恋多き高飛車サークルクラッシャーに目に物見せる方法論

御子柴 流歌

権力には、権力を

「見せたいモノがあるからパソコン室で待ってるね」――。


 付き合って3ヶ月になる彼氏にそう言付けをされたとくだいは、そもそもどうしてそんなところにわざわざ自分を呼び出す必要があるのかというのはさておき、それ以外にもほんの少しだけ引っかかるところがあった。それが具体的に思い出せたのはまさしくパソコン室の前に辿り着いたその時で、入り口のすぐ側に貼られていたコンピュータ部の部員募集ポスターを見かけた時だった。


 ――そういえば、こんなヤツらが居たっけ。


 女慣れすらしていないオタク風情の分際のクセして、下心満載で小生意気にも勧誘をしてきたものだから、ちょっとくらいからかってやっても面白いかしらと思ったのが事の始まり。ちょっと聞きかじった程度のサブカル知識を披露すれば盛大に褒めてくれるわ、不機嫌を装えばすぐさまご機嫌取りをしてくるわ、ちょっとした色仕掛け――その実、これっぽっちも性的なことはしていないが――にハマるわで、体のイイ遊び道具としてしばらくの間は飽きなかった。


 ところが、部員の内の数人が何を勘違いしたか、ガチ恋に走ってきたのには貴理華もさすがに呆れた。ここでお役御免と言わんばかりに思わせぶりな態度を取って、最終的には貴理華の思い描いていた通りにコンピュータ部は内部分裂。オタク同士の内輪揉めほどは遠巻きに見ていて楽しいモノはないと貴理華は感じていた。


 そうして、コンピュータ部は貴理華に食い荒らされた集まりのひとつとして、彼女の記憶から消えかけていた。


 ――コイツらって、結局どうなったのかしら。


 貴理華がポスターを横目にそう思っていると、パソコン室からやや離れたところの扉が開いて、男子生徒がひとり出てきた。見覚えが無くも無い――が、特段印象にも残らないので、恐らくは誰かとの見間違いか、もしくはそこらの有象無象のひとつだろうと決めつける。


 実際のところは、貴理華によるサークルクラッシュの被害者のひとりであり、結局唯一部に残ったコンピュータ部員なのだが、貴理華が興味を引くわけもない。相当な目で睨まれてもいたのだが、当然のように貴理華は気が付かなかった。――気が付いていたとしても、その高飛車な目で睨めつけ返すだけなので、そこに然したる問題は無かったりするのだが。


「待たせちゃった?」


「いやいや、こっちもさっき来たばっかりだから」


 戸を開けてまずはカタチだけの謝罪をすれば、待たせていた彼氏――たかむらゆきながは笑顔で返す。


 当然だ、と貴理華は思う。待たせたと言っても5分程度だ。その程度も自分を待てないのなら彼氏失格だ。そういうような発言をするならば――こちらとしてもそれ相応の対価を支払ってやる準備をしていた。


「それで、見せたいモノって何? ……さっそく訊いちゃって良いのかわかんないけど」


 最速で催促。ここまで足労をさせておいている時点で充分すぎるほどに面倒なのだから、それくらいさっさと見せろという話だった。


「まぁまぁ、そう慌てないでよ」


 雪永は余裕と笑顔を見せてくる。慌てているわけではなくて待たせるなという意味合いで言っている貴理華にとっては「こいつ何を言ってるんだ」状態ではあったが、それを表面的に取り繕う。――まだだ、まだ捨て置くのは早すぎるのだ。もう少し泳がせておいてからの方が、しっかりと自分を染み込ませてからの方が面白いのだ。


