極悪犯財者VS最凶警察官

武州人也

悪党ども! お前たちには鉛玉がお似合いだ!

 その不運な女性は、夜の緑地公園を小走りで突っ切っていた。つい一時間前、弟から「母親が倒れた」という電話を受けた彼女は、急いで職場を飛び出した。この緑地公園は病院までの近道だ。人通りがなく寂しいが、今は一分一秒でも早く病院へたどりつきたかった。


 スマホが振動したので、ポケットから取り出した。見ると、父親からの着信だ。電話に出ようとした、そのときだった。何かにドン、とぶつかってしまったのだ。


「あーっ! いてぇ!」


 ぶつかった相手は、キャップをかぶった上半身裸の大男だった。ムキムキの体をした大男は、わざとらしく膝を押さえて苦しがっている。


「いや、あの……すみません」

「おいテメェ、オレらの親分を怪我させやがったなぁ!」


 大男の傍にいた小柄なモヒカン男が、豚足をかじりながらオラオラ迫ってきた。レザージャケットを羽織ったこの小男は、腕にクロスボウを装着している。堂々と武器を携行している危険な男だ。


「あの……お母さんが倒れて、早く行かなきゃいけなくて」


 横をすり抜けて逃げようとした女性だったが、今度は大男の方がつかみかかってきた。その弾みで女性はよろめき、近くの街灯に体をぶつけてしまった。


「おいおい、逃がすワケねぇだろ」

「病院だかナンだか知らねぇけどよ、そんなんで親分にぶつかって怪我させたってぇ? イイワケなんか聞きたくねぇんだよこっちはよ!」


 モヒカン小男は、肉を食いつくして骨だけになった豚足を地面に投げた。


「親分、こいつ俺にウンコなげつけたチンパンジーよりナマイキですぜ。どうします?」

「決まってる。この五代目“犯財王はんざいおう”の怖さを思い知らせるまでだ」  


 大男は右手で女性の右手首を強くつかみながら、左手でキャップをバッと投げ捨てた。現れたツルツルのスキンヘッドには、大きな「犯財」の二文字が黒の刺青で彫り込まれていた。


 そう。この男こそ、世間を騒がせる凶悪脱獄犯、「五代目犯財王」である。


 五代目犯財王……少年時代から様々な犯罪に明け暮れてきた生粋の悪党だ。殺人、放火、強盗、強制性交、危険運転致死、詐欺、傷害、業務上横領、住居不法侵入、器物損壊、公然わいせつ、私文書偽造、名誉毀損……その罪状はイチイチ挙げていたらがない。人生四十年、一度としてまともに稼いだことはなく、略奪によって飯を食っている。


 傍にいるモヒカンの小男は、そんな犯財王に憧れ、子分となった男だ。元は「走りのヤス」と呼ばれたひったくり常習犯で、その後特殊詐欺グループに加わった。リーダー格の逮捕によりグループは解散したが、逮捕を免れた彼は犯財王と出会い、そして弟子入りしたのであった。最近ではゲーム機やプラモデル、医薬品、トイレットペーパーなどの転売にも手を染めている。もちろん確定申告なんかしていない。


「こいつ、全然現ナマもってねぇっすよ。ポイントカードばっかりっす。現金もたない主義ってやつかぁ?」


 モヒカン小男ヤスは、いつの間にか女性のビジネスバッグから財布を抜き取っていた。中身から万札一枚を抜いた小男は、財布をポイッと投げ捨てた。


「カネがねぇってなら……そうだな……カラダで償ってもらおうじゃねぇか」

「お、親分こいつやっちゃいますか? いいっすねぇ女やるのは久しぶりっすよ」


 下卑た薄ら笑いを浮かべる悪党たち。犯財王の大きな手が女性のジャケットにかかった、そのときだった。


「止まれ! 暴行の現行犯で逮捕する!」


 現れたのは、自転車に乗った若い男性の警察官だった。


「ヤス、やれ」

「アイアイサー!」


 ヤスは左腕のクロスボウを構えた。このとき警官も、悪漢が武装しているのを見てニューナンブM60を構えていた。が、引き金に指がかかるより先に、クロスボウの矢が発射された。この若い警官は、一般人が近くにいる状況での発砲をためらってしまったのだ。


