歴史女子の恋愛戦争

どこかのサトウ

この女性はきっと武田軍

 喫茶店に入り、注文を取りに来た女性スタッフに日替わりコーヒーセットを注文した。

 スマートフォンを触りながら、運ばれてくるのを待つ。

「おまたせしました。本日の日替わりコーヒーセットです」

「ありがとう」

「ごゆっくりどうぞ」

 祝福の一時を過ごそうと思っていた矢先の出来事だった。


「許してくれ。この通りだよ。約束をすっぽかしたのは謝る」

 目の前のテーブル席、そこで女性と向かい合って座っている男性が発した言葉だった。

 こちらからでは、その男性の後頭部しか見えず、表情まではわからない。ただ男の言葉からは申し訳ないという気持ちが滲み出ていた。

「だから、この名刺は何ですかって聞いているんです」

「えっと……」

 男は言い澱んだ。

「にゃんここにゃんこ、にゃんにゃんこクラブですか。みぃって誰? また遊んでくださいねって、これって女の子の文字ですよね?」

 どうやら修羅場のようだ。不穏な空気が漂っている。

 これは下手な言い訳はできないだろう。

「貴方のワイシャツの胸ポケットから出てきたんですよ?」

「上司に誘われて、断りきれなかったんだよ。決してっ、決してそういう如何わしいお店じゃないから! 誓ってもいい!」

「ふーん、ではどんなお店なんですか?」

「ただの猫喫茶だよ。お客さんがずらっと並んでさ、猫ちゃんのファーストインプレッションで選ばれると遊べるんだ。選ばれたからには遊ばないといけないだろ?」

 そう言って、男性は女性に力説する。

「名刺のメッセージはもちろん、店員さんだよ」

「そうなんですか。それなら仕方ないですね」

「うん」

 どうやら女性は仕方がないと許すようだ。


 携帯で検索すると、如何わしいウェブサイトが出てきて驚いた。

 どうやら男は嘘をついているようだ。

 スマートフォンの画面を、女性に見えるように手を伸ばし、心の中で思う。

 ——リア充、爆発しろ!

「ところで、武田信玄って知ってますか?」

「えっと、戦国武将の、だよな? 格好良いよな!」

「はい。色々な名言を残しているんですよ。今度調べて見てくださいね。それじゃ、私たちの関係は今日で終わりです。さようなら——」

「えっ、待って——」


 決まった。侵略すること火の如し!


 女性は目の前で立ち止まった。

「私、中途半端な人と、いい加減な人とはお付き合いしたくないんです。だから楽しみにしています」

 そう言って、紙ナプキンをそっとテーブルの上に置いて歩いていった。

 そこには『責任取ってくださいね』という文字と、彼女の連絡先が書かれ、最後に『其の疾さこと風の如く』と書かれていた。


 おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

歴史女子の恋愛戦争 どこかのサトウ @sahiri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