言い訳は聞きたくないと言われたので黙りますが「殿下、そのヒロインはヤンデレです」

寄紡チタン@ヤンデレンジャー投稿中

「殿下、彼女はヤンデレです」

「ディナ、君との婚約を破棄させてもらう」


 我が国の王太子であり私の婚約者であるアルフ殿下は舞踏会の最中に突然そう言い放ったのです。


「君は級友であるミラを平民出身だからという理由だけで蔑み、公衆の面前で数々の暴言を浴びせてきた。そのような女性は未来の妃に相応しくない」


「違います、聞いてください殿下! これには理由があるのです」


 殿下はか細く震えるミラの肩を抱き、まるで私が魔女だと言わんばかりに声を荒げる。魔法の能力は彼女の方が数倍上だと言うのに。


「言い訳は聞きたくない!」


 恋と怒りで頭に血が上った殿下は私の真っ当な「理由」と「言い訳」の区別をつける事すらせず、話を聞くつもりは一切無いようでした。


「・・・・・・かしこまりました」


 私の言葉が全て言い訳に変わってしまうのだと悟り、私はその場で首を垂れることしかできません。


 アルフ殿下に恋心は無くとも貴族の娘として、王太子の婚約者として、誠心誠意尽くして来たつもりだった。情が無い訳でもない、婚約破棄されても構わないからせめて、あの事実だけ伝えておけば・・・。


「ミラは、ヤンデレなのです」




 ヤンデレ。というのは貴族の娘達の間で流行している言葉で、深度の最大単位ヤーンと愛の神デレオンを掛け合わせた造語です。

 神話における女神デレオンは愛に狂い夫を何度も生き返しては喰い殺すという恐ろしい神であり、「デレオンのように深い愛を持つ女性」という意味で愛が重たい女性をヤンデレと呼ぶことがあり、若い女性は嫉妬深いエピソードと共にヤンデレという言葉をたびたび使いました。



***

 私が初めてミラと出会ったのは、殿下とミラが初めての挨拶をかわして直ぐのことです。


「あなたがミラさんね。私は……」


 声をかけた時に既に、彼女はヤンデレの眼をしていました。


「あぁ、アルフ様。なんて素敵なのかしら!」


 私の挨拶など気にも留めずに、彼女はぼんやりと虚空を見詰めていました。


「サファイアブルーの瞳に白銀の艶やかな髪。脳に響くような魅力的な声。そして平民の私に声をかけてくれる心の広さ。四角い爪先に薬指のささくれ、左耳の傍の小さなホクロ、右寄りの旋毛、長く整ったまつ毛と少しバランスの悪い下まつ毛。瞼が少し重たいのも蠱惑的。ハーブ系の香水に紛れた男性的な香り、美麗な顔立ちと角ばった手首のギャップ。さり気なく小首を傾げる仕草と女性に妄りに触れないようにとする注意深い距離感。穏やかで芯のある喋り方も素敵、品があるのに何処か親し気で私が怯えないようにわざと軽い口調を選んでくれたのだとわかるわ」


「あの、ミラさん?」


「この学園の貴族は皆美しい方が多いけれどアルフ様に比べれば幼児のお絵描きと稀代の画家の秀作程の違いがあるわ。あんなに見た目も心も美しい男性初めて見ました。あの素敵な方が私に声をかけて下さった。気を遣って下さった!天井人と言っても良い程に麗しいあの殿方の事をもっと知りたい! 近付きたい!!」


 婚約者の私が言うのはどうかと思いますが、正直殿下は特別に美しい容姿ではありません。


「あれだけ美しい貴族の方ならばきっともう婚約者がいる筈。いないにしても多くの令嬢が彼を狙っているに違いないわ……ダメ! 身分違いとは分かっていても彼が他の令嬢に言い寄られる姿を想像するだけで頭が可笑しくなりそう!!」


