(アン)ラッキー・スロットマシーン

mikio@暗黒青春ミステリー書く人

とあるゲームセンターにて

「うーん、いまいちだなぁ」


 ここはとある田舎町のゲームセンター。初詣のおみくじで六年連続『恋愛:悪し』を引き当てたこと以外には取り立てて特徴のない店長・中山なかやま柔史やわふみは、スロットマシンの筐体を見つめてため息をついていた。


「てんちょの生き様のことですか? 今に始まったことじゃないじゃないですか」


「ぎゃふん。じゃなくてスロットマシン。スロットマシンの売り上げの話」


「なーんだ。でもまぁ、確かにそっちもシケてますよねぇ」

 

 中山店長の声を聞きつけてやってきたのは閉店後のルーチンワークをてきぱきとすませてきた古参バイトの内川うちかわさんだ。勤続六年。時々口が悪いけど、仕事はできるし、妙な可愛げもあるので店長はなかなか強く出られない。


「まぁどうせスリーセブンでコインを稼いだところでお金に換えられるわけじゃないですからねぇ。いい加減こんなの撤去して簒奪禅譲大戦の筐体を入れましょうよ」


「初期投資いくらだと思ってるの。うちみたいな零細ゲーセンじゃとても無理だよ」


「うーん。じゃあやっぱり、こいつにもう少し頑張ってもらうしかないですねえ。わかりました。ちょい設定をいじっても良いですか? わたしに考えがあるんですよ」


 戻香椎もどかしい高専出身の内川さんは機械いじりが得意なのだ。時々やり過ぎるけど。中山店長は、内川さんのキラキラした目を見つめて少し考える。


「まぁ、君がそこまで言うんなら」


 そんなわけで内川さんにお店の鍵を預けて帰宅した中山店長、次の日出勤してきてびっくり。内川さんが前日と同じ格好でスロットマシンの前に座っていたのだ。


「……まさか徹夜したの?」


「へーきへーき。それより見てくださいよ。わたしが改造したこのマッシーンを」


「うーん、見た目は一緒だと思うけど」


「いつもながらてんちょは見る目がないですねー。まぁ良いでしょう。とりあえず、テストプレイしてみてくださいよ」


 内川さんにコインを手渡された中山店長、とりあえずはと、スロットマシンを動かしてみる。


┌―――――┐

 ↓ ↓ ↓ 

 ↓ ↓ ↓ 

 7 ★ U

└―――――┘


 ラッキーセブン。★。馬の蹄鉄。他にもベルにスペード、ダイヤ、ハート。レトロな半機械式のスロットマシンで、時々挙動が怪しくなるところも含めて店長は気に入っていた。


「よし、ここだ!」


 軽快にボタンを三連打。


 判定やいかに――?


┌―――――┐

 7 7 U 

 ★ U ★ 

 7 U 死

└―――――┘


「残念! スリーセブンならコイン五億枚獲得のチャンスだったんですけどねぇ」


「待って内川さん。右下にしれっと恐ろしいシンボルが見えてるんですけど」


「ご安心を。揃わなければ命に別状はありませんから」


「三つ揃ったら死ぬってこと?!」


「長い目でみればみんな死んでいる――ジョン・メイナード・ケインズもそう言ってますよ。あと、早番の贄野にえのくんがちょっとしたトラブルで未来永劫出勤できなくなったそうなので今日の早番はわたしです」


「未来永劫出勤できないちょっとしたトラブルって何?!」


「いやー、あそこで揃っちゃうとは思わなかったんですよね……」


「揃えたの? 死、揃えちゃったの?!」


「それはさておき、いくつか改造パターンを用意したんで、次のやつを試してもらえますか?」


「ご、強引……」


 店長も新人アルバイトの贄野羊一よういち君がどうなったのか気がかりではあったけど、結局内川さんの妙な圧に押し切られて、スロットマシンの試遊を再開してしまう。


(とりあず今回は慎重に一つずつボタンを押していこう……)


┌―――――┐

 ス ↓ ↓ 

 ナ ↓ ↓ 

 7 ↓ ↓

└―――――┘


「何でカタカナのマークがあるのかな?」


「文字化けですかね」


「アナログなのに?!」


「四の五の言わずに黙って遊んでください」


「ご、強引……」


 店長もこれは罠だと半ば気づいてはいたけれど、結局内川さんの妙な圧に押し切られて、スロットマシンの試遊を再開してしまう。


┌―――――┐

 ス _ ★ 

 ナ タ _

 7 U ヒ

└―――――┘


「うーん、おしい! ハズレです!」


「ハズレかあ……って、待って。これひょっとして、カタカタの『タ』と『ヒ』とアンダーバー使ってむりくり『死』を表現しようとしてない?」


__

タヒ


「死を表現することは芸術家にとって一大使命ですから」


「ゲーセン店員としての使命も時々は思い出して欲しいな……ともかく離れよう。一旦死から離れようね、内川さん」


「仕方ないですね。そこまで言うなら第三案をお見せします」


┌―――――┐

 す ↓ ↓ 

 ★ ↓ ↓ 

 7 ↓ ↓

└―――――┘


「既に嫌な予感がしてるんだけど」


「安心してください。死を想起させるような語は今回は採用していません」


「そういうことなら……」


 店長、少し迷ったけれど結局スロットマシンのボタンをポチッ。


┌―――――┐

 す け べ 

 ★ 7 U 

 7 ★ 7

└―――――┘


「こ、これは!?」


「おめでとうございます、てんちょ。ラッキーセブンにはわずかに届きませんでしたが、かわりにラッキーすけべができていますよ」


「ラッキーすけべ?」」


「ええ。これを当てたプレイヤーは偶然のアクシデントでちょっとしたエッチなハプニングに――」


 内川さんが言い終わるよりも前に、スロットのコイン排出口から大量の金貨が噴出してきて、二人は盛大にすっころんでしまう。


「まぁその、こういう具合に///」


 床に倒れた内川さんの顔が妙に赤い。それで店長は気がついた。自分の掌がまぁまぁボリュームのある内川さんの胸の上にあることに。


「ご、ごめん」


 慌てて手を外して立ち上がる店長。


「別に、その、不可抗力ですから」


 内川さんもそそくさと立ち上がって、独り言みたいに言う。


「大体こういうのをラッキースケベって言うのは、何か違うと思うんだよ」


「そうなんですか?」


「女の子の立場からみればアンラッキー以外のなにものでもないじゃない」


 店長の言葉に、内川さんは一瞬だけ目を細めたようだった。


「……そうばっかりでもないんじゃないですか?」


「え?」


 こういうときに聞き返すやつは何をやっても駄目だということをわかっていない店長を後目に、内川さんはさっさと開店の準備を始める。その綺麗な口が「てんちょの鈍感」というように動いたことを、店長は知らない。


 翌年の元旦、初詣に出かけた山内店長が性懲りもなくおみくじにチャレンジし、七回目七年連続の『恋愛:悪し』アンラッキーセブンを引き当てたことは言うまでもない。

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