「空が青かったから」とでもいうか

言い訳は小説の中に込めて

 我ながら、その物語はよく出来たと胸を張る。


 小説を書くことは、俺のひそかな趣味。


「おまえにはけっこう、お似合いだな」


 幼馴染のあいつだけは言ってくれたけど。


 自分では全然、似合わないと自覚していたから、あいつ以外には投稿サイトへ登録していることももちろん、趣味のことは誰にも言ってない。


 筋トレが趣味だろう?


 って、ひたむきな俺に言ってくるやつもいる。


「ああ、そうだな」


 なんて、曖昧な返事をして、そのたびに横で聞いていたあいつはニヤニヤしていて。

 すぐにからかわれて。


「いいわけ、してみろよ?」


 なんて。


 それをまた、からかわれて。


 小さなころはそりゃあ、俺はいじいじしていた。

 絵本が好きで、一人遊びのほうが性に合っていて、空想しては、一人の世界に入っていた。

 それが高じて、中学一年の夏だったか? ふと、書いてみて……。


 書けばやっぱり、誰かに見せたくなる。

 それならやっぱり、あいつしかいないわけで。


「いいじゃん、おもしろいよ」


 ケタケタとあいつは笑ったけど、真剣に批評してくれて。


 それが心地よくて、共通の秘密に。

 俺はさらに投稿サイトへと。


 あいつとの関係はずっと心地よかった。

 秘密を持つ以前から。幼いころの出会いから。

 あいつは覚えていないかもしれないけど、あいつが柔道場に来る前にもう、俺たちは出会っていた。

 柔道一家の俺のうち。俺の身長が伸び始めたのは中学の半ばからで、それ以前、小学校の6年間はずっとクラスでも一番小さいくらいだった。よくからかわれていたもんだ。それをあいつはかばってくれた。活発で男勝りとくれば、いじめっ子なんて許しちゃおかないと、助けた相手を見るより、そんな感覚だったのかもしれないが。


「うじうじするな!」


 お礼を言おうとしたら、俺をこそ怒って颯爽と去っていったくらいだし。

 

 あいつが柔道場に、親御さんと現れた時は驚いた。でも、うれしかった。

 姉ちゃんだけは気付いていた?

 あいつが道場に通い出してから、あいつと俺をコンビにしたのは姉ちゃんだったし。


 あいつが道場へ通わなくなったときも、その理由が何となくわかって。

 悔しかったんだろうなって。

 あいつは身長すぐに止まって、それもあってどんどん他の子に抜かされていって。

 あいつの性格をよく知っている俺は何も言えなくて。

 中学は違ったから、いつの間にか会えないようになっていた。


 高校で、入学式に、見付けた時はうれしかった!

 すぐに「よ!」って、何気ないふりして肩叩いたら、あいつはびっくりして、


「だれ?」


 とか。


 落ち込むわ……。


「冗談だよ」


 って、すぐに笑った、その顔はあの頃のままの明るさで。


 それに甘えていたのかもしれない。

 あいつの気持ちは怖くて聞けない。

 俺の気持ちは悶々と、小説のなかにだけ込めて。


「ふたりがもしも……」


 なんてもの、ちょっとずつ書いていたけど、絶対に公開はしなかった。

 あいつにはもちろん、見せられるわけがない。


 バレンタインデー。

 縁のなかったその日。

 高校最後に、初めてもらったのは、あいつから。

 不細工なチョコケーキだったな。


 一生懸命作ってくれたことは分かった。

 それを見ればもう……。


 苦みがきつかったそれも、俺はありがたくいただいた。


 でも、あいつは逃げやがった。


 どうもあいつは、いつもは威勢がいいくせに肝心なところで逃げやがる。

 そのたびにいいわけしてやがったけど、俺のそれは笑うくせに、最後はジロリとにらんで。

 幼いころの上下関係が消えない俺は、あいつがにらんでくるとなんかもう委縮しちまう。

 畳の上では、あいつよりもよっぽど怖い相手と何人も対戦してきたのに。


 柔道が俺の人生を変えた。

 ひそかな趣味を公言出来ないようになるほどに。

 今ではオリンピック強化指定選手の一歩手前。

 そんな俺が、趣味に下手な恋愛小説を書いているなんて……。柄にないどころじゃない!


 卒業式のあと、誰だか知らない子から呼び出された。

 初めての経験だった。

 道場の裏で、告白されるなんて。

 相手は真剣だった……。

 と、思うけど、でもやっぱりミーハーなんじゃないかって、疑う。

 だって、そうだろう?

 卒業式の雰囲気に流されるように、そこそこ有名人な俺に、なんて。


「あなたの、柔道にひたむきな姿が好きでした」


 っていうけれど、じゃあもしも、俺が小説書いているって言ったら、君はどう思う?

 のどにも出かかったその言葉はやっぱり出てこない。

 言えるわけがない。

 あいつ以外には。


 そもそも、そのときにはもう、俺の腹は決まっていたし。


 きっぱり、お断りした。


 それからすぐ、あいつを捜したけど、もう帰ったって。

 連絡したけど、なんかカラオケしていたのか、全く連絡つかなくて。


 それからはすれ違いに。


 ホワイトデー。


 大学入学前からの合宿も終わり、俺はひと時の休息。

 その時間を使って、初めてクッキー焼いて。

 それを持って、あいつの家へ。


 なのに、あいつは……、あいつは……、もうっ!!


「おまえが悪いんだろ!」


 うじうじとベッドのなか。

 おばさんに、いい加減、叩き出してやってと言われてあげられて。

 顔を見せたら、また布団被って。

 それだけで。

 まあ、何となく、言いたいこと分かったけど。

 でもな、今回ばかりはお前を逃がさねえぞ!


「サイト、見やがれ!」


 好きです!


 なんて、この期に及んでも言えない照れも大いにあったと認めるが。


 その小説に込められているのは、おまえにだけ分かるラブレターだ!

 それでいいだろう?


 さあて、あいつは何を言ってくるかな?

 絶対、見るに決まってる、我慢できなくて。


 いいわけ?


 求めてきたら、じゃあ、まあ……。

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「空が青かったから」とでもいうか @t-Arigatou

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