多重人格者のいいわけ

@aiba_todome

いいわけ

「ねえ、仕方なかったんだよ、”きみ”」


 彼は柔らかい口調でそう言った。別に聞こえたわけではない。頭の中で中性的な声が再生されただけだ。


「そんないいわけで済むわけないだろ」


 ”僕”も頭の中で言い返す。本当に困ったことになった。

 ”僕”は自分の住むアパートの部屋にいた。床には人が倒れている。女の人で、黒っぽい派手なデザインの服を着ている。


 ”僕”、あるいは”彼”がやったことだった。


「正当防衛ってやつだよ。刃物を持ち出して”私”に切りかかってきたんだから。どうにかして止めるのが筋だろう?」


「だからといって電気はないだろ。スタンガンを首元になんて。見てよ、見るからに脳をやられているぞ」


 女性はびくびくと痙攣して、股の下からは液体が漏れてきている。


「あーあ、困ったなあ。掃除するのは”私”なのに。この子はいつもそうだ。面倒ごとはいつも”私”に押し付けて、ちょっとでも嫌なことがあるとカッターを取り出すし。遅かれ早かれこうなる運命だったんだよ」


「それは僕たちの方にも問題があっただろ」


「この子の問題さ。”私”たちに何の罪があるって言うんだい?生まれた時からこうなのに」


  ”彼”はぬけぬけと言い放つ。確かに”僕”たちにとって、この症状は先天的なものだが、それを好き勝手に活用した部分は”彼”にも、そして”僕”にもある。責任を取らないわけにはいかない。


「とりあえず救急車を呼ぼう。細かいことは”僕”がやる。”私”は奥に行ってくれ」


「了解。”僕”。やっぱり君が主導権を握る方がいいよ。恋人だっているんだろ?この子を始末できてよかったじゃないか」


 ”彼”は捨て台詞を残し、ほくそ笑みながら意識の奥へと去っていった。

 ”彼”の言う通り、”僕”には付き合っている女の子がいる。そのことが”彼女”を追い詰めてしまったのかもしれない。

 ”彼女”に呼びかけてみるが、返事はない。電気ショックで脳の一部に障害が起きたのか。

 ”彼女”はもう目覚めないのかもしれない。なんとなくそう思った。




 ”僕”はのろのろと起き上がる。頭がズキズキするが、幸い命に別条はないようだ。

 鏡に写った顔は酷いもので、ぐちゃぐちゃになった化粧の下で、青黒いクマだけがはっきりしている。垂れ流された小便が、脚に残って気持ち悪い。


 やはり女性の体には違和感がある。こんな”僕”を好きでいてくれるあの子には、感謝してもしきれない。

 一人きりの部屋で、”僕”は痛みをこらえながらスマートフォンをとった。


 誰かに頼ることはできない。主人格の”彼女”がいなくなり、”彼”にやる気がない以上、この体を動かせるのは”僕”だけなのだから。


 まったく多重人格者は楽じゃない。特に性別が女で、別人格が男の場合なんかは。

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