いいわけ

大隅 スミヲ

いいわけ

 わたしは子供のころから、言い訳の多い人間だった。

 なにか注意されるとついつい口から「いや」「でも」といった言葉が出てしまう。

 また言い訳して。

 そうやって母にぶたれたことは何度もある。

「どうして素直に謝れないんだろうね」

 怒った時の母は、わたしに吐き捨てるように言った。

 その言葉を聞いたとき、わたしの中にどす黒い何かが生まれた。


 小学生の時、わたしは飼育係だった。

 学校で飼っていたウサギに餌をあげたり、放課後に小屋の掃除をしたりするのが仕事だった。

 わたしは動物の世話をするのが好きだったので、飼育係の仕事が大好きだった。

 でも、ある日わたしはやってしまった。

 放課後に小屋の掃除をしたあと、鍵を閉めずに帰ってしまったのだ。

 翌日、わたしは先生に呼び出された。

 ウサギ小屋の中に野良猫が入ってしまい、ウサギは全滅したのだ。

 鍵をかけないで帰ったわたしが悪かった。

「でも……」

 先生からどうして鍵を閉めなかったのか聞かれた時、わたしは言い訳をしようとした。

 すると胸の奥の方から何かどす黒いものが湧き出てくるような感覚に襲われた。

「こういう時は、素直に謝らないとダメなんだよ。わかった?」

 先生は優しい口調でわたしを諭すように言った。

 とても優しい先生だった。わたしはそんな先生が大好きだった。


 先生はある日の放課後、階段で足を滑らせて死んでしまった。落ちた時の打ち所が悪かったそうだ。



 中学生の時、わたしは部活ひと筋だった。

 一年生の時は厳しい先輩たちに揉まれて育った。

「ちゃんとボール片づけてから帰ってよね」

 二年生の先輩たちが、帰り際に一年生であるわたしたちに言ってから帰る。

 一年生のわたしたちがきちんとしなければ、二年生は三年生に怒られてしまうのだ。

 ある日、部活が終わった後で部長から一年生が呼び出された。

 何事かと思っていると、ボールがひとつ足りなくなっているというのだ。

 普段は優しい部長も、この時ばかりはひどく怒っていて怖かった。

「きちんとボールの数を数えて片づけるように言ってたよね、一年」

 部長のきつい言葉。

「あの、でも……」

 わたしがそう言いかけると、部長はキッとわたしのことを睨みつけた。

「言い訳しない」

 そう部長に言われた時、わたしの中であのどす黒い何かがうごめいたような気がした。

 いつも部長は優しいだけに、きつく当たられるのは辛かった。

 ボールをきちんと管理できていなかったわたしたちが悪いのだ。

 その日以来、わたしたちはきちんとボールを管理して、一回もボールを無くすということはなかった。


 部長は部活の帰りに、トラックに轢かれて死んでしまった。



 高校生になると、わたしにも彼氏ができた。

 スポーツ万能で勉強ができて、何よりもカッコいい彼氏だった。

 彼氏とはいつも一緒に帰っていた。

 ある日、母に勉強のことで怒られた。最近、彼氏と電話をしたりすることが多く、勉強に身が入っていなかったことは確かだった。

「でも……」

 わたしはまた言い訳をしてしまった。

 母は言い訳するわたしをひどく怒った。

「あれほど、言い訳をするなって言ったでしょ!」

 ぶたれる。

 そう思った時、わたしの体を黒い闇が包み込んだ。


 

「あんたね、どんなに言い訳をしたってダメだよ。指紋も残っているんだし」

「でも……」

「ほら、また言い訳だ」

 そう言われた時、わたしの体は勝手に動いていた。

 どす黒い何かがわたしを支配している。

 わたしは、目の前にいる刑事に掴みかかり、首を力いっぱい絞めていた。

 慌てて記録取りをしていたもう一人の刑事がわたしを引き離しにかかる。

 わたしは笑っていた。

 笑いながら刑事の首を絞め続けた。



「被告は心神喪失状態にあり――」

 誰かがわたしのことを話している。

 わたしの頭はぼうっとしていた。

「――よって、無罪を言い渡す」

 その言葉が出た時、傍聴席にいた数人が飛び出していった。

 きっとマスコミの人間だろう。



 事件は全部わたしがやったんじゃない。

 わたしの中に広がるどす黒い闇がやらせた。

 そう言い訳を続けることによって、わたしは無罪を勝ち取った。

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