探偵 角田剛夢の事件簿 ⑦

かがわ けん

 

 覚醒した俺は光も音も存在しない漆黒の世界を漂っていた。


「お前の望みは何だ」

 脳内に直接声が響く。


「そんな高尚なもん持ってねえよ」

「嘘をつけ」

「別に嘘じゃねえ。探偵やりながら浮世を漂って面白いもんが見られれば十分さ」

 強がりではなく、自然と脳裏に浮かんだ答えだった。



「美味いものをたらふく喰いたくないのか?」

「喰いたいさ」

「蠱惑的な娘を抱きたくないのか?」

「抱きたいさ」

「大金が欲しくないのか?」

「欲しいさ」

「何故望まぬ。望めば手に入ると分かっているくせに」

 七つの大罪アンラッキー7をなぞるのかと思ったが、相手が先に焦れたようだ。


「分相応ってもんがあるだろう」

「下らん言い訳だ。お前は怖いのだろう」

「怖い?」

「欲深い本当の己がだ。善人のふりはそんなに楽しいか?」

「善人? この俺がか?」

 思わず失笑した。無能な穀潰しでも、悪魔目線では善人のようだ。


「言い訳しているのはお前の方だ。ぐちゃぐちゃのたまってるが1ミリも響かねえぞ」

「本屋の男ほど簡単にはいかぬか」

「オカルト野郎と一緒にするな。御託は十分だ。決着をつけようぜ」


 俺は完全に覚醒した。空には月が浮かんでいる。馬乗りで俺に跨る失踪者はぬいぐるみの如く固まっている。死んでいるのか心が壊れたのか定かでないが、構わず突き飛ばした。


 手にしている独鈷杵どっこいしょを握り直す。震える筋肉を無理やり言い聞かせ、深々と胸に突き刺した。


「がはっ」


 口の中が鉄臭い。頭の中に獣とも人とも判別のつかない断末魔の叫びが響いた。


「糞野郎。観念しやがれ」


 意識が遠のいてゆく。再び闇が迫って来た。カーテンコールの余韻を楽しむ間もなくフィナーレのようだ。


 完全に目が閉じる寸前、誰かの足音が近づき俺を覗き込んだ。その男は俺の胸から独鈷杵を引き抜くと耳元で呟いた。


「カクちゃん、良いコントだったよ。じゃあ、深夜の散歩に行ってくるわ」


 俺が今際いまわきわに聞いたのは飯塚の濁声だった。

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探偵 角田剛夢の事件簿 ⑦ かがわ けん @kagawaken0804

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