第8話


 尾行は案外難しくない。


 というのも、3つのカメラの一つが追ってくれていて、俺は配信画面を見ながら後ろをついていくだけでいいからだ。


 <輝くような銀髪に、サファイヤのような碧眼とかいう何百万回見たような表現が似合うな

 <雪のような肌もなw

 <幼な目の顔立ちなのに、綺麗が強いな。将来は後ろが弱そうな美人になるぞ

 <うーん、胸はCくらいか……。お尻も小さいし……

 <いいだろそれくらいで。白い肌があいまって咲く前の白に桃が差した蕾みたいでいいじゃん

 <キモいやつばっかで草 まあ、超絶美少女ってことは同意

 <俺は超タイプ。今まで生きてきて、こんな美少女見たことない


 コメ欄が氷華ちゃんの容姿を讃えてる。


 たしかに、美少女揃いのこの世界でも、屈指と言っていい美少女だ。


 でも、こんな美少女ならナンパの対策なんて日頃からしてるんではないだろうか。


 そもそもこんな都合よくナンパが現れるのだろうか。


 俺の不安は当たり、ふっつうの人通りの多い道ばかり氷華ちゃんは歩く。このまま行けば、普通にアーケードに入って駅だ。


 <まだまだかかりそうだな

 <散歩配信

 <おい、なんか話せ


 ぶぅ垂れるリスナーのために適当な話を振る。


「あー、じゃあ、なっちゃんの話でもする? みんなは今後、なっちゃんとラブコメできると思う?」


 <お前、あんなヤバイことしてまだイケると思ってんのか?

 <出来たとしても、多分、なっちゃんは負けるよ

 <典型的な負けヒロインだからね

 <負けヒロイン……そうか。ちなみに、お前、友達いるか?


「いやいないよ。『もしかしたら、はじめましてじゃないかもしれません』って言ったやつのこと、誰も知らないんだぞ? そりゃ怪しんで近寄ろうとはしないだろ」


 <そうだったwww

 <可哀そうで草

 <冷静に客観視出来てるの笑う

 <そうか! なら、安心だ! 俺は負けヒロインが友人ポジの男とくっつく展開が、犯罪より嫌いなんだ!

 <めちゃくちゃ嫌いで草


 なんてコメ欄が盛り上がっていたが、氷華ちゃんの動きに俺は配信画面を見る。


 <あ、氷華ちゃん、飲み屋街に入っていくぞ

 <はいきた。急げ、襲われるぞ


 ああ、なるほど。暗くないうちから酒を飲む酔っ払いに絡まれる。これなら、まああり得ない話ではない。


 <はい、都合よく、酔っ払い出てきましたよ、と

 <いけ! 追いかけろ!


「ええ……まだ知り合いの可能性とか、浅い絡みとかの可能性ない?」


 <ない! 急げ!

 <お前の助けを待ってるぞ!

 <行くんだ、ヒーロー!


「あー、はい。わかりました」


 気分は乗らないが、足を早めて飲み屋街に入る。


「おい、姉ちゃん、ちょっと付き合ってくれねえか?」


「何ですか、近づかないでください」


「へっへっへ。いいじゃねえか、姉ちゃん。俺と楽しいことしようぜ、ぐへへ」


「いや! やめて!」


 と、氷華ちゃんが、野球選手がつける金のネックレスを首に下げた、4番打者のようながっしりとした体躯の、甲子園球児のような髪型の、ルーキーズに出てきそうなヤンキーに絡まれていた。


 <よし、助けろ!

 <定番すぎるセリフで草

 <いけぇ〜!


 どうしよう。本当に襲われちゃった。しかも相手は強そうだし、普通なら見なかったことにして逃げる状況だ。


 <何してんだ!

 <ぐずぐずするな!

 <肩組み以上の接触は、ラブコメではNTRだぞ!


 コメ欄がうるさい。


 仕方ない、まあこういう時のために、俺は用意してきたんだ。


「ああもう、わかったよ。じゃあこれからコメ欄読む余裕なくなると思うから」


 <おっ、ようやくその気になったか

 <助け終わったら、お茶に誘われるからすぐに去るなよ

 <顔を明かしちゃってるパターンだから、ちゃんとここでお礼は受けとけよ


 終わったら、お茶なんだな……と頭に叩き込みながら、俺は鞄からサバイバルナイフを取り出して近づく。


 <ちょ、ええ!?