「慌ててなんかいないってば」


 ――だから、待たせんなって言ってんだろうが。


 ぐっと飲み込む。


 ――少々運良くツラが良く生まれてきただけで調子に乗ってんじゃねえぞ。


 頭に浮かんでくる言葉は、口を介さずにおなかの中に落とす。


 幸いそこまで明るくはないパソコン室で、瞳に宿らせた本性を気取られると思っていない貴理華は、そんな感情を込めながら雪永を見て言った。


「……そんなに見たい?」


「見せたいモノがあるって言ったのは雪永くんでしょー?」


 更に勿体ぶる雪永。当然納得は行かない貴理華。


 呼びつけておいて何様のつもりか。――こっちはいつでもアンタを切り捨てたついでに潰すこともできるんだ。


「イジワルしないでよー」


 それでも声と態度で平静を装ってついでに猫を被ることも忘れない貴理華は、ある意味百戦錬磨の戦士なのかもしれなかった。


をしていたのは君だと思うけどねー」


 当然、雪永はそれをも上回る手練れであったのだが。


「えー? 何言ってんのー? そんなことないでしょー」


「まぁまぁ。それは軽い冗談だとして」


「だと思ったー」


 ――少しヒヤリとしたのは事実だけれど。


 貴理華はそんなことを思ったが、雪永は話している間も何やら持ってきたカバンの中をゴソゴソと漁っていた。何かの準備なのだろうか。パソコン室をわざわざ選んだのだから、もしかするとパソコンを使って何かをしたいのかもしれないが、詳しいところは全くわからない。


「とりあえず、貴理華さんも気を付けた方が良いんじゃないかな、って話があってね」


「……え?」


 そんなもの、あっただろうか。貴理華は考える。


 ガーディアンを気取ってくれるような存在がいることは悪いことじゃないとは思う。雪永に対してそういう調をしてきたというほどではないが、自分から進んでこういうことをするのは良い兆候だ――。


 ――貴理華がそう思っていられたのもここまでだった。


「だってさぁ……」


 雪永がゆっくりと見せてきたモノに、貴理華は凍り付いた。

「……僕らが行くところ行くところ、決まってこんなモノが仕掛けられてるんだからサ」


 彼の手にあるのは小型カメラだった。


 信じられないモノでも見るような顔をして雪永を見つめる貴理華。その表情を見て、雪永は少しだけ満足感に浸っていた。


 ――俺は、お前のそのツラが見たかったんだよ。


 黒く染まった腹から出てきそうになるセリフを、雪永はその寸前で飲み込み直した。それを言ったらいろんな意味でおしまいになってしまう。友人のためにも、自分のためにもそれだけは避けなくてはいけなかった。


「え。……ちょ、ちょっと。え? 待って? どういうこと?」


「どういうことも何も、そういうことだけど?」


 疑問文には疑問文で返す。


「盗撮されていたってこと?」


「僕からしてみれば、そうだね」


 スピンを掛けながらカメラを放り投げて遊ぶ雪永を、貴理華は当然のように不審がる。ふたりで出掛けたりしたところでカメラがあったのなら、ふたりとも盗撮されたとしか考えられない。どちらかだけが、なんてことは。


「……意味が分からないんだけど」


「ははぁ。……なるほどね」


 貴理華は一瞬慌てていた様子だったが、それをどうにかして隠そうとしながらなおも高飛車な態度は崩さない。だが、それも雪永にとっては予想通りの答えのひとつだ。しかもプランAに相当するレベル。貴理華の反応としてはいちばんカンタンに予想がつくセリフと態度だった。


「だとしたら、こっちも相応のモノを出さないといけないよね」


 雪永は再びカバンを探る。先ほどよりもやや時間をかけながら、わざとらしく恭しげに取り出したのはカードケース。スマホやパソコン、カメラなどで使われるメモリーカードを複数収納し持ち運びができるものだ。雪永はそこから1枚だけメモリーカードを取り出して貴理華に見せつけた。


