外領域2

「やりー!」


「よし!」


「ふん」


 綺羅星達の感情がはっきり分かれた。キャロル両手で万歳をして、アリシアはガッツポーズ、ヘレナは鼻を鳴らしているが唇の端が笑みになっている。


「あうう……」


「むう」


「……」


 反対にミラはしょんぼり、ヴァレリーは顔を歪め、ケイティはジト目でなんの印もないくじを凝視していた。


 そう、くじ。


 細々としたものを補充するため外出する必要があったが、緊急時に備えてビーハイブに居残りする者もいなければならない。そして一応社会を知っているジャックが買い物担当なのは決定であり、後は綺羅星の中でジャックの護衛する組と留守番組で分かれなければならなかった。その手段がくじ引きであり、喜んでいる女達がジャックと外出することになったのだ。


「着替えてくるからー!」


 キャロルの宣言と共に、同じく外出することになったアリシアとヘレナが自室へ向かい着替える。なにせキャロルはウエスタンビキニ、アリシアはマルガ共和国軍の制服、ヘレナはバニースーツなのだから、目立ちすぎて外に出ていける訳がない。


「次はお前達だから、今回は留守を頼んだ」


「は、はい」


「任されよう」


「仕方ありませんね」


 ジャックが残念そうにしているミラ達に声をかけると、彼女達は気を取り直してビーハイブに待機することにした。勿論未練たらたらだが、来たばかりな上に治安が悪いと噂されている土地で、母艦をほったらかしにする訳にはいかなかった。


「さて、俺も着替えてくるか……」


 ビーハイブ内では軍服か極端な薄着だったジャックも着替える必要があったが、彼の語尾は妙に弱い、


 なぜなら。


「本当かよ」


『何度調べても同じよ』


『そうそう! 戦闘服が一般的な私服なんだって!』


「やっぱすげえ所だ……」


 疑うジャックにフラーとエイプリーが、外領域で目立たないについて返答する。


 大まかな物品は停泊所の購入システムで買い入れていたが、服装の項目で最初に目についたのは、男女共に戦闘服としか言いようがないものだ。これについてジャックも噂程度は知っていた。年がら年中戦っている外領域の住人は、薄い服や軽装に不安を感じてしまうようで、最終的に多くの者が戦闘服を着ることを選んでしまうという。


 だが流石に、街で普通に生活している者達が戦闘服を着ているというのは、ジャックの歪な常識でも妙に感じてしまっていたため半信半疑だった。


 ◆


「……マジだったな」


 停泊所でレンタルした大型車を運転するジャックは、道行く人々の服装を見て感心半分呆然半分の感情を抱いてしまう。


「若いのは実際戦うこともあるだろうから分かるが……そこらのおっさんおばさんもか……」


 かつて中央地帯に侵略するために整備されたリムの街並みは、高層の建造物も多く立派な都会である。そんな街並みで歩く人々は、全員ではないものの老いも若きも多くが、明らかに戦闘用の市街地迷彩服や、パイロットスーツを流用した服装。軍用のツールポーチやバッグを所持しているのだから、ジャックの常識では場違いも甚だしかった。


「あ、でもでもダーリン。違う服装の人間もいるよ」


「多分腕利きのパイロットだろうな。連中は我が強いからぶっ!?」


 キャロルも同じように道行く人々を眺めていたが、ふと奇抜な服装をしている人間を見つけて指差す。それにジャックは我が強い腕利きのパイロットだろうと言いながら、キャロルの指差す方向に視線を向けると吹き出した。


 男が上半身裸で肩パットを紐で巻き付け、サングラスをかけている訳の分からない服装をしているのだから、ジャックの常識回路にエラーが起こってしまった。


「ふんふん。キャロル達とファッションセンスが同じ人間もいるんだね」


「……キャロル姉さん、私を一緒にしないでくれませんか?」


 今は戦闘服を着ているキャロルが、自分達と同じセンスの人間がいると感心した。しかし普段から軍の制服という非常に常識的な服を着ているアリシアが、一緒にしないでくれと抗議した。


「なんか、よく見たらぶっ飛んでるのがちらほらいるわね」


 ヘレナがそんな姉妹達を気にかけることなく街の観察を続けると、鶏のような着ぐるみを着ている女、巨大な鎖を巻き付けている男、キャロルと同じような水着姿の女、コミックに出てくるヒーローのような男など、ところどころにとんでもない服装の人間がいた。なお、ぶっ飛んでいると言ってのけたヘレナだが、普段の服装はバニースーツである。


「腕利きのパイロット……だろうなあ……」


 その連中から、なんとなくベテラン同業者の気配を感じ取ったジャックがぽつりと呟いた。


「そういや聞いたな……ラナリーザのエースオブエースも私生活がぶっ飛んでる奴ばっかりだから、ドキュメンタリー番組とか取れなかったって。俺が戦った奴も貯金を全額、カジノに突っ込んで破産してたとか……」


 ここでジャックは、自分と死闘を繰り広げた者達も変人奇人の類であったせいで、世間への露出がほぼなかったことを思い出した。なおこの男は六人の美女を侍らせている。


「どんな奴でした?」


「まだブラックジョークに乗る前に戦った。俺の方は頭部と方足が吹き飛んで弾切れ。最後はビームソードのエネルギーもなくなる寸前だった」


 アリシアに問われたジャックは、自分が殺したエースオブエースとの戦いを思い出す。


「ジャムは連発するし、ミサイルだって爆発しない奴もあった。ありゃちょっと変だったな。たまーにいる異能とかその類の持ち主だった筈」


 ジャックが当時の現象を思い出して顔を顰める。


 戦いにおいてだけ異様な運の良さのエースオブエースであった。ジャックの武装は動作不良を連発するのに、敵はそんなものに頼っていないまさにエースオブエースに相応しい技量だったのだから堪ったものではない。


