対的な確信があるので、どんなに叩かれてもやりたいことを止める気もなければ、やりたくないことを言われるがままやる気もありません。


 叩いたりせず、「なぜそんなことをした」と聞いてくれれば、正直に答える用意はあります。


 でも、叩かれるとやっぱり痛いし、痛いのは嫌だから、必死になっていいわけをします。


 いいわけをした分、ゲンコツが増えました。


 子どもを叩いたらダメな最大の理由は、暴力だからじゃなくて、悪いことを反省するよりも、隠蔽することを優先するようになるからだと思います。


 ▽


 さて、大人になるとさすがに上手く立ち回るようになりまして、ゲンコツを食らうことはなくなりました。


 生きたいように生きているのはなにも変わりませんが、そもそも「人を怒らせるようなことはしたくなくなった」わけですね。


 そのかわり、アホなことを言うと「アホ!」と言って額をピシャリと叩かれるようになりました(速すぎて避けられない)。


 オヤジが死んだ時真っ先に思ったのが「もうあの『アホ!』が聞けないのか」ということで、それを思った瞬間にもう涙が勝手に溢れて止まらなかったことを覚えていますが、今はそんなことはどうでもいいです。


 それよりももっと前、オヤジの生前の話です。


 ▽


 オヤジは食い道楽な人で、髪が真っ白になっても、油物でも濃厚なラーメンでもガンガンいける男子中学生みたいな胃袋を持っていました。

 それが災いして、医者に「しょっぱいものと脂っこいものはだめ」と禁止されました。


 ですが、どうしてもそれが我慢できない人でした。

 ぼくはオヤジを「異常食欲者」と呼んでいました。


 いい歳して、隠れてこっそりしょっぱいものを食べるわけです。

 カレーとか、しょっぱくて油っこくて最悪だと思います。

 しかも匂いでバレます。

 本当のアホはオヤジなんじゃないかと思います。

 額をピシャリとやってやりたいです。


 だから母と娘二人にめっちゃ叱られます。

 ぼくはそれをゲラゲラ笑って見る係です。

 オヤジは叱られると、いつもしょぼんとしてました。



 そんなある日、いいお肉を頂きまして、すき焼きをすることになりました。

 オヤジには別途、味を上品にしたお肉料理を作っていたのですが、ちょっと目を離した隙に「サッ」とすき焼き鍋からしょっぱい肉をとって口に運ぶところを目撃しました。


(!?)


 電光石火の早業です。

 すごく嬉しそうにもぐもぐごくんと証拠隠滅するところを見てしまいました。


 いや、よくない。

 良くないぞこれは。


「オヤジ?」

「!!」


 オヤジはぼくに目撃されたことに気づき、サッと顔色を変えました。


「ダメじゃん、しょっぱいもの食べちゃ」

「……」

「オヤジのために、ちゃんと別に美味しいやつ作ってくれてるじゃん」

「……」

「みんな、オヤジの体のこと心配して、工夫してくれてるじゃん」

「……」

「なんでそういうことするかな?]

「……」

「いいわけがあるなら、言ってみ?」


 さて、このオヤジ、どんないいわけをするのかなーと思って見ていますと、苦渋に満ちた表情で絞り出すように、


「……おいしそうだったんだ……」


 と言いました。


 ははぁ、これが男らしいいいわけってやつかと思いました。

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