第2話 最早邪神





 目が覚めたら自宅のベッドの上でした。


 なんてオチを期待していたが、目を開ければ木々の隙間から青い空が見える開放感たっぷりの外、昨日は私がキャパオーバーしてしまい何も考えたくないとシャットダウンした私は、リリーちゃんにお願いしてその場で野宿してもらったのだ。


 正直、魔物がいる世界なんだよね…と思ったりもしたが、リリーちゃんが結界をはれば大丈夫と言うので任せることにした。

 

 リリーちゃんが何処からともなく取り出した寝袋に入り、大人なのにすみません…と言いつつ即寝し、泥の様に寝てしまったのだ。

 

 神様見習いなのにホントスミマセン…


 昨晩の薪が燻っているのか風に吹かれて薪の匂いが漂う

神になるために放り出されたこの世界、やってる事は駆け出し冒険者のようだが…まぁ、神様修行と思う他かない。


 正直…未だに自分が死んだ実感がないが、実は死んでなくて事故にあったせいで意識不明の昏睡状態、そこで見ている夢なんじゃ無いかと思っていたりする。

 そうでなければ、こんな突拍子もない話、元の世界でモブ中のモブの私に回ってくるはずもない。


 寝袋から起きる気力がわかずそのまま盛大なため息を吐く、これが夢の中だったとしても1日目から最初の村にも辿り着けない私


前途多難


 取り敢えずは魔術と体術と武術を多少なりとも扱える様になるのが賢明だろう。

リリーちゃんに指導してもらうしかないな、さっそくリリちゃん無しでは生きていけない私です。


 もそもそと寝袋から這い出すと


「おはようございますタキナ様、昨晩はよく眠れましたか?」


 焚き木の向こう側にちょこんと座っているリリーちゃんのモーニングスマイルが目に入る。

可愛いは正義デスネ!!枝を焚き火にくべるリリーちゃんに笑顔を向けて


「おはようございますリリーちゃん、お陰様でよく眠れました。

リリーちゃんは眠れましたか?」


いそいそと寝袋を畳んでいると


「私は睡眠を必要としませんので夜通し起きておりました。

タキナ様も本来、睡眠は不要なはずなのですが寿命のあった人間の時の名残でしょうか?

しばらくは適度な休息が必要かもしれませんね。」


「えっ…」


私の反応にリリーちゃんが可愛らしく小首を傾げて、ご存知ありませんでしたか?と目が言っている。


寿命があった人間の名残????


えっ…今、私は人間じゃない?寿命がない?


 いやまぁ、神ってことは、まぁ…そう言う…事…かっ、今更ながらに人間を卒業していた事を改めて思い知らされ、2日目もすでにキャパオーバーしそうです。


 がっ、処理落ちする前に考えるのを止めよう!

そうしよう!そうしましょう!


 その後、追撃のように食事も必要ない。と言われて打ちのめされかけたが、食べようと思えば食べれると言う事だったのでちょっと安心した。


 少し日が高くなってから、気になっていた魔術の事をリリー先生にご指導いただく事になった。

幼女教師による魔術講座を聞くため私は正座待機する。

 

 これまた何処から取り出したのか、ホワイトボードとリリー先生の手元には見慣れた黒の水性マジックがある。

 身長の低いリリー先生は足場まで用意して完全に森の中の青空教室、時折り香る湿気を帯びた森の匂いの中で授業が開始された。


 コホンと軽く咳払いをしたリリーちゃん


「それでは僭越ながら私が魔術について解説させていただきます。

 ですがその前に1点、タキナ様のお力について訂正を致します。

タキナ様に与えられたお力は魔術と言っていますが、便宜上そう言っているだけでこの世界の者が使う力と、タキナ様がお持ちの力は全くの別物です。」


「えっ…」


いきなり???

間抜けな私の声を聞き流してリリーちゃんが続ける。


「この世界の者達が使う魔術は魔精霊と契約して魔法を行使するのが一般的です。

人間、エルフ、ドラゴノイドに獣人の人型種族を以下「人種」と呼称しますが、人種は体内に自然界には存在しない純度の高い魔力を持っています。

 しかし、体内に魔石が無いため力を溜めておけない上に魔力が少ないため、あっという間に使い切ってしまいます。

ですので魔精霊の御馳走とも言える純度の高い魔力を契約の対価に、微量の魔力で大火力を出すことのできる魔精霊を使役するのです。

 因みに魔獣やドラゴンは体内の魔石に魔力を貯めて力を使いますが、創造主様の召使の方が仰っていたように世界に負の感情が多くなり過ぎると、魔石がその負のエネルギーを吸収し強化され、魔獣の凶暴化、分裂をしてその数を増やしていきます。

 魔術研究が盛んなサンタナムでは魔石の研究も行われており、魔獣を討伐して得た魔石を使用して魔具をつくり、魔法を行使したり動力源としている様です。

 タキナ様のお力ですが、体内にある魔力…と言いますか、神の力を無尽蔵に使用することがきます。

どんな攻撃をしたいか、どんな風に使いたいか、それは全てイメージにより具現化される万能な力となります。

 本来はイメージトレーニングが必要なのですが、タキナ様の居られた国のアニメの戦闘シーンを思い浮かべていただければ、割と直ぐに使用出来るのではないかと思っております。