 しかし、それは敵のエースオブエースも似たようなことを思っていた。


『イカサマ野郎め! いいいだろう! お互い素寒貧同士! 殴り合おうじゃないか!』


 当時のその男の声だ。

 なにをやっても致命傷には届かないジャックの機動の結果、両者は弾薬が尽きて超接近戦に陥り、エースオブエースAブラックジャック21に敗れた。


「さて、外領域の観光パンフレットはあるかな?」


 ジャックはかつてを思い出しながら、車を有料駐車場に止めて予定を確認する。ジャックが求めているのはネットにはあまりない外領域の現地情報であり、冗談めかして観光パンフレットがあれば楽だと言ったのだ。


 余談だがジャックは、というかフラーは小金持ちだ。このマルガ共和国の基幹AIに寄生していた人格は、偶に主導権を握るタイミングがくると、惑星シラマース各地に幾つかの口座を開設して密かな財テクをしていた。しかし、他にもリソースを割かねばならなかったため、あくまで小金持ち程度であり、いつかは尽きてしまうものだった。


 話を戻すが、妙な現地情報ならすぐに手に入った。


「なんだ? ガランドウのなにかがあるのか?」


 サングラスをかけたジャックがキャロル、アリシア、ヘレナと共に、紙媒体や電子媒体問わず書籍を置いている店を見つけるため街を歩くと、どこもかしこもガランドウが相対している構図の垂れ幕、チラシ、テレビ映像が溢れていた。


(リムチャンピオン杯……まさかガランドウが戦う興行か!?)


 注意深く観察したジャックは、リムで行われる催しを把握した。


 幾つかの情報を確認すると、モンスターの襲撃が少なくなるこの時期、リムではガランドウが模擬弾を使って剣闘士になる大会が開催されて賞金が出るらしかった。


(それでパイロットらしい妙な連中が集まってたのか……)


 ジャックは剣闘大会に出場するため、妙な服装が集まっていたのかと納得した。


「やっぱり感性が違うな……ガランドウの戦いを興行にすることだけじゃない。放送されてるのにパイロットがそれを了承していることも含めて」


「って言うと?」


「戦場で映像を撮られるのは仕方ないにしても、戦い方の癖を放送されて喜ぶ奴は中央でならそういない筈だ」


「ああね」


 街のテレビを眺めながら小声で苦笑するジャックにヘレナが理由を問うと、返ってきた返答に納得した。


 ジャックは人間を殺す専門家の元軍人であり、人を楽しませる剣闘士ではない。そして中央もガランドウを持ち出すのは人間同士で殺し殺されるためであり、金や名誉、興行を理由にすることなどなく、完全な異文化であった。


 それに加え、興行の場で鮮明な映像を撮られるのは、誰もが機動を詳しく分析できることを意味するのだから、大抵のパイロットは自分が丸裸にされることを恐れて嫌がるだろう。


「私も太刀筋を撮影されるのは嫌ですね」


 アリシアも同意しながら、これが外領域なのかとある意味感心した。


「賞金は魅力的だが、放送されるなら出れんな」


 大会で優勝すると手に入るのは中々の賞金だが、撮影機器でしっかりとデータを集められる訳にはいかないため、ジャック達はこういうものもあるのか思いながらそれ以上の興味は持たなかった。


「ああ、本屋はここか」


 そして目当ての本屋を見つけると、ジャック達は情報収集するため入店するのであった。


 ◆


 外領域の人間は、惑星シラマース入植初期に極軽度の遺伝操作をされた人間が多くいる。そのため容姿に優れた者も多いが、それでも綺羅星の美しさは飛び抜けたものだった。


 しかし声をかけるものなど存在しない。


 まずキャロル達はジャックにべったりだったため、男がいるのは誰の目にも明らかだったことで、基本的に人間は一致団結しましょうの精神を持つリムの男は態々揉めるようなことをしなかった。


 だが色々とぶっ飛んでいるパイロットの男達は別。刹那の人生を送っている彼らは、好みの女を見かけたら碌な考えも持たず声をかけることが殆どだ。


 死に関わらない場合において。


(ありゃ駄目。死ぬ。死んじゃう)


(無理無理)


(ぎょえ!?)


 外領域で生き延びているパイロットということは、死の淵が迫っていることを感じてそれを逃れた者達だ。それができなければ生きていない。


 そんな生存者の感覚が、ジャックを見た瞬間に絶対関わるなと警告を発するのだ。類似する現象は、外領域でも最も危険とされる深淵部で活躍する者を見た場合でも起こる。つまり、余興でリムまで来ている者達では逆立ちしても敵わない存在であり、そんな男の女に声をかける度胸はなかった。


(ひえ。最前線の奴がなんでリムにいるんだよ! 大会に出場すんのか? 出場できるのは1.5軍までってのが暗黙の了解じゃん!)


 あるパイロットは、ジャックが外領域で最も危険な場所にいる人間だと誤認する。パイロットのほぼ全員が、外領域の方が中央地帯よりも強いという認識から生まれた誤認だ。


 しかし、最も発展している中央領域はその分人類の数が多い。母数が多いということは例外や突然変異が生まれやすいということでもある。


 その例外や突然変異こそがエースオブエースであり、それらを打ち倒し、万、下手をすれば十万の軍人を殺した可能性があるのがジャックである。


 それはともかく、外領域の住人はその生活スタイルと感覚故に、騒動を未然に防ぐことに成功したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る