***

 その後、私がアルフ殿下の婚約者だと知ったミラは私に対してあり得ない程の敵意を向けてきました。それはそれは巧妙に密やかに。


「例え貴女が有力な貴族の御令嬢だとしても決してアルフ様の婚約者には相応しくないわ。だって貴女はアルフ様が王太子で無かったら彼と結婚したいと思わない筈だもの。王太子としてのアルフ様しか愛していない偽物の愛しか持たない方には絶対にアルフ様を譲るわけにはいかない。気に障ったのならば無礼と言って殴ればいいわ、平民の私が何故この学園に入れたかを思い出させてあげますから。刺し違えた時に先に命を失うのはどちらでしょうね」


 一部の王族にしか使えないと言われている光属性の魔法を操り、学園最強の魔力を持つミラにそう囁かれた時の私の怯えた表情は、さぞかし滑稽だったでしょう。令嬢としての毅然とした態度何て取れる筈もありません。


「あの教師、アルフ様に触った。許せない。教師の分際で神聖なるアルフ様に触れることが出来ると思っているなんて勘違い甚だしい。きっとあの女、アルフ様の美しさに魅了されて欲望を抑えきれなくなったのね、危険だわ、このままではアルフ様が穢されてしまう。安心してください私が必ず仕留めて見せますから」


 彼女は魔法の才に溢れ世渡り上手でした。そして何より一切手段を選ばない行動力を持っており、並大抵の人間は彼女が本気を出せば様々な意味で消し飛んでしまいます。


 私は貴族としての後ろ盾、学園での人脈、王太子の婚約者としての立場を駆使して長い間彼女の計略を避けて来たけれど、ついにその策略にハマってしまったのです。正直、いつかは根負けしてしまうだろうと思っていたので婚約破棄に関してもそこまで驚きではありません。


 なので、私が婚約者で無くなる分には構わない。令嬢として恥ではあるし舞踏会で蔑まれたりはするでしょうけど、うちは名のある家柄ですしお父様が新たな相手を探して来てくれることでしょう。国外追放されるわけでも無いのですから、別にこれからなんとかなります。


 ただ、問題は、もし殿下があのヤンデレな平民を愛してしまったらどうなるのか、それを考えると心配でならないのです。この国の未来と、幼いころから傍で見ていた殿下がどうなってしまうのか、私は不安でならないのです。それほどにあの女は危険なのです。


 ですが、私の「言い訳」を聞いて下さらない殿下にそれを伝える術はもうないのです。





****

 ―――数十年後―――

「号外だよ!新たな王子様がお生まれになったよー!」


 本日は第30王子の誕生パーティーで、街中が賑わっている。年に29回あった王子様の誕生日は今年から30回に増えるらしい。王国民の祝日は売上が伸びるので新聞売りの平民である僕からすれば王子様が増えるのは嬉しいニュースだ!


 国の実権を握るミラ女王はご懐妊の度に若々しくなり、平民からの指示も高い。女王のおかげで我が国はとても豊かになり、経済はすごく安定している。戦争も大きな政治的問題も無い。ここ数十年、国王が顔を出すまでも無く全ての問題が解決しているらしい。


 噂によるとアルフ国王は一目見た女性全てが我を忘れて惚れてしまう程の絶世の美男らしく、僕も母さんも一度も見たことが無い。かつてアルフ国王に惚れた女性を正気に戻すために国内の3割の女性が遠い地に送られたことがあると聞いた、それほどまでに危険な魅力を持つ国王様を僕は密かに見てみたいとも思っている。

 国王様が何処にいるのか、どうすれば会えるのか女王以外は知ることが出来ないし探ることは大罪だ。こうして頻繁に聞く王子御誕生のニュースで王様の安否は確認できているけど、いったいどんな暮らしをしているのだろう。


 僕は手元の新聞を見た。

 そこには美しい白銀の子供達に囲まれたミラ女王が笑顔で映っている。女王のコメントはいつもと一緒。

『この世界で最も愛おしい人の為に私はあるのです。愛する家族の幸せが私の幸せです』

 これは30人の子供達、そして僕達国民全員を愛する家族だという女王の優しいお言葉だ。国民全員を愛しているからこそ平民にも貴族にも優しい政治が行えるのだと大人たちは言っている。


 新たな王子様も含めて、今日もこの国の国民は全員笑顔だ。







 たった一人を除いては。

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