ネオ・ビジネス謝罪文

たかぱし かげる

『この度は大変なご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ございません。』

「待って待って待って!」

 渡した書類を読むなり上司はすっとんきょうな声をあげた。

 手にあるのは私の書いた謝罪文下書き。

「なんで、なんでこの一文だけなの!?」

「はあ」

「これで謝罪が済むと、そう思ってる!?」

「まあ」

「違うでしょ! ぜんぜん駄目でしょ!」

 つば飛ばすの、やめてほしいなあ。

「まずは謝罪。丁寧に陳謝の言葉。次に不始末の起きた理由。こちらに非はあったけれども、致し方ない事情もあったとご説明。そして再発防止の対策案。二度とご迷惑をお掛けしないという決意をお伝えする。これが、これが謝罪文のテンプレでしょ!」

「ああ」

「分かったらすぐやり直して! すぐ! すぐだよ!」

 頭の上で12時のチャイムが鳴った。まずはランチにするか。


『この度は大変なご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ございます。……』

「待って待って待って!」

 渡した書類を読むなり上司はすっとんきょうな声をあげた。

 手にあるのは私の書いた謝罪文下書きその2。

「なになになに!? 『申し訳ございます』ってなに!?」

「はあ」

「『申し訳』は『ございません』でしょ!?」

「まあ」

「どういうつもりで『申し訳ございます』とか書いたの!?」

「ああ」

 なんで分かんないのかなあ、と思う。

 面倒くさいけれど説明するしかないようだ。

「ほら、申し訳って、『申す+訳』でつまり『いいわけ』の謙譲語じゃないですかあ。『申し訳ない』は『いいわけしようもない』なんですよお。『申し訳ございません』って言っておいて『でもしょうがない理由があったんです』とか続けたら、読む人も困っちゃうじゃないですかあ。『申し訳ございます』って正直にお伝えするのがビジネスマナーかなあって」

 上司は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「屁理屈言うな!」

 ろくすっぽ読まず謝罪文下書きその2は突き返された。

「やり直し!」

 むうん。

 いいかげん自分のミスなんだから自分で書いてくれないかなあ。

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ネオ・ビジネス謝罪文 たかぱし かげる @takapashied

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