7番ホーム

ちわみろく

第1話 

 友人は、人生はギャンブルだ、なんてことを言っていた。

「俺はツイてるからな。なんてったって生まれたときから運がいいんだ。名前だって、ラッキーなセブンが入ってる。」

 そう、友人の名前は七音なおと

 彼は生まれた時、産院が火事になったのに無事に助け出され事なきを得たんだそうだ。自分だったら産院が火事になった事自体が不運だと思うけれど。

「交通事故でダンプと衝突したのに、ピンピンしてるし。」

 七音が中学生の時、通学途中で交通事故に遭ったのだという。事故現場へ連れてってくれたが、郊外のせせこましい交差点で信号も無いようなところだった。

 あんな狭い道路にダンプカーが入ってくる事自体が稀だし、不運だ。確かにかすり傷で済んだのは、運がよかったのかもしれないけれど。

 明るくて元気な七音はどこにいても目立つし、いろいろな人に目をかけられていた。あるいは、目をつけられていた。良く言えば器が広く、悪く言えばいい加減な七音。来るもの拒まず去るもの追わず。おおらかな性格は、誰にでも好かれていた。

 彼のように生きられたらどんなにか楽しいだろうと思ったけれど、心配性で神経質な自分には到底できそうにない。あんなことを言っていても、奴は周囲のやつに迷惑をかけて生きている、はた迷惑な奴が。いつも周りの人間の顔色を伺っているような自分とは違う人種である。


 今朝も気分屋の妻の機嫌が悪くて、出勤時間よりだいぶ早く家を出た。

 道路を歩いていると、通学する学生の姿や、自分と同じ早朝から通勤するサラリーマンの姿が見える。交差点で信号が変わり、立ち止まった。


 真面目に勉強し進学校へ行き大学を卒業して、真面目に働き普通の家庭を持った。遅刻や早退はほとんどしたことがない。悪い仲間に悪さを教えられてそちらの道へ足を踏み込んだこともなければ、二十歳前に隠れてタバコを吸ったりお酒を飲んだりしたこともない。誰もいない交差点であっても、赤信号ならば必ず止まる。

「誰もいないのに、止まったってしょうがねぇだろ。さっさと行こうぜ。」

 そう言って、友人は横断歩道を歩いていく。

 でも、僕は信号が赤から青になるまで待つ。

 財布を拾えば交番に届ける。知らんぷりさえ出来ない。友人は、中から現金を引き抜いてからその場に戻す。落とした奴の勉強代だよ、などと言って。

「お前は本当に真面目だなぁ。」

 そう言って器用にも右の眉だけを上げて笑う友人は、結局定職に就いたことがないし、独身のままだった。

 金に困っては連絡してきて、子供の小遣いのような金額を無心する。最低な奴。

 通り過ぎる車のナンバーに7という数字が有ったりすると彼は妙にご機嫌になり、

「ラッキーセブンってやつだ。スロットもパチも、なんなら馬も自転車も、こいつが出れば大当たり。そうそう、カレンダーの中でだって、7月7日にゃ、お空でデートが出来る日じゃん。」

 そう言って笑った。


 交差点の信号が変わって、足を進める。駅への道へまっすぐに向かう。

 駅に入れば、そこそこに混雑するこの駅で7番線のホームへ歩いていった。


 自分はラッキーセブンもエンジェルナンバーも信じない。そんなの、ただの記号の羅列だ。数式のほうがよっぽど有意義である。

 奴の言う、ラッキーセブンがあるのなら。

 名前にまで7を持つ奴はどうして、自殺なんかしたんだろう。


 昨年の七夕の夜、七音はこのホームから眼の前にある線路へ飛び込んだのだ。

 酔っていて足を踏み外したのではないかという人もいたけれど、奴はザルだったから、どんなに飲んでも酔っ払った試しはない。

 奴が飛び込んだせいで、この駅はしばらく使えなかった。


 僕はここに立って電車を待つ時はいつも。

 この数字を呪いたい気持ちを心のそこで抱えている。



 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

7番ホーム ちわみろく @s470809b

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