「今度はこれね」


「あなたも、もしかして盗撮でもしたの? 随分ね、あなた。そんなことしていいわけ? それ、しっかり犯罪行為なんだけど、その辺の覚悟ってできてるの?」


「SDカード見せられただけで『盗撮』っていうワードが出てくる時点で、君もなかなかだけどね。……まぁ、どうでもいいや。その言い訳セリフはそっくりそのまま君にお返しさせてもらうよ」


 雪永が手にしているSDカードを、電源を入れていたパソコンに差し入れる。その最中に舌打ちに似た何かを雪永はしっかりと耳にしていた。


「だから何なのよ、いちいち回りくどいわね」


 少しずつ自分のセリフとその口調が荒々しくなってきていることに、貴理華は気が付かない。もちろん、自分の手がぎゅっと握りしめられていることにも気付いていなかった。


「あ、そう? じゃあもう答えを出しちゃってもいいよね」


 備え付けのプロジェクターがメモリーカードに入っていたと思われる映像を、パソコン室の白い壁面いっぱいに映し出した。


 それは、先日ふたりきりで行ったファミレスでの映像だった。


「面白いよね。どの映像を見ても君の近くにいる人間を捉えたものばかりだ。まるで『君の大写しは必要ない』と言ってるみたいじゃない?」


 ――どうしてその映像がアンタの手の内にあるのよ。


 危うく口からそんなセリフが出かかるくらいには、今の貴理華は動揺していた。ギリギリそのセリフを飲み込めたところは褒められるべきなのかもしれない。実際にそんなことを言ってしまったらその時点で敗戦確定だった。


 もっとも既に、だが。


「もうちょっと遡ってみることもできるよ?」


 雪永は違うデータをクリックする。マウスが叩かれる音と同じくらいに雪永は軽い調子で言ったが、貴理華の心中はそんなものとは比べものにならないくらいに重くなった。


「なっ!?」


「あぁ、さすがにこれはびっくりするよねえ」


 次のデータは、このパソコン室の隣にある部屋。コンピュータ部の部室の映像だった。


 しかも単純に部室を捉えただけのモノではない。貴理華を背後から映し出しているもので、それもゆっくりとゆっくりと貴理華の手元――何やら操作されているスマートフォンがズームされていく。最終的に映ったのは、不穏な文字列とどこかで見た映像だった。


「あと、ついでにこんなのも」


「……っ!?」


 さらに別のデータが展開されれば、さすがの貴理華も無反応を貫くことはできなかった。貴理華の大きく息を呑む音がパソコンのファン音に紛れること無く雪永の耳にも届く。


「これは単純に、君のなんだけど」


 映されたのは、観光名所でもあるビル最上階にある展望台にて、貴理華が雪永ではない違う男と楽しそうに手を繋いで景色を見ていると思しき映像だった。


「……『何でこんな映像があるのよ?』って?」


「……」


 貴理華は答えない。


「そりゃあまぁ『相談を受けていたから』って話なんだけど」


 答えなくとも話を進めればいいだけ。雪永は全く気にしない。


「実はコンピュータ部のある生徒とは懇意でね」


 その生徒とはさっき貴理華と入れ違い気味になった男だったのだが、当然雪永が知る由も無い。


「『どうも最近ウチの部が内部分裂しそうでヤバイ、助けてくれ』って言われて。調べてみたら、君に思い当たったということで、少々調査をさせてもらったって話。まぁ、アイツは2次元ガチ恋勢だったから幸い君にはオトされなかったわけで、これはその辺を調べ損なっていた君の落ち度ってヤツだ」


 女子に不慣れな人間だらけのところに、なぜか女子がぽろっと入ってきたクローズドサークル。そこで拗らせた人間たちでグループが壊れていくことは、往々にしてよくあることかもしれなかった。


「君の親御さんはなかなかに素晴らしいご身分でいらっしゃるというのは有名な話だったから、すぐに調べはついた。あとは、……有り体に言えば『君と似たようなことをさせてもらった』という話だ。オレがどんなことをしたかはこの映像以外にもいろいろとある証拠映像を見れば一発だし、そうすれば君がしてきたことも一発だ」