 <サバイバルナイフ!?

 <怖すぎて草


「待て!」


「あん!? ……ってひぃ!?」


「いたいけな女子高生が嫌がってるだろ! 人の嫌がることはするな!」


「な、ナイフつきつけてる奴が、何言ってんだよ!」


 <ヤンキー正論で草

 <氷華ちゃんも顔青いw

 <ヒロインびびらせて草


 くっ、ナイフに物怖じせず言い返してくるとは……。こいつ、もしや護身術経験者か?


 なら、まともに戦えば、返り討ちにあう。ここはさらなる武器を……。


 俺は、ナイフとは別の手でカバンをまさぐり、スタンガンを取り出した。


「もし手出ししようもんなら、こいつで痺れてる間にナイフで首かっ切ってやるぞ!」


 <発想怖すぎ

 <確実に仕留める気で草

 <氷華ちゃん、ぶるぶる震えてるんだ


「ひっ、ひぃい。わ、わかった、もう行くから許してくれ」


 ふぅ、どうやら引いてくれるみたい。助かった。


 いや、このままだとまずいことがある。


「待て!」


「な、なんだっ」


 俺はナイフを鞄にしまい、代わりにジャキンと警棒を取り出した。


 危ない、危ない。ちゃんと、配信に出さないと、こういうのは経費にならないからな。


 <武器見せびらかしてて草

 <何でだよwww もういいだろwww


「ひぃい!? なんでそんなもんまで!?」


「まだあるぞ! これが催涙スプレー、これがネットランチャー……」


「もういいだろ! 帰るって言ってるのに!」


「ダメだ、経費で落とせなくなるだろ!」


 <可哀想で草

 <っぱヤバイやつだわw

 <経費のために、武器で脅すのはなんて犯罪ですか?


「わけわかんねえ! つ、つきあってらんねえよ!」


 脱兎の如く逃げ出したナンパはすぐに姿が見えなくなってしまった。


 あー……えっと、まあギリギリ全部見せれたし、無事ナンパから助けられたからいいか。


 俺は腰が抜けて立てなくなっている氷華ちゃんに歩み寄る。


「……ひっ」


「大丈夫? 顔が青いけど?」


「あっ……あっ……あっ」


「そんなに怖かったんだ。大丈夫、もうナンパは追い払ったから」


 <ちげえよw

 <お前が怖いんだw

 <氷華ちゃん可哀想で草


 えーと……これでお茶に誘われるはずだよな。


「ナンパから守ったから、もう大丈夫だよ」


「ひ、ひゃい……」


 <氷華ちゃんぶるぶる震えててw

 <wwww

 <もう見れないw


「えっと、ナンパから助けたんだけど?」


 <あ、こいつ、お礼されるの待ってるw

 <やばすぎw


「ひっ……は、はい、あ、あ、あありがとうございます」


「えっと……うん? えっと……で?」


 <で?wwww

 <お茶に誘われないから戸惑ってて草

 <誘われるわけねえだろwww


「で……って、あ、あ、何を……すれば……」


「ナンパから助けられた、なら、やることがあるんじゃない?」


「あ、そんな……う、うぅ……すみません、すみません、すみません……許してください……」


 <氷華ちゃん泣いちゃってて;;

 <ちゃんと何か要求されてることに気づいたんだろうな

 <そりゃ怖いよw 急にヤバイやつ、武器めちゃくちゃ持ったヤバイやつにお礼迫られたら、えげつないこと要求されると思っちゃうよw


 氷華ちゃんの態度とコメント欄を見て、流石に現実逃避をやめる。


 まあそりゃ怖いよな、普通に考えて。


 冷静になると、精神崩壊しそう。


 とりあえず、今の状況だけでも何とかしないと。


「あーその、ね。喉渇いたから、ちょっとお茶でも〜とか、考えただけだから、嫌だったら全然いいよ?」


 <あ、気づいた。

 <何とかフォローしようとしてるけど、脅しにしか聞こえないんだよなあw


「あ、あ、あ、よ、喜んで奢らせていただきますっ」


「え、あ、その、本気で脅しとかじゃなくて、大丈夫だから」


「ひっ、嫌じゃないですっ、嫌じゃないので許してください……」


 この状況どうしよう……。いやもうなるようになるしかない。


「わかった。じゃあ行こうか」


「……はい」


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