 以上がこの世界の魔術とタキナ様のお力との違いとなります。

ご清聴ありがとうございました。」


プレゼンテーションよろしく締め括ったリリーちゃんに拍手を送りつつ、サラッとアニメって言ってたけど私の世界の知識もあるとは何でも有りなんですねリリーちゃん

それにしても…


「神の力が無尽蔵ってチートすぎません??」

「神ですから」


間髪入れずに返すリリーちゃんに、ごもっともですとしか返せない。

万能が過ぎるな…さすが神…


 その後、魔術ならぬ神力のイメトレの練習を行い、ちょっと武術と体術使えるようになっとこう!と言う軽い気持ちでリリー先生に指導をお願いしたところ、軽くどろこかみっちり仕込まれてしまった…。

 

恐るべし幼女…


 武器なんて触ったこともないのに、剣でも槍でも手にすれば自然と背筋が伸びて構えられる。

リリー先生、私を殺す気ですか!?という猛攻を私の体に誰か乗り移ってません?と思うほど難なくいなす。

自分が怖い…半泣きになりながら疲れも睡魔も感じない体になった筈なのに、どっと疲れる。

神様2日目にしてこの世界をログアウトしたくて仕方ありません…


 では早速、実践行ってみましょう!と翌々日、リリー先生のスパルタ実践術で魔獣の出る森に放り込まれ数分で象のように大きな茶色い熊に出くわした。

 

 でかいでかいでかい!!!しかも目が赤く光ってるし!!

牙を剥いて向かってくる熊に慌てて構え、氷の槍をイメージして作り出し、熊に向かって槍を飛ばしてぶつけるが、そんな事はお構いなしと突っ込んでくる。


 ちょっと!神の力は!?威力調整どうやってやるの!?


「タキナ様は力を出すことを恐れている様ですね。

恐る恐るやる必要はありませんよ」


すんでの所で熊の突進を避ける。


 そんなこと言っても動物殺した経験なんてないし!力使うって言われても!!!


ヒィィィィィー!!!


泣きそうになるのをなんとか堪えて、先ほどよりも殺気?を持ったつもりで槍を作って飛ばす。

 今度の槍は熊の身体を掠めた


「やった!」


攻撃が入った!!

とは言えかすり傷程度、再度槍を出現させて先ほどのように飛ばすが最も簡単に薙ぎ払われる。


 このままだと殺されると言う焦る気持ちでジリジリと後ろに下がる。

逃げたいんですけど!!


私とは真逆に余裕げな熊は薙ぎ払った爪からスラッシュ攻撃を繰り出す。

それを真横に飛んで転がるようにかわす。

命のやり取りなのだ…熊もそう簡単に倒れる訳がない

熊から距離を取る為に攻撃を続ける


怖い…殺される…


だと言うのに、何故だか妙に気分が高湯してくる。


 この気持ちはなんだろう…何故かよく分からないけど楽しくなって来たような?自然と口角が上がっていくのがわかる。


 熊との攻防が続く


死にたく無い!


楽しい…


怖い!


楽しい


死ぬのは怖い…


けれど楽しい!


 まるで内側から何かに塗り替えられて行くような、ドス黒い残虐性に満ちた感情が湧き上がる。


 頭では呑まれてはいけないと考えているのに、そのドス黒い感情に抗いたくないと思ってしまう。

あぁ…この高揚感に呑まれてしまいたい!けれど手放してはならないと歯を食いしばる。

 

 乱れる思考の中で真正面から向かってくる熊、必死に繰り出した私の槍が今度は熊の肩を深く抉り血が流れ落ちる。


熊の苦しそうな顔…


ダメなのに手放してはダメなのに


でも…もう…


「フフッ………アハハハハハハハ!!

さぁ!!どぉーした?本気でかかってこい!

私を殺して見せろ!さもなくば地に這いつくばって無様に死ぬのは貴様だぞ!!」


そう叫ぶと同時に熊が先程とは比べ物にならない位の咆哮を上げて突進してくる。


 それを品性のかけらもないニヤつき顔で熊を見据えながら強くイメージすると、熊の頭上から無数の黒い槍が雨のように降り注ぎ獲物を地面に串刺しにする。


 串刺しにされた熊が力無く呻き声をあげ、そして絶命した。


 熊の身体から滝の様に流れ落ちる血、初めて己の手で生き物を殺したと言うのに私の中にあるのは恐怖ではなく、弱者を力でねじ伏せた高揚感


あぁー、なんて愉快!!

まるで自分が最強にでもなったかのような感覚、とてつもなく気分が良い。


 両手で体を抱き込み高揚感に身悶える。


「クッ…アハハハハ!!最高の気分だ!!

アハハハハハ…ハッ…は…はは…はぁ!?」


辺りに立ち込める血の匂い

先程までそれを見て興奮していたというのに、急速に冷まされる高揚感、それと同時に襲われる焦燥感


あっ…あれ?私、今どうなってました??


自覚はあるし記憶もある

間違いなく自分自身がしでかした事…


「タキナ様、ハイになってらっしゃいましたね。

目がいっちゃっていました」


「んぐっ!!!」


 とんでも無いぶっ壊れ方をしていた私を見たにも関わらず、割とあっけらかんとしているリリーちゃんの肝の座り具合に些か救われる。


「神の力は精神と直結しているそうなので、神ではなく人が使うと奥底にある内面が引き出されるのかもしれませんね。

タキナ様は元が人ですから、そのせいかと思います。」


なんという事でしょう…。


 ハイになって偽善者と言う化けの皮が剥がれた上、絵に描いたような人間の醜悪さと残虐性を詰め込んだ私の本性現ると言う事ですか!?

ここまでヤバい人だったなんて私自身が驚きですよ!

これは世界再生するどころの話では無いのでは?

もはや、神は神でも邪神なのでは?

誰ですか、善良な心で自己を犠牲にして他者を救ったって言う人は?




「完全に人選ミスですよぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!」




天に向かって大声で吠えたが、虚しく空に消えていった。

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