旅路

 マルガ共和国脱出後に行われた綺羅星の定例女子会で、艦名を愛の巣やら蜂の巣に変更されそうになり、しかもデータから抹消されたため、非常にあやふやな存在になっているシューティングスターの旅路は順調だった。


 祖国と敵国からの追っ手もなく、モンスターの襲撃もない。しかし、ちょっとした問題とも呼べないような事態もあるにはあった。


『はーいジャック。他の船からその航路の先はなにもないぞって忠告があったわよ。そっちの幸運を祈るって返信はしておいたけど、なにもない扱いされたら外領域の住人も怒るでしょうね。それとも、まあそんな扱いも仕方ないって頷くかしら?』


「やっぱりとんでもない場所だな」


 フラーの愉快そうな声にジャックは苦笑する。


 シューティングスターは他の避難船団に紛れてマルガ共和国を脱出していたため、複数の艦で纏まった魚群の一員になっていた。そんな魚の一匹であるシューティングスターが常識では考えられない航路、つまり外領域へ艦首を向けて移動し始めたものだから、他の艦が心配して態々通信で警告を発したのだ。


「だがまあ、実際遠いからな。なにもないってのも的外れじゃないか」


『大航海時代の新大陸より更に遠方の感覚でしょうね』


 外領域が忘れられたような地なのも当然かとジャックは苦笑を深める。


 ドラゴンのような存在はいるが、比較的モンスターの襲撃が少なく人類が繁栄しているエリアは、中央地帯や中央領域と呼ばれている。しかし、そこから外に踏み出すと途端に危険なエリアとなり、僅かなセーフゾーンを見つけることができた国家が点在しているだけだ。


 その中でも外領域は最も中央地帯から離れた場所に存在しており、モンスターが蔓延るエリアを突っ切り、幾つもの山越え谷越えをしなければならない秘境、もしくは世界の裏側である。しかも安全に行くため軍を動員しようとしたら逆効果で、縄張りを侵されたと思ったモンスター達が嵐のように襲い掛かるのだから、まさに世界の外にある閉ざされた領域と言えた。


 もし中央から外領域に辿りつける者がいるとすれば、モンスターを刺激しない単艦でかつ、万が一襲われてもそれを切り抜けられる超少数精鋭の部隊だけだろう。


「ねえダーリン。外領域のパイロットって強いのかな?」


 キャロルが椅子に座っていたジャックに後ろから抱き着き、甘えた猫撫で声を彼の耳に吹き込む。


 ジャックの私室にいるのはキャロルだけではなく、綺羅星全員が椅子やらベッドの上でくつろいでいるが、彼女達が自室に戻ることはあまりない。なにせ自室のベッドを引っぺがし、ジャックの部屋のベッドと合体させて一つの大きな寝床を作り、彼の部屋をほぼベッドで埋めているのだから、どんな生活を送っているか分かるというものだ。


「たまーにだが外領域のパイロットが中央にやってきて活躍する噂を聞いたな……」


 ジャックは頬をくっつけてきたキャロルと甘い体臭に動じることなく、数度だけ聞いたことのある外領域パイロットの腕前を思い出そうとする。


『異世界転生のことだね!』


「なんですかそれ?」


 唐突にエイプリーがジャックの端末から声を発すると、ベッドに寝ころんで雑誌を眺めていたケイティが、意味の分からない単語が気になりジト目を 端末に向けて質問した。


『中央のジョークだよ! 外世界の末端パイロットでくすぶっていた俺、中央世界に転生したらスーパーエースでした。みたいな! 外領域と中央のパイロットの差をお約束に当て嵌めて表現してる感じかな!』


「分かるような分からんような……」


「ですねえ」


 エイプリーの非常に分かりにくい表現に、ヴァレリーとミラが戸惑ったように顔を見合わせた。


「つまりモンスターの襲撃で鍛え上げられた外領域のパイロットは、末端の兵だろうと中央の基準で言えば精鋭ということだな」


『アリシアちゃん正解!』


 困惑する姉を余所に、アリシアが完璧にエイプリーの通訳を果たした。


 そして事実だ。


 専門家の将校が戦死すると、賄賂の専門家が後釜に座ったマルガ共和国やラナリーザ連邦とは違い、外領域はモンスターの襲撃によっていい意味での淘汰と研磨を繰り返している場所だ。それはガランドウのパイロットも例外ではなく、極稀に外領域からやってくるパイロットは、中央においてもその腕前で活躍することが多かった。


(隊長の方が凄いし)


 ヘレナが女としての感情を全開にして、自分達の男の方が優れているに決まっていると断言した。しかし、自分でも幼稚な発言だと分かっているから言葉こそ発さなかったが、どうにも我慢できず椅子ごとジャックを机から引き離すと、その空いたスペースに割り込んでキャロルの腕と一緒に彼の頭をかき抱いた。


「ヘレナってば大胆ー!」


「ふん」


 キャロルがニヤリと笑い、それに対しヘレナは鼻を鳴らすことで返答しながら、自分の体にジャックの頭を押し込む力を強めた。


「ヘレナが一番甘えたがりですね。なんですかアリシア、その目は?」


「……いや」


 同胞に対しやれやれといった感情が籠っているケイティに、アリシアはなに言ってるんだこいつという目線を向け、昨日ケイティがこっそりと行っていたことを言ってやろうかと考えたが思いとどまった。


(廊下でべったりくっつきながら歩いてたことだろうな。まあ私にも情けがあるから言うまい)


 しかしヴァレリーもそれを目撃していた。ジャックの腕にしっかりと抱き着いて、甘えるように体を擦り付けながら廊下を歩くケイティの姿を……。


「なんか力抜けてない?」


「そうだな。お前達に甘えてるのかもしれん」


「あっそ」


「ダーリーン!」


 ヘレナが力の抜けているようなジャックに訝しげな声で質問すると、彼女が望んでいる言葉が返ってきたため、キャロルと共に体温を上げる。


 ジャックは過酷な人生において誰かから包まれた覚えなどない。そして軍人として綺羅星の指揮官だった頃は、必要以上に弱みを見せることもできなかった。しかし、今現在ここにいるのはただの男と女達であり、素直に与えられる温かさに身を委ねることにした。


「それならもう少しどうですか?」


「だな」


 そう言われて我慢できる女達ではない。ミラが普段のぽわんとした雰囲気が嘘のようにするりと立ち上がり、ヴァレリーが堂々とジャックに近寄る。


「手足と胴、頭、か」


「バラす部分の話じゃないでしょうね?」


 アリシアが立ち上がると、寝転んで雑誌を読んでいたケイティも上体を起こした。


『人体を形作る紙粘土みたいなダンジョン資源があるって聞いたことがあるから、上手くやれば私達も面白いことができそうね』


『そうなのお姉ちゃん?』


 そしてフラーがなにやら企みエイプリーが興味津々で尋ねた。


 こうしてあらゆる意味で問題児だらけの存在を積んでシューティングスターは空を征く。


 生存のために戦い続ける場所へ戦いの頂点を運ぶために。

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