いいわけはいいわけ?

七霧 孝平

言い訳

「すいませんでした!

実はうちの祖父が転んでそれを――」


若い男性が、女性上司に必死に頭を下げている。


「言い訳しない! それにその言い訳は大失敗よ。

きみの祖父、この前亡くなったんじゃないかしら?」


「えっ、あれ? あはは……」


男性は苦笑いでごまかそうとするが、

その後、上司にこっぴどく叱られた。


「〇〇さん。ダメじゃないですか。

言い訳を間違えるなんて、大きすぎるミスですよ」


「ははは。俺としたことがなあ。

じいちゃん、もう亡くなったことにしてたとは」


「ていうか結構酷い嘘の言い訳ですよ、それ」


「わかってるよ」


男も昔はこうではなかった。

だが、一度言い訳が通用すると、人間何度もしたくなるものだ。


そんなある時だった。

男は何度目かの遅刻をし、会社に現れる。

その姿は汚れ、擦り傷もできていた。


「〇〇くん? 今日は傷まで作ってどんな言い訳をしてくれるのかしら?」


「あはは……」


上司は最初から、男を疑惑の目で見る。

男も日頃の行いは自覚しているので、言いづらい。


「来るとき、猫を車から助けまして。

猫は助かったんですけど、俺が轢かれかけましてね」


「ふ~ん?」


疑惑の目は変わらない。

結局その遅刻は疑いはあるものの、無罪放免となった。


しかしさらに数日後、男に奇跡が訪れる。


「〇〇さん。受付になんかお客さん来てるけど」


「客?」


来客予定は聞いてないが、男は上司と共に、客の対応に行く。

客間には豪華な服装の熟年の女性が座っていた。

女性の隣にはペットケースが置いてある。


「あれ、この前の猫?」

「え?」


男はケースの中にいる猫が、数日前に助けた猫だと気づく。

一方上司は、男の猫への反応に、嘘の言い訳ではなかったのかと驚いた。


「まあ! 貴方がうちのクロちゃんを助けてくれた方ですか!」

「クロちゃん?」


女性は喜んで語りだす。

黒猫が行方をくらましていたこと、

後から車に轢かれそうになったのを聞いたこと、

それをこの会社の男に助けられたことを。


「じゃ、じゃあ、彼が猫を助けたのは本当のこと?」

「そうって言ってるじゃないですか」


上司が信じていない様子に、女性は少し腹を立てる。


「いえ、いいんです。日頃の俺の態度が悪いんですから」


男はそう言って話を終わらせた。

女性はその後もしばらくお礼を言い続けたが、

男は気持ちだけ受け取って、女性には帰ってもらった。


その後、客間には男と上司だけが残る。

少しの間、無言が続いたが、バツが悪そうに上司が口を開いた。


「……悪かったわ」

「何がです?」


男は上司の言葉の意味が分からなかった。


「だから、猫のこと。

最初から嘘って決めつけてたことよ」

「ああ、そのことですか。いいんですよ。

さっきも言いましたけど、俺の日頃の行いが悪いんですし」


男は軽く笑った。


「いいえ。それでも私が悪かったわ。

言い訳も良い言い訳があるのね」

「シャレですか?」

「そんなわけないじゃない!」


男は笑いながら客室から逃げる。

上司は少し笑いながら、それを追いかけていくのだった。








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