 貴理華は歯噛みする。


「それにしても、だ」


 やれやれ――と、テンプレートのようなポーズをわざとらしく貴理華に見せつけて、雪永は続けた。


「いつまで気が付かないでいるかなぁ、と思ってたけど。この期に及んでもまだ気が付いていないみたいだね」


 これ見よがしに雪永が貴理華の目の前に投げつけたカバンには、誰もが知っていると言っても過言ではない企業のロゴと派手な装飾があしらわれていた。貴理華もここに来て理解をする――この派手な装飾こそ、悪趣味とも言われたこの企業の会長がお抱えの極々一部の人間に渡すモノに決まってあしらわれていることを。


 ――雪永が、自分と比べる必要もないレベルのの関係者だということを。


「幸か不幸か名前が大きいとやれることも多くなるけど、それを君にバレないようにして近付いたりするのはなかなか骨が折れたね」


 すべてはこのカタストロフィを迎えるための下ごしらえだ。


「アンタ……この私をハメたわね?」


「君が今まで何度も楽しそうにやってきたことを、オレはたった1回だけ、君を使ってやらせてもらった。そういう話だよ、極めて単純にね」


 運悪く今回の標的がこの学校のコンピュータ部だっただけのことであり、運悪く今回はその背後に上手がいたという話でもあった。


「つまり、アンタがただのサークルクラッシャーじゃないことくらい充分知ってるってことだ」


 何か反論はないのか、という調子で雪永は話を一度区切る。が、それに反応するような余裕は貴理華には無かった。


「権力でどうこうしようっていうくだらない発想、反吐が出るね」


「あ、アンタこそ」


「だからこそ、だよ」


 ――その反応を待っていた。そう言わんばかりに貴理華の言葉尻を奪う雪永。


「だからこそ、そんな反吐が出るようなことを、アンタにもさせてもらっただけの話さ」


 目には目を、歯には歯を。


「アンタよりはマトモな権力の使い方だと思うけどね。そもそもアンタみたいに、アクセサリーみたいに権力で着飾るようなバカな真似はしていないし」


「こ、この……」


 口も手も出るタイプだという話は本当らしい。所詮は何かしらの皮や仮面のひとつやふたつ被ってこその令嬢だとでも言うのだろうか。


「無謀だよね」


 かといって、そんな横暴が許されるのは同性か、あるいは異性であっても完全に相手が油断している場合に限られる。事前知識のあるなしの差は大きいのだ。そもそもヒステリーを起こした女の攻撃など短絡的なものしか飛んでこない。


 当然のように雪永はバックステップで回避する。さしもの貴理華も一度くらい避けられるのは想定の範囲内だったのか、あるいは諦めが悪いだけなのか、もしくは勢いに乗じただけなのか。雪永がそのまま教室から逃げようとしていると見た貴理華は、追いかけるように駆け出して――


「なっ……!?」


 ――その教室の外に広がっている光景に愕然とした。


 何かあろうものならと油断はしていないつもりだった。だからこそ日頃から子飼いにしているヤツらを護衛として外に待機させていた――はずだった。


「ま、考えることなんて同じだよね」


 貴理華の子飼いたちは一様に、雪永が連れてきたより屈強な用心棒たちにねじ伏せられている。中には完全に気絶させられているような者もいた。


 貴理華の頭では大音量で警報ベルが鳴らされ始めた。が、もう遅い。


 毒牙にかけたつもりが、毒が回ったのは自分だった。


「さっき言ったじゃん。『君が今まで何度も楽しそうにやってきたことを君を使ってやらせてもらう』って。だからさぁ……」


 後ずさったところでもう遅い。というか、自ら逃げ道の無いところに入っていった貴理華の行動は、墓穴を掘ったとしか言いようがなかった。


「……最後は『権力で敵対するヤツを潰す』ってところまでやらせてもらうね」





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