「ぎゃっ……」


 一直線に飛んだ矢は、警官の眉間にブスリと突き刺さった。射倒された警官を見た女性は、すっかり血の抜けた顔をしていた。


「サツっちまったっすけど……大丈夫っすかね親分……」

「気にすんな。俺たちはな、警察官ポリをぶっ殺してからが本番ってぇもんだ」


 そう言って、犯財王は「ガハハ」と大口開けて笑った。


 彼らは気づいていなかった。警官がもう一人、それもとびっきり凶悪な者が接近していたということに……


「暴行、殺人、および公務執行妨害! よって容疑者を現行犯で射殺する!」


 そんな叫び声とともに、一発の銃声が響いた。それと同時に、ヤスの眉間からブシャッと鮮血が噴き出た。


 その警官は、街灯の白い光に照らされていた。構えた拳銃は白い煙を吐いていて、銃弾を放ったばかりだということを証明している。


「き、キサマはまさか銃死松じゅうしまつ酉我とりが!」


 そう、「県警の最終兵器」と呼ばれる最凶警官、銃死松酉我のお出ましだ!


「ヌッフッフッ……悪党め。本官の目の前で狼藉を働くなど言語道断! 本官のニューナンブM60タマシイによって天に召されよ!」

「クソッ! 銃死松に構ってたら命がいくつあっても足りねぇよ!」


 叫ぶなり、犯財王は女性の体を銃死松の方に突き飛ばした。そして銃死松が女性を受け止めている間に、自分はスタコラサッサーと林の方へと逃げ出した。この大男、図体の割にずいぶんと軽快な足をもっている。


「本官から逃げられると思うな!」


 銃死松が駆け出したそのとき、林で銃声が鳴った。あの犯財王、さっきヤスが殺した警官の拳銃を奪っていたらしい。銃声に驚いた女性は、すっかり腰を抜かしてへたり込んでしまった。


 敵が銃をもっている。危険な状況だが……銃死松はこれしきのことで怯えはしない。銃死松は足を止めることなく、林へと入っていった。


 さて、犯財王はどうか。彼は銃死松から距離をとろうと、ひたすら林の中を進んでいた。互いに銃をもっているこの状況。不利なのは自分だ、と、犯財王は自覚していた。相手は警官で、発砲の訓練を受けている。対するこちらは素人であるから、正面から撃ち合ったら負ける可能性が高い。そして銃撃戦の敗北は、すなわち死を意味している。


「はぁ……はぁ……」


 犯財王はかつてないほどの恐怖を覚えていた。怖い物などこの世のどこにもありはしない。そう言わんばかりに凶行を重ねてきた人生だった。


 ――追われる獲物の感じる恐怖、というのはこのことか……


 疲れてきたので、木にもたれかかって休んだ。そのとき、銃声をともなって、もたれた木の皮がパッと弾け飛んだ。撃ってきた!


「やるっきゃねぇ!」

 

 犯財王は拳銃を構え、引き金を引いた。鼓膜をつんざくような銃声に、鼻をくすぐる硝煙。重たい反動に、手が痺れそうになる。


「やった……のか?」


 夜の林は、見通しが悪すぎる。その暗さが、犯財王の心に恐怖のしずくを落とした。とにもかくにも、この場を離れなければならない。命あっての物種だ。銃死松のような危険な相手からは、さっさと逃げるに越したことはない。


 落ち葉をザクザク踏んで、ひたすら逃げる犯財王。そんな彼の目に飛び込んできたのは、高速で飛んでくる妙な物体だった。


 ……対戦車ロケットだ!!!!!!


 静かな秋の夜に、けたたましい轟音が鳴り響いた。


「かっ……はっ……」


 犯財王は、爆発に巻き込まれながらも命を手放していなかった。熱風で全身火傷しながらも、手で土をつかみ、地面を這って進もうとしている。しかし、もはや手に力はこもらず、イモムシほどの前進もかなわない。


 ……そんなみじめな犯財王を、冷徹な目で見つめるものがあった。その手には、M202ロケットランチャーを携えている。

 

 この銃死松、予算の範囲内であれば、バズーカでも地対空ミサイルでも使用が許可されている。それゆえに「県警の最終兵器」などと呼ばれているのだ。


「あ、あの女が先に……ぶつかってきたんです……」

「言い訳など聞くつもりはない。言い訳は閻魔さまのお沙汰でしろ」


 銃死松の声色は、寂れた家屋の軒から垂れる氷柱つららのように冷たかった。

 犯財王が最後に思い出したのは、かわいい子分、ヤスの「イイワケなんか聞きたくねぇんだよこっちはよ!」という言葉だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

極悪犯財者VS最凶警察官 武州人也 @hagachi-hm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